REVIEW
何が起きたのかわからないというか、脳が拒絶反応を引き起こすようなシーンから始まる本作は、資本主義が生み出した深い闇を描く、風刺がものすごく効いた胸糞映画です。
主な登場人物は、若くして巨万の富と名声、権力を得たアモン・マイナート(ローレンス・ルップ)とその家族です。ストーリーは、娘のパウラ(オリヴィア・ゴシュラー)の目線で語られていきます。アモンは家族思いの父親という側面を持つ一方で、人間狩りに興じる連続殺人犯という顔を持っています。ただ本作は、アモンが捕まるかどうかを軸に描いたストーリーではない点がユニークです。

アモンが連続殺人犯であることはほぼ周知されているにもかかわらず、誰も彼を止められない、というか止めません。そうした状況でアモン自身は自分を止めてくれる存在をどこかで望んでいるようにも見えつつ、止められるなら止めてみろという態度にも受け取れます。そんな父の姿をパウラがどう見て、どう成長していくのかが同時に映し出されている点で、行き過ぎた資本主義が生んだ事態の恐ろしさが一層増して感じられます。
本作で監督を務めたのは、ダニエル・ヘースル、ユリア・ニーマンは、本作の制作背景について次のように話しています。
私たちは前作のドキュメンタリー映画「WinWin」の取材中、オーストリアの超リッチな人物に出会った。彼は私たちを別荘でもてなした。吹き抜けには巨大なヘルンバインが吊るされ、背後では乳母がプリンセスの衣装を着た 2 人の子供を連れて部屋を歩いていた。そこへ執事が 2 丁の銃を手にやってきた。この幸せそうな家族と狩猟のさりげない準備という真逆の関係性が、『我来たり、我見たり、勝利せり』のアイデアの引き金となった。(映画公式資料)

さらにヘースル監督は「ニューヨークの五番街で人を撃っても票を失わないと言ったドナルド・トランプをいつも思い出す」とも語っています。また、本作は「重要なのは、誰が私を止めるかということだ」というアイン・ランド(作家)の言葉から始まります。ニーマン監督は、アイン・ランドについて「アメリカにおける新自由主義思想の象徴である。興味深いのは、彼女が貧窮してアパートで孤独に死んだことである。(中略)彼女の小説はいつも、非常に利己的な登場人物たちがうまく逃げ切る話だ。彼女はアメリカでは古典的な存在であり、アメリカの知識人なら誰もが、この引用の出典である『水源』や『肩をすくめるアトラス』を読んでいるはず」と話しています。

本作は、上記の背景を知らずとも、実在する億万長者達の顔が頭に浮かびます。彼等に対して物申す作品という見方もできる一方で、止めない私達への警告とも受け取れます。ユーモアが効いているとはいえ、笑い飛ばしている場合ではない現状を突きつける1作です。
デート向き映画判定

日本でも拝金主義は長らく続いており、SNSの影響もあってセレブリティはますますもてはやされています。すべてのセレブリティが悪というわけではないものの、少なからず価値観、人生観に影響を受けていると考えれば、カップルの相性にも関係してくるでしょう。これから真剣交際に進むかどうか悩んでいる方は、一緒に観てお互いの感想から人生観が合うか探ってみてはどうでしょうか。
キッズ&ティーン向き映画判定

皆さんはパウラの目線で観られると思います。誤った観方をすると、彼女の態度を良しとしたり、憧れてしまうことが恐ろしいです。これは風刺であり、本作で描かれている状況が称賛されているわけではない点を理解して観てくれることを望みます。

『我来たり、我見たり、我勝利せり』
2025年6月6日より全国順次公開
PG-12
ハーク
公式サイト
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©2024 Ulrich Seidl Filmproduktion GmbH
TEXT by Myson
関連作
レビューで取り上げた監督談にあるように、本作ではアイン・ランドが書いた小説からの引用があります。
「肩をすくめるアトラス 第一部」アイン・ランド著/アトランティス
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「水源―The Fountainhead」アイン・ランド著/ビジネス社
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ダニエル・ヘースル監督「脚本段階でのオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターとの議論がより興味深かった」(映画公式資料)との情報から以下の書籍も掲載しておきます。
「資本主義・社会主義・民主主義1」ヨーゼフ・シュンペーター著/日経BP
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情報は2025年6月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。