廃園寸前の貧しい幼稚園を再建した女性の実話を描き、2015年の香港年間興行収入第1位に輝いた『小さな園の大きな奇跡』のエイドリアン・クワン監督と、共同脚本家のハンナ・チャンさんにインタビューしました。貧困や教育格差という香港の社会問題を浮き彫りにしながら、子どもの個性に向き合う教育の重要さ、互いに愛し合うことの尊さ、夢をもつことの大切さなどが描かれる本作。映画公開後は、「エリート教育よりも、先生の愛情と熱意が大切」と気づいた香港市民も多く、モデルとなった幼稚園は、入園の空き待ちが出るほどの人気幼稚園に!
そんな“映画の力”で世の中に影響を与えたお二人に、本作にかけた熱い思いと、未来に描く夢などを伺いました。インタビュー中、思いが溢れて何度も涙ぐむクワン監督に思わず筆者ももらい泣きをするという、涙と笑顔に溢れたインタビューとなりました。
PROFILE
エイドリアン・クワン(監督・脚本)
香港生まれ。高校・大学をカナダで過ごし、カナダ時代に映画を学ぶ。卒業後、海外でドキュメンタリーを製作した後、1992年に香港へ戻り、テレビ局からキャリアをスタート。1994年のピーター・チャン監督/レスリー・チャン、アニタ・ユン共演の『君さえいれば/金枝玉葉』に助監督としてつき、映画界で仕事を始める。ピーター・チャン監督作には、その後も『ボクらはいつも恋してる! 金枝玉葉2』(1996)、『ラヴソング』(1996)にも参加。本作のプロデューサーのベニー・チャンとは、ジャッキー・チェン主演の『WHO AM I?/フー・アム・アイ?』(1998)で知り合う。1999年に映画監督デビュー。2001年のナディア・チャン主演『Life Is a Miracle』が高く評価され、続くイーソン・チャン主演『If U Care...』(2002)が大ヒットし、人気監督に。その他の代表作にエイダ・チョイ主演『The Miracle Box 』(2004)、エリック・スーアン主演『Team of Miracle: We Will Rock You』(2009)など。
ハンナ・チャン(共同脚本)
心理カウンセラーとして仕事をする中で、映像が人の心に働きかける力に関心を持つ。エイドリアン・クワン監督とは今回が6作目で、共同脚本やプロデュースで参加している。
ミン:
ルイ先生と園児達の深い信頼関係が伝わってきて、とても感動しました。演技だけで表現できるものではないと思うのですが、ルイ先生役のミリアム・ヨンさんと子役達の絆を深めるために、何か特別な演出をされたのでしょうか?
エイドリアン・クワン監督:
この作品を作るにあたって、すべては信頼し合うことから始まると思いました。演技力や技術的なことよりも、情熱を共有し、互いの思いをシンクロさせることが大切だと思ったのです。監督も、キャストも、脚本家も、配給会社の人も、カメラマンも、CG担当者も…この作品に関わる全員が1つのビジョンを共有して互いを信頼すれば、現場の情熱を高めることができると思いました。もちろん、子役達だって例外ではありません。
ミン:
撮影当時4〜5歳の子ども達に同じビジョンを共有してもらうのは、難しいことではありませんでしたか?
