REVIEW
キービジュアルに写るルーアリ・モルカの美しさと独特なオーラに目を奪われ、本作に興味が湧いた方は少なくないはず。新人のルーアリを起用した理由について、監督、脚本、編集を兼任したミッコ・マケラ監督は、「オーディション映像を見た瞬間、彼の目の奥に宿る生々しさと大胆さに惹かれました。同時に、沈黙や微細な表情で多くを語れる精密さも持っていた」と評価し、「彼の演技が作品を支える大きな柱となりました」と述べています(映画公式資料)。ルーアリ・モリカは、既にハリウッド作品への出演も複数控えているのも納得で、今のうちにルーアリを知る機会として、まず本作を観て欲しいとお伝えしておきます。

そして、いつもお伝えしていますが、本作も極力前情報を入れずに観ることをオススメします。私は、ルーアリ・モルカが演じるセバスチャンがセックスワーカーであること以外の情報を入れずに観ました(キービジュアルにあるキャッチコピーも敢えて読まないようにしました)。そして、まず主人公の背景に意外性を感じました。

セバスチャンには別の顔があり、彼は生活のためだけに男娼をしているわけではないこともわかってきます。ただ、最初は上手く対処しているように見えて、彼の中で複雑な心理が渦巻き、彼なりの秩序は保てなくなっていきます。
本作のテーマは、観る方によってさまざまに受け取れそうです。特に主人公が男娼という設定からセンセーショナルな内容を想像されるでしょう。でも、観てみると、現代人にとって普遍的ともいえるアイデンティティの問題が浮かび上がってきます。
以下はあくまで私の解釈です。読む方によってはネタバレと感じる内容が含まれるため、観終わってからお読みいただくことを推奨します。

公的自己、私的自己という概念があります。男娼の顔は私的自己といえそうなものの、男娼として存在する世界から見ると、素の自分が私的自己、男娼である自分が公的自己のような関係になります。どちらの世界でも、もう一方の自分を知られたくないわけですが、セバスチャンが持つある種の野心といおうか、人に求められたいという心情が、自分の側面を完全に分けることを難しくしていきます。その状況が彼自身をどんどん苦しめていくなかで、彼はある出会いによって目覚め、どちらの自分も受け入れてアイデンティティを“統合”させていく様子が描かれています。

現代社会ではSNSが普及したことで、誰でも自分をプロデュースし、人に見せる自分、隠す自分を使い分けられるようになった半面、完全に使い分けようとすると双方の“自分”を苦しめる状況になりかねません。また、多様性が叫ばれる一方で、情報が溢れる現代では一層社会的なイメージが偏っていく可能性も孕んでいます。本作はLGBTQの枠組みを超えて、現代社会では誰にでも起こり得る状況を描いているように感じます。主人公がどういう未来を掴むのか、1つの例として観てみてください。
デート向き映画判定

主人公が男娼ということもあり、性描写が多く含まれるため、デートで観るのは気まずいでしょう。ビジネスと割り切った関係や、欲望に任せた肉体的な関係だけではなく、心の繋がりに基づく関係も描かれています。もし、ズルズルと肉体関係だけが続いていて悶々としているなら、その違いを客観視する機会に1人でじっくり観てはいかがでしょうか。
キッズ&ティーン向き映画判定

R18+なので、18歳未満の方は観られません。ただ、若い皆さんにとっては、セバスチャンと近い感覚があると思います。自分が接点を持つ“世界”が複数あって、棲み分けている方もいるでしょう。でも、それはずっと続くのか、自分にとって良いことなのかを考えたいなら、本作は1つの参考になると思うので、年齢制限をクリアしたら観てみてください。

『SEBASTIANセバスチャン』
2026年1月9日より全国公開
R18+
リアリーライクフィルムズ
公式サイト
© Sebastian Film and The British Film Institute 2024 / ReallyLikeFilms
TEXT by Myson
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情報は2026年1月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。



























