声優界のレジェンド、羽佐間道夫が「声優の力で無声映画を蘇らせたい」という情熱から立ち上げた舞台企画「20周年記念 ボイスシネマ声優口演ライブ2025」。今回は本舞台に出演される羽佐間道夫さんと山寺宏一さんにインタビューさせていただき、声優口演の魅力や貴重なエピソードをたっぷり語っていただきました。
<PROFILE>
羽佐間道夫:声優、企画、脚色、演出
東京都出身。主な代表作に、『ロッキー』シリーズ(シルベスター・スタローン)、『マーダーズインビルディング』シリーズ(スティーブン・マーティン)、『ファイナルファンタジーⅦ』(グリン役)などがある。
「ボイスシネマ声優口演ライブ」企画の発起人であり、20周年を迎える2025年も全公演に出演予定。
山寺宏一:声優
宮城県出身。主な代表作に、『アラジン』ジーニー役、『ルパン三世』銭形警部役、『新世紀エヴァンゲリオン』加持リョウジ役などがある。また、俳優としても映画やドラマに出演、その他ナレーターや、タレントとしても幅広く活躍中。
小津安二郎やチャップリンの家族も観にきて楽しんでくれました

シャミ:
お二人はこれまでにさまざまな無声映画の吹き替えをされていますが、無声映画の1番の魅力はどんな点だと思います?
羽佐間道夫さん:
魅力はいろいろあります。無声映画には最初は当然何も声がついておらず、昔は活弁士が全部語っていたわけです。僕は、活弁士の福地悟朗さんと親しいのですが、彼の声が実に良くて、寄席に持っていきたいと思うくらいおもしろかったんです。それがずっと頭に残っていて、これを我々ができないだろうかと思ったことが声優口演の始まりです。
それで、無声映画を提供するところに声をかけさせていただき、我々が無声映画に声をあてたらどうなるのかなと。声優は普段舞台で観客を前にして演じることはあまりないので、劇場で観客の前で演じて一緒に笑ったりできるのはおもしろいのではと思いましたし、演技者としても舞台に一歩近づけるのではないかと思いました。当時吹き替えはスタジオでしかやっていなかったのですが、観客の前に出ると幕から出た時に観客がワーッと拍手をして迎えてくれます。それはスタジオでは味わえないことですよね。
山寺宏一さん:
羽佐間さんがおっしゃったように、活弁士の方々は無声映画をわかりやすくするためにいらしたわけです。活弁士の場合は、全部に声を入れるわけではありませんが、この声優口演では羽佐間さんの発案でセリフを喋っていそうなところに全部セリフを入れています。そうするとかつて活弁士が無声映画に声を入れていたよりもさらに立体的になりますよね。
当時はサイレント映画を作ろうと思って作ったのではなく、技術的にまだ声を入れられなかったからサイレント映画を作ったわけです。後にチャップリンが出てきて、トーキーが登場しますが、無声映画はその前段階なんです。でも、それで人々が楽しめたことがすごいですよね。音楽は入っていますが、俳優のセリフはなしで動きだけで楽しんでいたんです。だから本当はそのままでも作品として十分楽しめるので、我々が声を入れるなんてトゥーマッチなんです(笑)。でも敢えて全部に声を入れるというのもこの声優口演のおもしろさだと思います。

