今回はキム・ギドク監督に抜擢され、本作で初めて長編監督に挑んだイ・ジュヒョン監督にインタビューをさせて頂きました。長年対立している北朝鮮と韓国の国家間の関係を描きながら、同じ半島に生まれた人間同士の交流や、1人1人の人間としての思いや人間愛に焦点を当てた本作。韓国の現状についてや、監督はどういう思いで撮ったのか聞いてみました。
PROFILE
1977年生まれ。フランスのヨーロピアン・スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツで映画やデジタルアートを学び、在学中に数多くの短編アニメーションやドキュメンタリー作品を制作。作品は山形国際ドキュメンタリー映画祭、アニマムンディ国際アニメーション映画祭、マニフェスト映画祭などの海外の映画祭にたびたび招待された。最も影響を受けたキム・ギドクに抜擢され、本作で初めて長編の監督を務め、第26回東京国際映画祭観客賞受賞の快挙を成した。
2014年10月4日より全国公開
監督:イ・ジュヒョン
出演:キム・ユミ/チョン・ウ/ソン・ビョンホ/パク・ソヨン
配給:ギャガ
一見、理想的な家族に見える一家の裏の顔は、暗殺をも手掛ける北朝鮮諜報員。彼らは本当の家族を国に残し、他人と家族を装い韓国社会に潜んでいるのだ。そんな彼らは任務を待ち、指令があれば人も殺さなければいけない立場にあるが、毎日くだらないことで言い争っている隣人を見るうちに、家族が恋しくなっていく。そして、彼らのなかで家族にも似た結束が生まれてくるのだが、そのことがやがて実の家族の命を危険にさらし、自分たちの命も危うくしてしまう…。
公式サイト 映画批評&デート向き映画判定
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マイソン:
主人公一家と、隣人一家が一緒にテレビを観ているシーンは、韓国の国民の視点と、北朝鮮の国民の視点が対比される象徴的なシーンとなっていましたが、韓国での思想教育は今どういう状況なのでしょうか?また、本作を撮る上で重視した点、気を付けた点はどういうところでしょうか?
イ・ジュヒョン監督:
私が小学生か中学生だったくらいまで軍事政権だったので、イデオロギーの教育をかなりされました。当時「金日成(キム・イルソン)の顔は豚みたいだ」と言って、それが描かれた漫画や、扇動映画などを見せられました。当時“滅共(めっきょう)”と言う象徴的な言葉がありましたが、「共産主義を滅亡させる」という思想教育がかなり激しかったです。そう考えたら、韓国も北朝鮮もやっていることは同じだったんでしょうね。年を取ってから北朝鮮の実状を知ったのですが、無意識でも、私のどこかに当時の教育が残っているかも知れません。今はそういった思想教育はしなくなったので、本当に自由になったなと思います。この作品に出てくるチャンスとミンジは思想教育を受けていない世代です。思想教育を受けていないからこそ、反感がないし、オープン・マインドなので、若い世代にこそ希望を託せるのではないかなと思い、本作を撮りました。セリフのなかでも意見の衝突がたくさんありましたが、意見が衝突しているのは大人達ばかりで、実はミンジとチャンスは「当事者の私たちが考えればいいんじゃない?」っていう考え方なんですよね。そう思うと、あのシーンは我ながら名シーンと言えるのではと思います。
本作を撮るときに私が重点を置いたのは、「体制という枠のなかで葛藤する人間」に焦点を当てることでした。この映画に出てくる偽の家族は、家族を演じているとは言え情は出てくるはずで、でもそれは心のなかにしまって表に出せないという状況です。そして、お隣の家の庭とのあいだにある低い塀は、すぐに越えられるはずなのに両家はなかなか超えようとしない。そういう描写で、両家のあいだに見えない壁があるということを表したいと思いました。また誕生日のシーンに象徴されるように、だんだん壁が崩れていって、やがて人間がそういった壁を破るんだということも表したいと思いました。そして、体制の上に人間があってはいけないということも描きたいと思いました。究極的には、体制の犠牲になる人たちを描きたかったんです。世界中のあちこちで戦争が起きていますが、戦争がある国もない国もなんらかの形で体制の犠牲者になっていると思うので、そういった現実に対しても疑問を投げかけたいと思いました。
さらにイ・ジュヒョン監督は、キム・ギドク監督についても、詳しく話してくださいました。
イ・ジュヒョン監督:
キム・ギドク監督は、恐らくこのシナリオを書くときは、他の作品を書くときとは違った心構えで書かれていたようです。キム・ギドク監督がよくおっしゃっていたのは、南北をモチーフとした映画を撮るときは、興味本位ではダメだということでした。「興行のことばかり考えて娯楽性を追求してはいけない。だからと言って南北のテーマだけにこだわってもいけない。つまり統一を祈る気持ちで映画を撮らなければいけない」とおっしゃっていました。私もそれに全面的に同意して、統一を願う気持ちでこの作品に携わることになりました。
マイソン:
スパイが日常にいて、人が殺されているという状況が日本では考えられないんですが、どれくらい実際の今の状況に紐付いていて、どれくらいの調査をしたのかをお聞かせください。
イ・ジュヒョン監督:
おそらくスパイに関連した事件に関してはほとんど全て調査したと言って良いくらい、調査しました。ただ国家情報院は最近の資料を公にしていないので、昔の北から韓国に潜入したスパイの活動に関しての資料にたくさんあたりました。国家情報院はスパイの人数もはっきりと公言していませんが、明らかに現在もスパイは存在しています。特徴的なのは、脱北者に偽装してスパイとして入ってくるのが多いということなんです。そういう調査もたくさんしましたが、スパイの調査自体はあまりこの映画の役に立ちませんでした。というのは、スパイ活動そのものよりも、スパイとして南に来た人たちが、だんだん周囲の人に愛情を持ってしまうということを描く方が大切だったからです。今回実際の脱北者の方で、男性1人、女性1人がこの映画に協力してくれました。例えばセリフの読み合わせに一緒に来てくれたり、セリフを全部録音してくれたり、特にキム・ユミさんはそれをずっと聞きながら練習していたので、北の方言が口癖になってしまうくらいでした。あとどんな風に脱北してきたのか、北ではどんな生活をしていたのかという実際のお話も演技にすごく役に立ちました。脱北する過程で一緒に脱北してきた人が亡くなったというケースもあったそうで、そんなお話を聞くにつれて皆が心を動かされて、特にキム・ユミさんは心が動かされずっと泣き続けていました。それを観て私はキム・ユミさんならこの演技ができると思いました。
「観客の皆さんには政治的な思想などの難しいことは取り払って、まずは娯楽として楽しんで頂きたい」と語っていた監督。重くなりがちなテーマながら、観客に登場人物に共感してもらえるようユーモアを加えていき、キム・ギドク監督と一緒にシナリオを仕上げていったということも話してくださいました。イ・ジュヒョン監督もおっしゃっていましたが、笑えるシーンがあるからこそ、悲しさも引き立っているストーリー。朝鮮半島の南北の問題だけを描いているというのではなく、家族と一緒に人間らしく生きていくことがいかに幸せで大切なことかを教えてくれる作品です。
2014.8.7 取材&TEXT by Myson