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『ぼくたちの哲学教室』ケヴィン・マカリーヴィー校長インタビュー

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映画『ぼくたちの哲学教室』ケヴィン・マカリーヴィー校長インタビュー

北アイルランドのベルファスト市北部にあるカトリック系のホーリークロス男子小学校では、哲学の授業が行われ、日常的な問題も哲学を用いて解決しています。そんな様子を収めたドキュメンタリー映画『ぼくたちの哲学教室』が日本で劇場公開されるにあたり、ケヴィン・マカリーヴィー校長が来日しました。ケヴィン先生はどんなきっかけで学校に哲学を取り入れたのか、哲学の授業が定着するまでどんな苦労があったのか等、聞いてみました。ちなみにケヴィン先生曰く、女子は常にクリエイティブな考え方をしていて、優れた哲学者だそうですよ。

映画『ぼくたちの哲学教室』ケヴィン・マカリーヴィー校長インタビュー

<PROFILE>
ケヴィン・マカリーヴィー:ホーリークロス男子小学校校長
柔術の黒帯を所持。エルヴィス・プレスリーが大好きで、校長室にはたくさんのエルヴィス・プレスリー関連グッズが並ぶ。本作では、ホーリークロス男子小学校で、哲学を用いて子ども達と積極的に交流している姿が見られる。

多様な視点から一人ひとりを見ることが大事

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
先生ご自身が、哲学が役に立つと思ったきっかけは何ですか?

ケヴィン先生:
クイーンズ大学で歴史と政治学を勉強していた時に、その一環として哲学も勉強し、哲学に興味を持ち始めました。その後、先生になり教える側としてマネージメントの職務に移り、教育というものを考えていた時、勉強に気乗りしない子ども達を見て、彼等の興味を引くものを始めなければいけないと思いました。それで最初クリエイティブシンキングを始めたんですね。それがすごくうまくいきました。
ちょうど私が校長先生になった時、前任の方が哲学を導入してみたらどうかとおっしゃったんです。当時は校長になりたてで、やることもたくさんあるし、自分にとっては手一杯になってしまうので、できないんじゃないかと思いました。でも夏の間ずっと考えて、とにかく何でもいいからやってみようと考え直しました。そして、ロンドンにある“フィロソフィー・ファウンデーション”という組織に出向いてトレーニングを受けたんです。その結果、週に1時間という内容では物足りなくなって、スタッフや先生にもトレーニングをして、ホーリークロス男子小学校の児童達にも実行してみようと思って始めました。それが成功して、子ども達だけじゃなく、スタッフや先生、親も皆満足しています。
今、哲学の授業をするための部屋を別に設けているんです。どうしてかというと、子ども達同士、全員の姿が見えるよう、また先生が出たり入ったりできるよう、馬蹄型に子ども達を座らせる必要があるからです。これを教室でやろうとすると常に机と椅子などいろいろなものを動かさなくてはいけません。
哲学は3つの分野に分かれています。1つはメタフィジックス(形而上学)、2つ目は知識に関すること、もう一つは物事が良いのか悪いのかという道徳的な考えです。子ども達はそういうものを理解しています。

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
映画の中では、子ども達の年齢に合わせた授業をされていました。今の形に定着させるまでにどのような苦労がありましたか?

ケヴィン先生:
一番難しかったのは、関わるスタッフに納得してもらうことでした。最初に哲学をやると決めた時に、「え〜、そんなのやるんですか?」っていう反応で、なかなか乗ってこなかったんですよね。でも、実際に授業をやって見せたことで、子どもたちでも哲学的な思考ができるんだと理解してもらえました。今ではスタッフも楽しんで取り組んでいると感じています。
子どもが先生に答えを求めてきたとしても、その答えが本当にそうなのかを決めるのは先生ではなくて子どものほうなんですよね。例えば、「先生はどういう答え?」と聞かれたときに「私はこういう答え」「それで合ってる?」って返したら、子どもは合ってると言ってしまう。でも、そこからさらに「じゃあ、別だったらどうなの?」って常に問いかけ、私から子どもに結論を言うことはありません。最終的な結論に辿り着くまで考えるのは子どもだからです。スタッフはそんな子ども達の姿にすごく驚いているし、皆さん誇りに思ってやってくださっています。

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
哲学が得意な子というか、飲み込みが早い子、時間がかかる子の違いはありますか?