羽佐間道夫さん:
すごく印象的なのが、小津安二郎の無声映画をやった時のことです。無声映画なので、時々字幕が出てくるのですが、「字幕はいらないのでどけてください」と松竹にお願いしたのですが、その時は許可を得られなかったんです。それから5年くらい経った頃に小津さんのご家族が、「おもしろいからやってみたら」と言ってくださったんです。その時の作品は、字幕を切らずに山ちゃんがやってくれて、そしたら小津さんのご家族もこれはおもしろいと感動してくれました。
山寺宏一さん:
小津さんは、無声映画の後にたくさんの名作を作るわけですが、無声映画は本当にその前段階の貴重な作品なんです。僕は、時々神への冒涜だと思いながらも、楽しんでもらいたいのでいろいろなことをやって演じています。
羽佐間道夫さん:
その時に実は新しい発見をしたんです。小津さんの作品は、大体下からのアングルで映す画が多いのですが、『淑女と髯』のラストで窓から女性が去っていくというシーンだけは俯瞰の画だったんです。そのことを小津さんのご家族にお伝えしたら、びっくりされて「あれは意図的ではないと思いますよ」とおっしゃっていました。そうやって声優口演をきっかけに新しい発見をすることもあるんです。
山寺宏一さん:
そういう意味では、今回の作品も100年ぐらい前の作品ばかりですよね。無声映画はどの作品も歴史があるので、今改めて観てもおもしろいし、ここからすべてが始まったんだと感じられるんです。今みたいな技術はもちろんありませんが、それこそ小津監督の芸術性が垣間見えたり、チャップリンやキートンが体を張って演じている生身のすごさも感じます。もちろんデジタルやコンピューターがない時代なので、すべての源流がここにあると感じられます。
今のエピソードでいうと、羽佐間さんに誘っていただいて、僕は20年前からチャップリンもやらせていただいていますが、本当に喜劇王チャップリンに対して失礼なことをしているので、時々どうなんだろうと思っていました。そしたら、日本チャップリン協会の会長である大野裕之さんが気に入ってくださり、それから一緒にやるようになったという経緯があります。さらに、ある時チャップリンのお孫さんが声優口演を観に来てくださり、すごく喜んでくださったんです。
羽佐間道夫さん:
今までチャップリンの作品を触らせるなんてことは絶対になくて、何か手を加えることはフィルムに対する冒涜だとされていたんです。だから本当にすごいことなんですよ。

スタッフA:
山寺さんが、『犬の生活』という作品をやっているのですが、これは活弁士さえやらせてもらえなかった作品で、チャップリン協会から「山寺宏一のみ認める」と言われているんです。
山寺宏一さん:
え!それは今初めて聞きました。じゃあ他の方はできないんですね。
シャミ:
チャップリン協会からもお墨付きをいただいているとは本当にすごいですね!
羽佐間道夫さん:
僕らの次の欲望としては、ヒッチコックの作品です。ヒッチコックにも無声映画がありまして、今一生懸命交渉しています。
山寺宏一さん:
チャップリン、キートンから始まって、今回は三大喜劇王でやりますが、羽佐間さんはまだ新たなことをやろうとしているんです。本当にすごくないですか?
シャミ:
本当に素晴らしいですね!
100年前の作品を現代でやる上で工夫していることは?

シャミ:
資料によると声優口演ではアドリブが多いとありましたが、何か工夫されていることはありますか?
羽佐間道夫さん:
アドリブは山ちゃんだけじゃない(笑)?
山寺宏一さん:
僕は計算したアドリブです(笑)。
スタッフA:
山寺さんは本番で台本を持たないんですよ。唯一『犬の生活』だけ犬のダジャレを書いた紙を持っていくんです。それ以外は朗読でもアテレコでもなく、全部山寺さんのパフォーマンスなんです。
シャミ:
すごいですね!
羽佐間道夫さん:
あそこだけ“山寺笑点”という暖簾をかけようかと思ったよ(笑)。
山寺宏一さん:
『犬の生活』は1人でずっと喋らないといけないので、台本を見てもズレてしまうんです。だから覚えようと思って覚えたんです。
シャミ:
台本で筋を覚えてあとは本番でアドリブも交えてやるということでしょうか?
山寺宏一さん:
一応ベースはありますが、何回も練習をしてただ覚えたという感じです。それで、ちょっとくらいその時に言いたくなったことを言ってもいいだろうと思ってアドリブをやっています。掛け合いの場合だと他の方の迷惑になってはいけないので、急に変なことできませんが、『犬の生活』は僕一人なので、間違えたとしてもあまり関係ないんです。でも1秒単位で繰り返し練習しています。
シャミ:
しっかりと事前準備をされているからこそですね。

