27歳の若さで突然この世を去った、稀代の歌姫エイミー・ワインハウス。その素顔に迫るドキュメンタリー映画『AMY エイミー』のプロデューサー、ジェームズ・ゲイ=リースさんを取材しました。第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞し、ドキュメンタリー作品としては世界中で異例の大ヒット記録を更新中の本作。映画製作の意図や貴重な裏話などを電話インタビューでうかがいました。
PROFILE
1988年にサウサンプトン大学を卒業後、ロンドンの会計事務所に勤務後、映画会社ミラマックスを経てパラマウント映画に入社。その後、1998年にミッドフィールド・フィルムズを設立。マーカス・アダムス監督によるホラー映画『ザ・シャドー 呪いのパーティ』(2002)などの製作を手がける。2014年、アシフ・カパディア、ジョリオン・シモンズ、デヴィッド・モリッシーと共同で、オリジナルかつハイクオリティなドラマおよびドキュメンタリー作品の製作を目的とするインディペンデント製作会社「On The Corner」を立ち上げる。アシフ・カパディア監督『アイルトン・セナ〜音速の彼方へ』と、バンクシー監督『イグジット・スルー・ザ・ギフト・ショップ』(アカデミー賞ノミネート作品)のプロデューサーを務める。現在、カパディア監督と共に、オアシス、マラドーナのドキュメンタリー映画をそれぞれ準備中。
ミン:
エイミーの素顔に肉迫する上で、元マネージャーのニックと2人の幼なじみジュリエットとローレンの証言はとても重要だったと思います。彼らが完成作品を観てどのような感想をもったのか、ご存知でしたら教えてください。
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
作品の製作課程で、彼らにはいろいろなカットを観てもらい、確認しながら慎重に作業を進めました。完成作品にはとても良い反応を示してくれて、作品の構成が間違っていなかったことを確信できました。
ミン:
本作に協力してもらうにあたって、彼らを説得するのはとても困難だったそうですね。
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
エイミーについて事実とは異なる描き方をされるのではという懸念があったようで、最初はとてもナーバスになっていました。彼女が死に至るまでに、いろいろなことがあちこちで起きたわけですから、取材した人々の中にはあいつのせいだ、こいつのせいだというような誹謗中傷も飛び交っていたんですね。われわれは直接エイミーを知らないので、何が真実かを見極める難しさはあったのですが、誰かの主張を代弁するような作品にしないという点にはとてもこだわりました。最終的には、彼女の人となりをうまく捉えられているということで3人には満足していただけたようです。
ミン:
エイミーの父親ミチェルと元夫のブレイクは、彼女が絶対的な愛を注いだ男性たちでしたが、同時に彼女を深く傷つけた存在でもあったと思います。彼らとエイミーの関係について、あなた自身が思うことをお聞かせください。
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
父娘の関係は、想像していたよりもずっと複雑でしたよね。自分にも娘がいるので、内心はこの映画が父と娘の物語であってほしいというビジョンもあったのですが、そうは進んでくれないというか。エイミーは幼いころから父親と離れた生活をしていて、寂しい思いをしていたし、彼に認められたいという承認欲求がすごくあったんだと思います。複雑な問題で、他人が白黒つけられるようなことではないし、描き方のバランスを取るのが難しかったけど、何と言ってもミチェルは彼女の父親だから、そこは尊重したいと思いました。
ミン:
ブレイクとエイミーの関係についてはどうですか?
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
うーん(苦笑)。言ってしまえば、2人は破滅的な関係だと思う。エイミーは、いわゆるダメ男好きってやつで、彼女がきちんとしたユダヤ人の医者とかと結婚するわけはないんですよね。何かの中毒や依存症を患っている人のセオリーとして、一種の真理だと思うのは、自分よりも破滅的な人間を選びがちだということ。自分自身と向き合いたくないからなのか、自分の方がマシだと思いたいのかは分からないけど。でも、2人は心底愛し合っていたと思うし、ブレイクも何度かインタビューに応じてくれるなかで、最終的には「僕にも責任はあると思う」と僕たちには素直に言ってくれたんです。
ミン:
そうなんですね。私は正直「ブレイク、腹立つわー!」と思いながら観ていたので、少しほっとしました。
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
みんなが思うほど、彼は悪い男でもないんですよ。彼もまた、さまざまなトラブルを抱えた一人の人間なのだと僕は見ています。ただ、皮肉なことにブレイクの方がエイミーよりも生き延びる術をもっていたってことかな。悲しいのは、エイミーの行く末に、誰一人として責任を追っていないというか、とことん向き合ってはいないんですよね。多かれ少なかれ、彼女の人生に加担はしているけど、本気で彼女を救おうとした人は一人もいなかったように感じました。
ミン:
誰かを救ったり、誰かの人生に責任を負うというのは、お互いの意向もあるし、距離感的にも難しいですよね。考えさせられます。でも、これだけのプライベート映像や留守番電話の声までが残っていたということは、彼女が周囲の人々からとても愛されていた証拠だと思うんです。実際に取材されていて、どう感じましたか?
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
本当に、すごく愛されていたと思います。心に問題を抱えている子だったから、扱いにくい場面もあったとは思うけど、映画を観てもらえばわかるように、素の彼女はすごく聡明で、気分がノッている時はとても愛嬌のある女の子だったんだ。だからこそ、あれだけの記録が残っていたのだと思います。ただ、スターになるにつれ、パパラッチに追いかけまくられて、精神的もバランスを失っていって…。そんな境遇にいる彼女に、近しい人はカメラを向けられなくなりますよね。だから、映画の後半は、結婚式のシーン以外はほとんどプライベート映像が無いんです。彼女の人生が、後半につれてだんだんと違う様相を呈していくのが、その部分からも分かると思います。
ミン:
最後に、本作で一番描きたかった部分を教えてください。
ジェームズ・ゲイ=リースさん:
彼女の最期はタブロイド紙のネタにばかりなっていたけど、本当のエイミーを描くことで、彼女をリセットしてあげたかったんだ。彼女がどれだけ音楽的な才能に溢れ、どんなに愛すべき人間だったかを、この作品を通してあらためて感じてもらえたらと思います。
2016年5月27日取材&TEXT by min
2016年7月16日より全国公開
監督:アシフ・カパディア
プロデューサー:ジェームズ・ゲイ=リース
出演:エイミー・ワインハウス/ミチェル・ワインハウス/マーク・ロンソン/トニー・ベネット
配給:KADOKAWA
27歳でこの世を去った若き天才シンガー、エイミー・ワインハウスの生涯を貴重なプライベート映像と彼女の書いた歌詞をもとに追ったドキュメンタリー。1983年イギリスのユダヤ系家庭に生まれたエイミー・ワインハウスは、10代でレコード会社と契約を結び、若干20歳で完成させたデビュー・アルバム「Frank」で大きな評価を得た後、続くセカンド・アルバム「Back to Black」が全世界1200万枚のセールスを記録、シングル「Rehab」も大ヒットし2008年のグラミー賞で5部門受賞を成し遂げた。全編を通して彼女の楽曲が流れ、ブルーノ・マーズ等をプロデュースするマーク・ロンソン、アメリカ音楽業界の大御所トニー・ベネット、ラッパーのヤシーン・ベイ(モス・デフ)らが出演。本物のミュージシャンとしてのエイミーの魅力を解き明かす。
©2015 Universal Music Operations Limited.(C)Rex Features (C)Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky ©Jack Symes