ケヴィン先生:
家庭的なサポートを受けている子ばかりではありません。家庭が破綻しているような子どももいます。そういう家庭の子どもは、議論をしたり、対話をしたりする言語をそもそも持ち合わせていません。そういう対話を聞いて育っていない子ども達には、“フィロソファー・ボックス”という箱を使って、対話の始め方からサポートしながら、自信を持って答えられるようにしていきます。私の著書「シンク・シンク・レスポンド(考えて、考えて、答える)」には、子ども達がそれぞれ意見をきちんと言えているか、会話に加わっているか、仮説を立ててきちんと考えているか、というチェック項目が細かく書いてあります。子ども達がどこまでできたかを追跡しているんです。子ども達が気付いているかわかりませんが、発言していない子どもがいたら、必ず「どう思う?」と私から発言を促します。そうやって発言していない子にも必ず発言させるし、終わってからでも「誰がまだ意見を言っていない?意見を聞かせて」とこちらから積極的に当てるようにしています。私は細かいところまでいろいろ考え抜いてこの本を書いているので、面倒くさい作業はこの本があればできるようになっています。もう一点、普通の教育では、どこかから外れてしまう子どもが必ず出てきてしまうんですが、このやり方ならそれはないと思っています。トラッキングすることで皆がちゃんとやっているかがわかるんです。それから、仲間同士で交われないとか社交的でない子も必ずいると思うんです。でも、そういう子に限ってものすごく論理的な思考ができたりするんです。そういう子は意見が違うということを恐れず、人と同じでなくても自分の意見を言うことができます。

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
その本は日本でも手に入りますか?

ケヴィン先生:
今、日本でも翻訳版を出版できるように動いています。

マイソン:
とても興味があります!では、教室で教わったことを日常で応用できるようにするために、どのような工夫をされているんですか?

映画『ぼくたちの哲学教室』

ケヴィン先生:
子ども達はいずれ学校を卒業していきます。学校を巣立つ段階で自分の感情をきちんと抑えること、処理することができるように学んでいます。自分の外で起こっていることはコントロールできないけれども、自分達の感情はコントロールできます。“3・6・7”というメディテーション(息を3カウントで吸って、止めたまま6カウント数えて、7カウントで吐く)を4回繰り返しただけでもだいぶ自分の感情が収まります。それからもう1つ、彼等は4つのRを身につけています。リフレクト(Reflect)、リーズン(Reason)、レスポンド(Respond)、リエバリュエート(Re-evaluate)です。質問された時によく考える、論理立てて考え、答えを導き出し、その答えが本当に正しいのだろうかと再評価するということを必ずやります。さらに3つ、常に頭に入れていることがあって、必ず「でも」「なぜ」「もしこうだったら」ということを問うんですね。あともう一つ、トリプルフィルターテストというのがあります。例えば、ソーシャルメディアとかいろいろなところからニュースが入ってきた時に、「これは良いことでしょうか?」「本当でしょうか?」「それは自分達にとって役に立つことでしょうか?」と必ず自分でも一度問い返してみる。もし良いことじゃない、嘘である、役に立たないと思ったら、それはもう知る必要がないと判断します。真実じゃないかもしれない不確かな情報がたくさん入ってくる時にスクリーニングする能力を皆身に付けて卒業していきます。だから、日常で応用できるかと聞かれれば、充分できると思います。

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
わかりやすいですね!あと、ケネス・ブラナー監督の映画『ベルファスト』を観た時に、この地域の宗教的な闘争などを知りました。本作『ぼくたちの哲学教室』を観た時に、今もまだ軋轢が残っているという印象がありました。こういった解決が難しい問題はどう考えたら良いのでしょうか?