羽佐間道夫さん:
口がパクパクとなってしまうシーンがいっぱい出てくるとつい埋めたくなるので、アドリブでセリフが増えちゃうんです。例えば、「お前そうじゃない」「そうじゃないって言ったって、そうじゃないんだ」とか、「そうじゃない」で終わってしまうこともあります(笑)。それくらい私達にとっては空白が辛いんです。それは外国映画の吹き替えをやっている時も同じで、例えば「そうだ」と言った後に、俳優の口がパクパクしてしまっていたら、声優としてプロフェッショナルではないと思うんです。
山寺宏一さん:
羽佐間さんをはじめ先輩方は、昔に生放送で吹き替えをやった経験があるんです。舞台ではないのでお客さんはいませんが、まさにそういう外国映画やドラマのアテレコを生放送でやっていた時代の方ですから、セリフを埋めることはお手の物なんです。
羽佐間道夫さん:
例えば滝口順平さんは、強盗役をやっていてピストルを出して「金を出せ!」と言った後に、俳優の口がまだパクパクとして余っていたので、「ちょっと水をくれないかな」と足したそうです(笑)。
山寺宏一さん:
すごいですよね。我々声優の中でも羽佐間さん以外はそんな経験をされている方はいませんよ。
シャミ:
貴重なお話をありがとうございます!では、無声映画に声を吹き込む上で気をつけていることは何かありますか?
羽佐間道夫さん:
まず台本を作るので、それを皆それぞれ工夫して消化して作業をするわけです。台本を書く人は、「この時代にこんな言葉があったのかな」と調べたり、「会話の中でこれはおもしろくなるかな」と、話し合う時間がたくさんあります。
山寺宏一さん:
今回100年前後の歴史のある作品ばかりなので、オリジナルのおもしろさをもちろん抑えつつ、今観るお客さんに楽しんでいただけるような内容やセリフでないといけないと思って準備しています。
羽佐間道夫さん:
無声映画の俳優さん達はリップシンクをしていて声を出していないんです。チャップリンにしても、声を出して喋っているわけではなく、アクションだけで表現しています。だから昔の芸人の方達はこういうものを下敷きにして作っていたんだなと思うところがいっぱいあります。でも、チャップリン達は当然100年前のことをやっているので、さすがに100年前のことをそのまま現代でやるのは大変なことだから、ある意味デタラメですよね(笑)。
山寺宏一さん:
でもこういう作品を観ておもしろいと思うのは今でも変わらないですよね。チャップリンのギャグとかを見ていると、例えばイギリスやアメリカのギャグというのは、こういうところから始まっているんだなと感じます。そこからいろいろな映画やテレビドラマができて、それを日本人が観てまたおもしろいと思い、ドリフやひょうきん族になり今に至るのかなと思います。

シャミ:
本当にすべての原点ということですね。声を生み出すのが難しい俳優さんやキャラクターはいるのでしょうか?
羽佐間道夫さん:
強引に引きずり込むのであまり難しいということはないです。僕はロッキー(シルベスター・スタローン)の吹き替えをやったのですが、ロッキーは獣みたいな声をしているんですよ。
山寺宏一さん:
普段の羽佐間さんの美しい声とはかけ離れているのにぴったり合っているんですよね。
羽佐間道夫さん:
それは一生懸命近づこうとしたからだよ。以前、浪花節の方と対談したことがあるのですが、「例えば親分の声を出す時に練習して低くするんですか?」と聞いたら、「そんなことはしません。親分でも子分でも同じトーンで十分です」と言われ、表現とはそういうものですと怒られたことがあります。それから浄瑠璃の方に習った時も「作らない」と言われたんです。
山寺宏一さん:
それなのに海で声を枯らしてロッキーをやったんですね(笑)!?
羽佐間道夫さん:
無駄なことはやるなと怒られたけどね(笑)。それぞれどういう風にしたらいいかなと、皆いろいろな工夫をしていると思います。
山寺宏一さん:
今回は僕よりだいぶ若いメンバーも出ていますが、普段のアニメとかでは出さないような声をこの声優口演では出していて、普段やらないような役を演じているので、そこも注目して欲しい点です。
世代を越えた会話も生まれる

シャミ:
アニメと実写の声で、共通点と相違点があれば教えてください。
羽佐間道夫さん:
僕はアニメより実写のほうが自分を出せるのかなと思います。普通の外国映画の場合、例えばロッキーならシルベスター・スタローンに化けようとするわけです。だけど、『ロッキー』がもし無声映画だったとしたら全然違う声を出したっていいわけですよね。僕はアニメというのは無声映画に近いのかなと思っているんだけど、山ちゃんはどう?
山寺宏一さん:
無声映画は実写ですけど、確かにアニメっぽいとも言えます。作品にもよると思いますし、アニメにも吹き替えの場合と、日本のオリジナルアニメの場合がありますしね。日本のオリジナルの場合は、自分が初めて声を入れるので、自由といえば自由ですよね。原作ものがあると読者の中である程度イメージは固まっているかもしれませんが、ある程度自由度が高いと思います。でも、吹き替えの場合は元の声優がやっている声があるわけですよね。そこに我々が日本語でやるわけですから、ちょっと違うのかもしれません。アニメーションと実写とで多少違いがありますが、基本は同じだと思います。
シャミ:
声優口演は今年で20周年ということですが、これまでのお客様の反応で印象に残っていることはありますか?
羽佐間道夫さん:
20年というと、生まれた子どもが成人になるわけだから、お客様も変わりますよね。昔のことを言ったってわからないので、今のことを言わないといけないわけです。それからお母さんと子ども、おじいちゃんと孫が手を携えて一緒に観るということもあります。それで孫がおじいちゃんに質問して、会話が生まれるみたいな。そういう良さがこの声優口演にはあるんです。
山寺宏一さん:
三世代で観てくださっている方は結構いますよね。
羽佐間道夫さん:
僕自身ひ孫がいますしね。
山寺宏一さん:
ひ孫さんもこの口演を観にきていますからね。ひ孫さんが楽しんでいるなんてすごくないですか!?羽佐間さんぐらいお元気な方がいたら三世代を越えて四世代でも楽しめるんです。
羽佐間道夫さん:
でも時々ひ孫に「これは声が違うよね?」とか、「もうちょっと声が高いほうがいいよ」とか言われることがありますよ(笑)。
一同:
ハハハハハ!

