学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画25:「もう何をやってもダメだ」という心理を作ってしまう仕組み

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『約束のネバーランド』浜辺美波/城桧吏/板垣李光人

「やってみればいいのに」と思っても、なぜかやる気になれないことって、誰にでもありますよね。それをやらないことが生活や人生にそれほど影響がないならば、やらないままでも良いのかもしれませんが、身の危険を感じたり、精神に支障をきたすレベルにも関わらず行動できないとしたら、大変な問題です。今回は、そんな心理状態を生む仕組み、“学習性無力感”についてお話します。

「それをやっても無駄」を学んでしまう、“学習性無力感”とは

“学習性無力感”とは何かを説明するために、セリグマンとマイヤーが行った実験を挙げます。この実験では、2頭の犬を別々の箱に入れ、同時に電気ショックが流します。片方の犬(A)が目の前のパネルを押すと電気ショックは止まりますが、もう一方の犬(B)が目の前のパネルを押しても電気ショックは止まりません。こうした手続きの後、2頭の犬に今度は回避行動(光を合図に電気ショックが流れるのを避けて、別の箱に移る)を訓練すると、犬Aは逃げますが、犬Bは逃げずに電気ショックを受け続けるという反応を示しました。
セリグマンはこうした実験から、人間が抑うつや無気力、無力感の状態に陥るのも、どうしても避けることのできない制御不能な状況に置かれた先行経験がその原因にあるとして、学習性無力感理論を提唱しました(鹿取・渡邊・鳥居ほか, 2015)。

心理学:学習性無力感の仕組み図(犬の実験)
鹿取・渡邊・鳥居ほか(2015)の説明をもとにマイソンが作成

では人間だとどうなるのでしょうか?無藤・森ほか(2018)は、ヒロトとセリグマンによる報告で、大学生にもともと解決不可能な問題を解かせた後に、解決可能な問題を与えて解かせても、無力感に陥り、成績が低下した事例を紹介しています。さらにこのことから、①無力感や無気力は生得的なものではない、②無力感や無気力といった望ましくないことも人間は学習してしまうと述べています。

映画『約束のネバーランド』北川景子

本来望ましくないことなのに、なぜそれが習慣づいてしまう、つまり学習してしまうのかというと、そこにも“学習”“オペラント条件づけ”のメカニズムが働いているのです。それについては次回詳しく取り上げます。

鹿取ほか(2015)によると、人間の場合、同じ状況に置かれても、皆が皆、抑うつや無気力といった状況に陥るわけではなく、かなり個体差があるとされ、その後、学習性無力感理論は改訂されました。そして、抑うつや無力感の理解には、個人が負の状況をどう認知し、予測するか、何を原因だと考えるかといったことに考慮が必要だと強調されるようになり、今では認知行動療法などが治療に取り入れられています。

映画『約束のネバーランド』浜辺美波

映画『約束のネバーランド』は、自分達がその施設に入れられている本当の理由を知った子ども達が、脱走を図るなかでことごとく計画を潰される様子が描かれていますが、子ども達はめげません。それは個人ではなく、チームとなって行動するからとも考えられるし、誰かに絶望を与えられても別の誰かが希望を与えてくれるからだとも思います。ここで、人間における個体の差と認知の仕方によって、めげない人物が他を引っ張り、他のメンバーの認知をプラスに変える影響を及ぼすことで耐えられると考えることもできるでしょう。私達の身の回りにも、似たようなことがたくさんありますが、人間が助け合うことで回避できる状況があるとも言えるのではないでしょうか。

<参考・引用文献>
鹿取廣人・渡邊正孝・鳥居修晃ほか(2015)「心理学 第5版」東京大学出版会
無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治(2018)「心理学」有斐閣

映画『約束のネバーランド』浜辺美波/城桧吏/板垣李光人/渡辺直美/北川景子

『約束のネバーランド』
2020年12月18日より全国公開

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

逃げるのを諦めた人間が、どんな人生を歩むことになるのかも描かれています。

©白井カイウ・出水ぽすか/集英社 ©2020 映画「約束のネバーランド」製作委員会

『ルーム』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

拉致されてから長らく監禁されていた女性が、監禁中に生んだ子どもを外の世界に逃がそうと画策します。彼女は1度は逃げることを諦めたのかもしれませんが、子どもの存在が大きな勇気に繋がります。

ルーム(字幕版)

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『殺し屋のプロット』マイケル・キートン 心理学から観る映画60:記憶障害の診断「神経認知領域」と「病因」からみる『殺し屋のプロット』