ケヴィン先生:
今でも対立が続いている部分はあります。ただ、当時のカトリックとプロテスタントの宗教的対立というところからはずっと先をいっているといえます。信仰だけが自分達をかたち作っているわけではなく、私は校長先生であり4人の娘の父でもあります。その他にも柔術の先生だったり、さまざまな側面を持っていて初めて私という人間があるわけです。例えば、私のことを校長先生としてではなく、柔術をやっている人として認識している人がいるかもしれないし、それと同じように宗教の部分はその人がたくさん持っている側面のたった1つでしかありません。私達はそれぞれの宗教の伝統、歴史を大切にし、お互いに敬意を表するべきだと思います。けれど、違うところを探すのではなくて、お互いにどういう部分が共通なのかを考えるほうが重要だと思います。共通点のほうがよっぽど多いと思うんですね。既成概念から外れて、もう少し多様な視点から一人ひとりを見ることが大事だと思います。

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
確かにそうですね。では、この映画は世界中で公開されますが、どんなことに期待していますか?

ケヴィン先生:
本当にこの映画のメッセージは希望であり、平和であり、和解だと思うんですね。そして、哲学が教育の1つの重要な礎であることが皆さんに伝わって欲しいと思います。

映画『ぼくたちの哲学教室』

マイソン:
最後に1つだけ、なぜケヴィン先生はそんなにエルヴィス・プレスリーが好きなんでしょうか?この映画を観ていて、哲学とプレスリーはどう繋がっているのか気になりまして(笑)。

ケヴィン先生:
ハハハハ(笑)。父親の影響です。気分が沈んでいる時に彼の音楽を聴くとものすごく気持ちが明るくなるんです。自分はプレスリーの人生と併行して生きているような感じなんです。彼は何もないところから世に出てきた人です。母親を非常に敬愛していましたよね。お母さんのためにスタジオに行って“My Happiness(マイ・ハピネス)”という曲をレコーディングしたというのがまさに始まりなので、それがなかったら彼という逸材は発見されていません。母親への愛があったからこそ、彼という存在が発見されたといえると思います。私は青年期にとても大変な思いをしました。英国軍がこの地域にどんどん入ってきてしまい、トラウマ的な経験をたくさんしているんです。そのなかで母が常に教育をしっかり受けなさいとずっと示し続けてくれました。母がいなければ校長先生にもなっていないと思います。プレスリーは何もないところからトップになった方です。私の場合は、親戚にも家族にも先生になった人は1人もいません。そんな環境のなかで私は校長先生になることができました。子ども達にも同じようになって欲しいと思うんです。周りの環境がどんなに自分にとって逆境であったとしても、自分の人生を生きることができるという点で、エルヴィス・プレスリーが好きなんです。

映画『ぼくたちの哲学教室』ケヴィン・マカリーヴィー校長インタビュー

マイソン:
なるほど〜。本日はありがとうございました!

2023年4月14日取材 PHOTO&TEXT by Myson

映画『ぼくたちの哲学教室』

『ぼくたちの哲学教室』
2023年5月27日より全国順次公開
監督:ナーサ・ニ・キアナン/デクラン・マッグラ
出演:ケヴィン・マカリーヴィー(校長)/ジャン・マリー・リール(副校長)/ホーリークロス男⼦⼩学校の⼦ども達
配給:doodler

「哲学」が主要科目となっている、ホーリークロス男⼦⼩学校の先生や子ども達の姿を追ったドキュメンタリー。1998年のベルファスト合意以降、一定の平和は維持されながら、一部武装化した組織がおり、まだ治安が良いとはいえない状況にある北アイルランド、ベルファストで、ケヴィン校長をはじめ子ども達はさまざまな問題に哲学を用いて向き合っている。
公式サイト

© Soilsi. Films, Aisling Productions, Clin dʼoeil films, Zadig Productions,MMXXI

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