山寺宏一さん:
僕が印象に残っているのは、「これまで無声映画やチャップリンの作品をあまり観たことがなかったけど、こんなに楽しいのかと思って、観るきっかけになった」とおっしゃっていただいたことです。今もいろいろなところで無声映画を観ることができますし、我々が関わっているブルーレイボックスもあるんです。チャップリン協会の大野さんがいろいろと作られていて、この声優口演をきっかけに、舞台だけではなくて、羽佐間さんや僕が声を入れたものが商品化されているんです。そうやって昔の無声映画をまた掘り起こして、こんなに昔の作品は楽しかったのかと思ってもらえたら嬉しいです。
羽佐間道夫さん:
トーキョー女子映画部の方々にもこれを観にきていただいて、普段はあまり話さない層の方と会話をするきっかけになればといいなと思います。
シャミ:
本当に素敵な機会ですよね!本日はありがとうございました。
2025年9月18日取材 TEXT by Shamy

20周年記念 ボイスシネマ声優口演ライブ2025
【東京公演】〈全4公演〉
10月31日(金) 夜 18:30開演
11月1日(土) 昼 14:00 夜 18:30 開演
11月2日(日) 昼 14:00 開演
有楽町よみうりホール
【愛知公演】
11月22日(土) 夜 17:00開演
Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
【仙台公演】
12月6日(土) 夜 17:00開演
仙台電力ホール
【大阪公演】
12月20日(土) 昼 15:00開演
大阪新歌舞伎座
出演者(50音順):
天﨑滉平、池澤春菜、井澤詩織、市川太一、井上和彦、井上喜久子、井上ほの花、今井文也、上坂すみれ、浦和希、大塚剛央、鬼頭明里、寿美菜子、小林由美子、高木渉、武内駿輔、土井美加、戸松遥、冨永みーな、中尾隆聖、仲村宗悟、長縄まりあ、羽佐間道夫、濱健人、林原めぐみ、林勇、速水奨、潘めぐみ、平野綾、福山潤、三石琴乃、森久保祥太郎、安元洋貴、山寺宏一 ほか
【公演サポートメンバー】ムーブマン(東京・名古屋・仙台・大阪)/劇団とっても便利(大阪)
【ゲスト出演】大野裕之(日本チャップリン協会 会長)
【演奏】 emyu、遠藤定、丸茂睦、矢崎浩志
<公演概要>(公演内容が公演ごとに異なります)
●オープニングトーク
●声優口演①
●声優口演②
●エンディングトーク
[全公演の共通プログラム]
◆出演者によるスペシャルトーク
ゲスト:大野裕之(日本チャップリン協会 会長)
◆プレゼント抽選会
各公演出演者の寄せ書きサイン色紙プレゼント‼
口演無声映画タイトル
チャップリン「キッド」53分
キートン「キートンの文化生活一週間」19分(1人)
「ロイドの巨人征服」53分
チャップリン「犬の生活」33分(1人)
総上演時間 120分予定
主催:株式会社ムーブマン(東京、名古屋、仙台公演) 、株式会社シーエイティプロデュース(東京、名古屋、仙台公演) 、株式会社新歌舞伎座(大阪公演)
協力:日本チャップリン協会
脚本:大野裕之
企画・脚色・演出:羽佐間道夫
©「ボイスシネマ声優口演ライブ2025」実行委員会