今回は、急速に進行してしまう認知症、クロイツフェルト・ヤコブ病に冒された殺し屋の最後の“仕事”を描く『殺し屋のプロット』を取り上げます。

映画『チャップリン』チャーリー・チャップリン『キッド』の一場面 映画好きが選んだチャーリー・チャップリン人気作品ランキング

俳優および監督など作り手として、『キッド』『街の灯』『独裁者』『ライムライト』などの名作の数々を生み出したチャーリー・チャップリン(チャールズ・チャップリン)。今回は、チャーリー・チャップリン監督作(短編映画を除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。

映画『ただ、やるべきことを』チャン・ソンボム/ソ・ソッキュ 『ただ、やるべきことを』鑑賞券 3名様プレゼント

映画『ただ、やるべきことを』鑑賞券 3名様プレゼント

映画『星と月は天の穴』綾野剛/咲耶 星と月は天の穴【レビュー】

映画に対してというよりも、本作で描かれる男女のやり取りについては、解釈の仕方および、その解釈に伴った好みが…

映画『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』ウーナ・チャップリン アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ【レビュー】

REVIEWシリーズ3作目となる本作でも、まず映像美と迫力に圧倒されます。物理的に目の前で…

映画『新解釈・幕末伝』ムロツヨシ/佐藤二朗 新解釈・幕末伝【レビュー】

幕末を描いた本作は、“新解釈”とタイトルにあるように、ユニークな解釈で描かれて…

映画『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』来日ジャパンプレミア、ジェームズ・キャメロン監督、山崎貴監督、宮世琉弥 お互いの才能を讃え合うジェームズ・キャメロン監督と山崎貴監督、若者代表、宮世琉弥も感動『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』来日ジャパンプレミア

最新作『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』のワールドツアーの一環として、ジェームズ・キャメロン監督が3年ぶりに来日。山崎貴監督と宮世琉弥も会場に駆けつけました。

映画『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』八木莉可子 八木莉可子【ギャラリー/出演作一覧】

2001年7月7日生まれ。滋賀県出身。

映画『グッドワン』リリー・コリアス 『グッドワン』トーク付きプレミア試写会 10組20名様ご招待

映画『グッドワン』トーク付きプレミア試写会 10組20名様ご招待

映画『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』コリン・ファレル/マーゴット・ロビー ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行【レビュー】

「人生をやり直せるドア」が登場する点と、コリン・ファレルとマーゴット・ロビーが向かい合うキービジュアルから、恋愛をやり直すストーリーかと思いきや…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『チャップリン』チャーリー・チャップリン『キッド』の一場面 映画好きが選んだチャーリー・チャップリン人気作品ランキング

俳優および監督など作り手として、『キッド』『街の灯』『独裁者』『ライムライト』などの名作の数々を生み出したチャーリー・チャップリン(チャールズ・チャップリン)。今回は、チャーリー・チャップリン監督作(短編映画を除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。

映画学ゼミ2025年12月募集用 人間特有の感情や認知の探求【映画学ゼミ第3回】参加者募集!

今回は、N「湧き起こる感情はあなたの性格とどう関連しているのか」、S「わかりやすい映画、わかりにくい映画に対する快・不快」をテーマに実施します。

映画『悪党に粛清を』来日舞台挨拶、マッツ・ミケルセン 映画好きが選んだマッツ・ミケルセン人気作品ランキング

“北欧の至宝”として日本でも人気を誇るマッツ・ミケルセン。今回は、マッツ・ミケルセン出演作品(ドラマを除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。上位にはどんな作品がランクインしたのでしょうか?

学び・メンタルヘルス

  1. 映画『殺し屋のプロット』マイケル・キートン
  2. 映画学ゼミ2025年12月募集用
  3. 映画『エクスペリメント』エイドリアン・ブロディ

REVIEW

  1. 映画『星と月は天の穴』綾野剛/咲耶
  2. 映画『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』ウーナ・チャップリン
  3. 映画『新解釈・幕末伝』ムロツヨシ/佐藤二朗
  4. 映画『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』コリン・ファレル/マーゴット・ロビー
  5. 映画『THE END(ジ・エンド)』ティルダ・スウィントン/ジョージ・マッケイ/モーゼス・イングラム/ブロナー・ギャラガー/ティム・マッキナリー/レニー・ジェームズ/マイケル・シャノン

PRESENT

  1. 映画『ただ、やるべきことを』チャン・ソンボム/ソ・ソッキュ
  2. 映画『グッドワン』リリー・コリアス
  3. 映画『サリー』エスター・リウ
PAGE TOP