心理学

心理学から観る映画7-2:どんな仕事に就きたいか。親の意向、子どもの本音【モラトリアム】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『カセットテープ・ダイアリーズ』ヴィヴェイク・カルラ

人間が成長していくなかで、自我同一性(アイデンティティ)を確立するためのモラトリアムの時期は大事であると、前回お伝えしました。でもアイデンティティの形成は皆が皆容易とは限りません。そこで今回は、親が大きな影響を与えているケースを描いた映画をご紹介します。

親が描く子どもの未来は、子どもが望む未来じゃない

大きな苦労を経て富を得たり、苦しい生活から抜け出した親が、子どもに同じ苦労を味わわせたくないと思ったり、自分の成功体験を継ぐように期待するのは当然です。『カセットテープ・ダイアリーズ』は実話を基にした映画で、イギリスの町ルートンで暮らすパキスタン系の高校生ジャベドの物語です。彼は、移民として苦労してきた父親から、とても厳しくされています。ジャベドは、文章を書くことが好きで、詩をたくさん書いていますが、もちろん父には内緒。父はジャベドの進路も勝手に決めようとする勢いですが、いつもなかなか反論できずにいます。そんな時、ジャベドはブルース・スピリングスティーンの音楽に出会い、自分らしく生きようと刺激を受けます。

そこからどうなるかは、映画を観て頂くとして、ジャベドの父のように「こういう職業に就けば、お前は幸せだ」「そんな職業についても苦労するだけだ」と、自分の価値観を子どもに押しつけるという場面は、大なり小なりどこの家庭にもあるでしょう。それを素直にそういうものかと思う人もいれば、苦痛極まりないと思う人もいると思いますが、前者であっても、後者であっても、親が敷いたレールに進んで、アイデンティティがずっと未形成のままでも辛いし、本当の自分とのギャップを背負っていくのも辛いはずです。

もちろん親を大切に思う気持ちから、親の意向を汲んで、親が臨む道を歩む人も立派です。でも、その場合でも自分に何か折り合いをつけていないと、きっと辛くなるでしょう。将来を考える時、親と意見が異なるのは本当に辛いことです。育ててもらった恩もあるし、なるべく反抗はしたくないし、未成年ならまだまだお世話にならなければいけないので、言うことを聞かざるを得ない状況でもあります。愛情があるからこそ口うるさくなってしまうのも親というものですが、それは子どものことが心配だから。となると、親を安心させて納得させるには、自分を持つ=アイデンティティを持つということが要になってきます。ではどうすれば良いのか。

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』ヴィヴェイク・カルラ

『カセットテープ・ダイアリーズ』からヒントを得るとすると、

  • 苦しみを共有できる友達、好きなものが同じ友達を作る
  • 自分が興味を持てるものは、こっそりでも地味にでも良いから続ける
  • 親のように支配力が強い人物だけではなく、いろいろな人の価値観やものの見方を知る
  • ちょっとの糸口でも良いから、やりたいことに繋がる活動に参加したり、その分野の人と交流する
  • 自分の気持ちに確信が持てたら、行動に出る

親が厳しい人にとって簡単ではないですが、いずれぶつかる関門です。ここで同時に注意して欲しいのは、自分自身も「こういう職業に就きたいから、今からこういう準備をして、あーして、こーして…」と固定観念を持たないこと。早いうちに目指すべき方向が定まるのは悪いことではありませんが、そこに向かうルートはいろいろあって、どんなことがきっかけになるかわかりません。『カセットテープ・ダイアリーズ』でも、そんなことが伺えます。

半澤、坂井(2005)は、大学生に対して、専門科目の学業と職業の接続についての研究を行いました。この研究では、自分が学んでいる専門科目が将来の目標、就職に繋がっていることを理想的と考えている学生(理想群)と、そうでない学生(非理想群)を比較しています。これまでの研究では、理想群のほうが適応的であると考えられてきましたが、本研究では、理想群のほうが理想と現実が一致しない場合に、職業選択において自分の目標や興味、手段などの理解や把握が困難になること、それまでに持っていた将来の目標を見失う可能性があることを指摘しています。また、理想と現実のズレを表す“ズレ得点”と学業意欲低下との強い相関も示されました。

この他にも、モラトリアムとアイデンティティ、職業選択との関連性については、多くの学者が取り上げているように、職業選択をする上でアイデンティティの形成は重要であり、アイデンティティの形成によって職業選択がより明確になっていくと考えられます。だからこそ、学生の皆さんは今を大切に、大人の意見も参考にしつつ、自分の意思をしっかり見つめて欲しいと思います。

<参考・引用文献>
半澤礼行、坂井法子(2005)「大学生における学業と職業の接続に対する意識と大学適応ー自己不一致理論の観点からー,進路指導研究、23(2)1-9」

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』ヴィヴェイク・カルラ

『カセットテープ・ダイアリーズ』
2020年7月3日より全国公開
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

父親の強い圧力に屈しそうになっていた主人公に、ふとチャンスが転がり込んでくる。さて彼はどうするか?

© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『キセキ -あの日のソビト-』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル&発売中

キセキ -あの日のソビト-

人気バンド“GReeeeN”にまつわる実話を基に映画化。厳しい親のもと、夢を追いかける弟と、それを支える兄の物語。

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

関連記事
  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『汝、星のごとく』横浜流星/広瀬すず 汝、星のごとく【レビュー】

凪良ゆうの同名ベストセラーを原作とする本作は、横浜流星の熱い想いが企画の発端だったといいます…

映画『ダビデ ~王になった少年~』 『ダビデ ~王になった少年~』特別試写会 5組10名様ご招待

映画『ダビデ ~王になった少年~』特別試写会 5組10名様ご招待

【映画学ゼミSeason2】「思考力を鍛える映画鑑賞—その仕組みの探求(2)言葉とイメージの関係」参加者募集! 【映画学ゼミSeason2】「思考力を鍛える映画鑑賞—その仕組みの探求(2)言葉とイメージの関係」参加者募集!

Season2では、比喩的思考、批判的思考、論理的思考を軸として、「思考力を鍛える映画鑑賞の仕組み」を探求するスタンスで一連の流れを意識して構成しています。 とはいえ、毎回冒頭で前回までの振り返りを簡単にしますので、好きな回だけ単発で参加いただいてもOKです。映画に関する雑談も含めて一緒に楽しみましょう!

Netflixシリーズ『ダウンタイム』松岡茉優/仲里依紗 ダウンタイム【レビュー】

REVIEWダウンタイムという言葉をこのドラマで知りました。ダウンタイムとは、美容医療の施…

映画『時給三〇〇円の死神』西畑大吾/福本莉子 時給三〇〇円の死神【レビュー】

若者の心情に寄り添うストーリーなので、映画公式資料にあった「企画会議で若手スタッフが持ち込んだ一冊の同名小説との出会いから始まった」という記述を読み納得…

映画『八つ墓村』滝藤賢一 映画レビュー&ドラマレビュー総合アクセスランキング【2026年9月】

映画レビュー&ドラマレビュー【2026年9月】のアクセスランキングを発表!

映画『DIGGER/ディガー』トム・クルーズ DIGGER/ディガー【レビュー】

かなり手の込んだ作品です。映画公式サイトによると、俳優人生45年のトム・クルーズ自身が「この役を演じられるようになるまで40年かかった」と語っており…

映画『世界で最後の愛しい娘!』チョ・ジョンソク/チェ・ユリ 『世界で最後の愛しい娘!』一般試写会 5組10名様ご招待

映画『世界で最後の愛しい娘!』一般試写会 5組10名様ご招待

映画『逃げろお嬢さん』井口理(King Gnu) 逃げろお嬢さん【レビュー】

『国宝』の原作者として知られる吉田修一の小説は、これまでも『悪人』『横道世之介』『さよなら渓谷』『怒り』など数多く映画化されてています。本作は、吉田修一の短編集「逃亡小説集」に収められている「逃げろお嬢さん」を映画化…

映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』川口春奈/高杉真宙 ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記【レビュー】

本作は、21歳の時にステージIVの大腸がんと宣告された遠藤和さんが遺した同名の手記が原作です…

【映画でSEL】にたどりつくまでの道

今のあなたに必要な非認知能力を伸ばす【映画でSEL】プログラムのご案内

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

【映画学ゼミSeason2】「思考力を鍛える映画鑑賞—その仕組みの探求(2)言葉とイメージの関係」参加者募集! 【映画学ゼミSeason2】「思考力を鍛える映画鑑賞—その仕組みの探求(2)言葉とイメージの関係」参加者募集!

Season2では、比喩的思考、批判的思考、論理的思考を軸として、「思考力を鍛える映画鑑賞の仕組み」を探求するスタンスで一連の流れを意識して構成しています。 とはいえ、毎回冒頭で前回までの振り返りを簡単にしますので、好きな回だけ単発で参加いただいてもOKです。映画に関する雑談も含めて一緒に楽しみましょう!

映画『プラダを着た悪魔』アン・ハサウェイ 映画好きが選んだアン・ハサウェイ人気作品ランキング

今回は、アン・ハサウェイ出演作品(日本劇場未公開作品と直近の劇場公開作品を除く)を対象に、正式部員…

映画『ボヘミアン・ラプソディ』ラミ・マレック 映画好きが選んだ実在アーティストの伝記映画ランキング

今回は実在アーティストの伝記映画について、正式部員の皆さんに投票してもらいました。さまざまな有名アーティストにまつわる作品がある中で上位にランクインしたのはどの作品でしょうか?

学び・メンタルヘルス

  1. 【映画学ゼミSeason2】「思考力を鍛える映画鑑賞—その仕組みの探求(2)言葉とイメージの関係」参加者募集!
  2. 【映画学ゼミSeason2 第1回】「思考力を鍛える映画鑑賞—その仕組みの探求①オリエンテーション」参加者募集!
  3. 【映画学ゼミ第10回】「メタ認知が働く映画鑑賞、そうでない映画鑑賞、何が違う?」参加者募集!

REVIEW

  1. 映画『汝、星のごとく』横浜流星/広瀬すず
  2. Netflixシリーズ『ダウンタイム』松岡茉優/仲里依紗
  3. 映画『時給三〇〇円の死神』西畑大吾/福本莉子
  4. 映画『八つ墓村』滝藤賢一
  5. 映画『DIGGER/ディガー』トム・クルーズ

PRESENT

  1. 映画『ダビデ ~王になった少年~』
  2. 映画『世界で最後の愛しい娘!』チョ・ジョンソク/チェ・ユリ
  3. 映画『RYUJI 竜二』柳楽優弥/萩原利久/JUNON(BE:FIRST)
PAGE TOP