ミン:
悦子にしても、オリジナルの映画で長澤まさみさんが演じた鳴海にしても、女性のもつ母性的な愛情を、とても強いものとして描いているように感じましたが、いかがでしょうか。
黒沢清監督:
母性という言葉でハッキリと認識できてはいなかったですが、物語的な美しさからいっても、日常感覚からいっても「あらゆる点で女性のほうが男性を上回っている」という実感が僕にも脚本家の高橋洋にもあるということだと思います。狙ったというよりは、ものすごく自然に出てきたものです。本作では、染谷くん演じる辰雄がとても情けないものですから、悦子は思いきり責任を負わされますし、大杉漣さんが演じる厚生労働省の西崎においては、世界の命運を全部悦子に任せてしまいますし(笑)。当然、それは男性側からの見方であって、重い責任を負わされる女性にしてみれば、それを嬉しいと思うのか迷惑と思うのかはわかりませんが…。
ミン:
正直に言えば、女性としては誇りに感じる反面、男性の理想で大変な責任を背負わされているような気もして、ちょっぴり複雑でした(笑)。夏帆さんはどう思われますか?
夏帆さん:
私も正直なところ、本作に登場する男性陣に、もう少ししっかり自分をもってほしいと思うこともありました(笑)。でも、悦子はきっとそんな辰雄だから助けてあげたいと思うのではないでしょうか。
ミン:
理屈ではないと思いますが、悦子は辰雄のどんなところを好きになったと思いますか?
夏帆さん:
「この人には私しかいない」と思わせるものを、辰雄がもっているんだと思います。理屈ではないけれど、悦子は「絶対にこの人の側を離れずに、守ってあげたい」と思っている。それを母性と呼ぶのかはわかりませんが、そういう悦子の強さにはとても憧れます。
ミン:
たしかにそういった気持ちも、女性として共感ができます。
黒沢清監督:
あのー…。言い訳をしておきますと、辰雄のダメさ加減と、「私がやるわ!」という悦子の感じは、まさに高橋洋のタッチですね。僕には、あそこまで責任を女性に押し付けるような脚本は書けないですし(笑)、もうちょっと男にも責任を負わせます。でも、高橋洋にはそれが思いっきりできるんですよ(笑)!
ミン:
あははは(笑)。なるほど、高橋さんのタッチが色濃く出た部分だったのですね。原稿では太字で強調しておきます(笑)。お2人は、あと数日で世界が終わるとしたら、残りの日々をどう過ごされますか?また、数人だけ生き残れる枠があるとしたら、生き残りたいと思いますか?
黒沢清監督:
劇中で悦子が「世界が終わると言われても特に何もしない」と言うシーンがあります。このセリフは高橋洋が書いたものだけれど、僕自身の本音でもあります。世界の終わりがにわかには信じられないからだと思うけど、いつも通りに過ごすでしょう。そして、生き残る枠にしても、たった1人で生き残っても仕方がないし生き残りたいとは思わないけど、ごく少数の本当に好きな人とだけ生き残れるなら助かりたいと思いますね。人によってさまざまな考えがあるけれど、それはこの映画のなかで語られる人としての本音の部分なのだと思います。
夏帆さん:
私も同じことを考えていました。明日、世界が変わると言われても、どうしていいかわからないですよね。実感をもてずに、ごく普通の日常を送ると思います。私も1人なら生き残りたくないけど、大切な人と一緒なら生き残りたいと思ってしまいますね。
ミン:
映画では具体的に描かれていませんが、どうやって地球は侵略されていくのかなとも思うんですよね。当然のように物理的に破壊されていくことを思い浮かべるけれど、もしかすると違うのかも知れない。この映画の先には何があるのでしょうか。
黒沢清監督:
正直に言うと、僕にもわかりません。ハリウッドのディザスター映画で描かれるような侵略の風景以上のことは、想像を絶しますよね。
夏帆さん:
意外と地味に侵略されるのかも知れないですね(笑)。
黒沢清監督:
生きていながらも、日常が完全に破壊されてしまうということもあるし、愛するものすべてが失われることだって充分にあり得ることです。そういう意味では、宇宙人からの侵略ではなくても、世界のさまざまな場所で起こっている紛争や、日本も太平洋戦争のときには、侵略に近い状況に陥ったのですから、決してSFの世界だけのできごとではないですよね。
ミン:
侵略はいつどんなカタチで起こるかも分からない。現実でも、もうすでに始まっているのかも知れないですね。ちなみに、お2人は宇宙人の存在を信じていますか?
夏帆さん:
いるんじゃないかな、とは思います。
黒沢清監督:
地球に人類がいるのですから、可能性は大いにあると思いますよ。ただ、宇宙のどこかに人間とは違う生命体がいるということとは別に、知り合いにも何人かUFOを見たという人間はいますが、それを聞いたときには、その人がものすごく信用できなくなります(笑)。
ミン:
ちょっとわかる気がします(笑)。本日は、貴重なお話をありがとうございました!
2017年10月27日取材&TEXT by min
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2017年11月11日より全国公開
監督・脚本:黒沢清
脚本:高橋洋
出演:夏帆/染谷将太/東出昌大/中村映里子/岸井ゆきの/安井順平/石橋けい/吉岡睦雄 大塚ヒロタ/千葉哲也/諏訪太朗/渡辺真起子/中村まこと/大杉漣
配給:ポニーキャニオン
山際悦子は、同僚の浅川みゆきから「家に幽霊がいる」と相談される。しかし、みゆきの自宅には実の父親がいるだけだった。みゆきの精神状態を心配した悦子は、夫の辰雄が勤める病院の心療内科へみゆきを連れていく。診察の結果、みゆきには「家族」という“概念”が欠落していることがわかるが、悦子には今ひとつ状況が飲み込めない。時を同じくして悦子は辰雄の病院で出会った新任の外科医、真壁司郎に違和感を抱く。真壁と行動をともにする辰雄にも少しずつ異変が現れ、悦子は得体の知れない不安を抱くようになる。ある日、悦子は真壁から「地球を侵略しに来た」と、冗談とも本気ともつかない告白をされるが…。
公式サイト 映画批評&デート向き映画判定
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