エイドリアン・クワン監督:
この件に関しては、ハンナに感謝すべきことが多いですね。彼女は心理カウンセラーでもあるので、私が子役達の演出で迷っていたときに、「演じ方を教えるのではダメ。むしろ、あなたがもっている情熱や使命を共有して、彼女達を巻き込んだらどうかしら」とアドバイスをくれました。そこで、“私達はこの映画を通して世界を変えるんだ”という意志を子ども達に訴えかけました。「人々に、愛、希望、勇気をもってもらえるような映画を作るために力を合わせてほしい」と話したんです。すると、彼女達は「これは、私の使命なんだ」と感じてくれたようで、映画に関わるすべての人と気持ちをシンクロさせる作業に加わってくれました。
ハンナ・チャンさん:
子ども達に何かを訴えるとき、一番重要なのは真心で接することだと思います。真心から語りかければ必ずわかり合えると思いますし、そこにチャレンジや衝撃があったとしても、絶対に味方でいるという意志を示してあげることで、子ども達と気持ちをシンクロさせることができます。
ミン:
ルイ先生が教師としての自分の使命を「命がけで、人の人生に影響を与えること」と話すシーンがあります。私自身、このセリフにとても感銘を受けたのですが、あの言葉はクワン監督が映画作りにかける思いのようにも感じました。いかがでしょうか。
エイドリアン・クワン監督:
私は使命感をもって映画の仕事をしています。その使命とは、観客に愛と希望と勇気を与えることです。そう考えると、たしかに、あのルイ先生のセリフは私自身のセリフであると言えます。使命をもって生きるとき、人生にはいつでも課題や障害が立ちはだかります。しかし同時に、それらは必ず乗り越えられるということも、私は強く信じています。
ミン:
そうした強い使命感をもったきっかけとは、何だったのでしょうか。
エイドリアン・クワン監督:
助監督をしていた90年代の終わり頃に、母が末期ガンになりました。私はクリスチャンですが、強い痛みで苦しんでいる母を前にして、何の救いも差し伸べることができない無力さを感じていました。そんなとき、教会の友人から、信仰を通して苦難を乗り越えた人のドキュメンタリービデオを差し出され、母と一緒に観たんです。20分程度の短い映像作品でしたが、照明はひどいし、インタビューもヘタだし、編集もメチャクチャというプロフェッショナルとはほど遠い内容でした。しかし、そのドキュメンタリーを観た母親の顔からは、明らかに大きな勇気を得たことが見て取れたんです。私はショックを受けました。作品の品質よりもメッセージを込めることが大事だと気づいたからです。その後、母は亡くなりましたが、自分は監督として人々に希望を与えるような、質の良いメッセージを含んだ作品を作っていこうと決意しました。そして、助監督を辞め、お金を貯めてカメラや編集機器を買い、自分でドキュメンタリーを制作することを決意しました。幸運なことに、そこからキリスト教の映画を作るという道が開けていきました。
ミン:
この作品は香港で大きな興行成績をあげ、映画公開後にはモデルとなった幼稚園にも多くの入園希望者が詰めかけました。これは、監督達のメッセージが多くの方に届いた証拠だと思います。本作は、多くの子ども達はもちろん、大人にとっても夢を持つことは大切だと感じさせる作品です。最後に、今のお二人の夢を伺えますか?
ハンナ・チャンさん:
心理カウンセラーというのは、心に痛みをもった人を追いかけていって、それを取り除いてあげる仕事です。常に痛みを追いかけていなければいけません。しかし、私はこの仕事を全うすることが自分の情熱であり、夢であると思っています。心理カウンセラーである私が映画に関わりをもつのは奇妙なことに思われるかも知れませんが、映画というプラットフォームを通して人々に愛と希望を伝えることは、人の痛みを取り去るということにも関係が深いと思っています。
エイドリアン・クワン監督:
僕の夢は、死ぬまで映画を作り続けること!香港だけではなく、日本はもちろん、イラクやウクライナなど、映画を通して世界中の人々に愛と希望と勇気を分かち合う仕事をしていきたいと思っています。
ミン:
お二人の夢、とても素敵ですね!これからの作品も楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました!
2016.10.7 取材&TEXT by min
2016年11月5日より全国順次公開
監督・脚本:エイドリアン・クワン
出演:ミリアム・ヨン/ルイス・クー/リチャード・ン/アンナ・ン/スタンリー・フォン/サミー・リョン
配給:武蔵野エンタテインメント
エリート幼稚園の園長ルイ・ウェホンは、ビジネス化した詰め込み型の教育現場に嫌気が差し、仕事から離れることに。しかし、仕事を辞めたルイは大きな虚無感を抱く。そんなとき、テレビのニュースで廃園寸前の貧しい幼稚園の話を知る。家庭の事情で転園できない5人の園児が取り残され、新園長が来ないと園は閉鎖。5人は行き場を失ってしまうという…。いてもたってもいられなくなったルイは、4500香港ドル(約6万円)というわずかな給料だけで園長を引き受け、幼稚園の再建へと乗り出す。
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