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『パリタクシー』クリスチャン・カリオン監督インタビュー

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映画『パリタクシー』クリスチャン・カリオン監督インタビュー

不愛想なパリのタクシー運転手が、偶然92歳のマダムを乗せたことをきっかけに、人生が大きく動いていく様子がドラマチックに描かれた映画『パリタクシー』。今回は本作のクリスチャン・カリオン監督にオンライン取材させていただきました。劇中に描かれている家庭内暴力の問題や、大きく年の離れた主人公達の関係をどう見せたかったのか直撃しました。

<PROFILE>
クリスチャン・カリオン:監督、脚本、プロデューサー
1963年1月4日生まれ。フランス北部、カンブレー出身。13歳から映画製作へ情熱を持ちながらも、家族の希望でフランス農務省付属の工学部に入学。しかし、その後も映画への情熱が冷めず、映画を撮り始める。2001年に初の長編映画“The Girl from Paris”(原題)で監督を務め、240万人以上のフランス人映画ファンを魅了するヒット作となった。2005年、『戦場のアリア』で監督と脚本を務め、第63回ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞、第78回アカデミー賞国際長編映画賞(旧外国語映画賞)、第39回セザール賞の作品賞とオリジナル脚本賞、第59回英国アカデミー賞外国語映画賞ほかにノミネートされ、その年の映画賞を席巻した。2017年に監督した『凍える追跡』は、2021年にジェームズ・マカヴォイ主演で、自身で英語版リメイクを手掛けた。その他の代表作に、『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』(2009)、『戦場のブラックボード』(2015)などがある。

主人公が高齢者の話を聞くことに重要性がある

映画『パリタクシー』リーヌ・ルノー/ダニー・ブーン

シャミ:
本作にはタクシー運転手のシャルル(ダニー・ブーン)が、マドレーヌ(リーヌ・ルノー)を介護施設に送り届けるまでの物語が描かれています。シャルルは車内での会話のなかでマドレーヌの衝撃の過去を知ることになりました。監督が本作で最も描きたかったのはどんな部分でしょうか?

クリスチャン・カリオン監督:
ご存知のように映画は何かを伝えるためにあるわけではありません。ただ、この映画には2つ心を動かされる部分があります。1つ目は高齢者との関係です。私達の社会では、まるで高齢者を高い木の上に置いているかのように、コミュニケーションをとる機会が減っています。でも、この映画においては高齢の女性がタクシーの車内にいるので、タクシー運転手は彼女の話を聞かざるを得ません。このように高齢者の言うことに耳を傾けるということに私は特に心を動かされると感じます。そして2つ目は、家庭内暴力の問題についてです。

シャミ:
車内でマドレーヌが過去の家庭内暴力のことや、その後の壮絶な人生について語る場面はとても驚きました。家庭内暴力は現代も続く社会問題の1つですが、本作で描く上で特に気をつけたことはありますか?

映画『パリタクシー』

クリスチャン・カリオン監督:
残念ながら家庭内暴力は、古くからある問題です。フランスではだんだんと家庭内暴力の問題について考えられるようになり、目に見えるものになってきました。以前は統計がなかったのですが、少なくとも昔より夫の家庭内暴力により亡くなる女性の数は減っています。この映画では、古くから家庭内暴力が存在したということを描いています。マドレーヌは1950年代に夫の暴力の犠牲者となり、厳しい判決を受けます。1950年代は女性が働くにも夫の許可が必要でしたし、銀行口座も開けませんでした。ですからこの映画においては、そうした道を辿って今のフランスがあるということ、今後成すべきことも多くあるということを示そうと思いました。

シャミ:
監督ご自身はどうしたら家庭内暴力の問題がなくなっていくとお考えですか?

クリスチャン・カリオン監督:
フランスの法律では、家庭内暴力は夫婦の問題と捉えられていて、なかなか介入されませんでした。しかし、どれほどの女性が被害を受け、殺されているのかが見え、法律が厳しくなりました。私は、男性が暴力を振るわなくなる方法についてはわかりません。でも、家庭内暴力が刑法によって罰せられることや、監獄に行かなければならないことをきちんと理解できたら、考え直せるのかもしれません。世界には唯一神の宗教がキリスト教、イスラム教、ユダヤ教と3つあります。その3つとも神様が1人しかいないので男性中心主義になっています。そういった文化遺産のもと眼差しが歪んでいると感じます。

映画『パリタクシー』リーヌ・ルノー/ダニー・ブーン

シャミ:
ありがとうございます。シャルルとマドレーヌが会話を交わし、さまざまな場所に寄り道することで絆が深まっていく様子がとても素敵でした。監督は2人の関係をどのように見せたいと考えていましたか?

クリスチャン・カリオン監督:
シャルルを演じたダニー・ブーンが、「マドレーヌの話を聞くことで、シャルルの魂が洗われる」と言っていました。私もそうだと思います。渋滞していて車が動かず、シャルルはマドレーヌの話を聞かざるを得ない状況でしたが、それによりシャルルは変わっていきます。今まで自分が感じなかったことを感じるようになり、それにより新たな道が拓いていきます。先ほども話したように、高齢者の話を聞くことに重要性があると思いました。今は高齢者を前にしてもあまり話すことがなく、距離を置くようになっています。しかし、タクシーの車内では距離がないため、2人の間に起こることはすべて彼女の話に集中しています。

シャミ:
シャルルは最初不機嫌でしたが、マドレーヌとの会話が進むにつれてどんどん優しくなっていく表情も印象的でした。

映画『パリタクシー』リーヌ・ルノー/ダニー・ブーン

クリスチャン・カリオン監督:
ありがとうございます。まさにそうしたいと思いました。マドレーヌと話すうちにシャルルの心がだんだんと落ち着いていくんです。年が違うからといって話が通じないわけではありませんし、マドレーヌは人生の哲学を持っています。彼女が「微笑むたびに若返る。怒ると年を取る」と話す場面がありましたが、彼女自身が人生に対して常に幸せなほう、喜ばしいほう、プラスのほうを見る態度をとっていました。彼女は酷い人生を送っていたはずですが、だからこそ生き延びることができたのです。

シャミ:
マドレーヌの「微笑むたびに若返る。怒ると年を取る」というセリフはとても心に響きました。年を重ねると年齢を気にしてなかなかやりたいことにチャレンジできない方も多いと思うのですが、そういった方に向けて監督から何かメッセージがあればお願いします。

クリスチャン・カリオン監督:
良いことをするにも悪いことをするにも年齢は関係ないと思います。高齢だからといって資格や能力があるわけではありません。若い時は無頓着だからこそ挑戦することができますが、年齢と共にチャレンジできなくなることがあります。それは、無頓着さをなくしてしまい、経験を積んだことからこそ挑戦しなくなるんです。高齢になるということは、欲望を失い、やりたいことをあえてしなくなってしまうことです。ですから、25歳でも年を取っている方がいますし、80歳でも若々しい方がいます。先日、クロード・ルルーシュ監督と食事をしたのですが、彼は85歳なのに次の映画のことを語っていました。私ももし85歳まで生きられたとしたら、彼と同じように若々しくありたいと思いました。

映画『パリタクシー』リーヌ・ルノー

シャミ:
昨今、映画文化を存続させる工夫が今までよりも一層必要になってきたように感じます。フランスで映画を作る上で課題と思えること、一方で恵まれていると感じることは何ですか?

クリスチャン・カリオン監督:
第二次世界大戦後、フランスでは映画をすぐに制作することができました。戦後アメリカのマーシャルプランがあり、ヨーロッパにお金が注がれたことで、アメリカの美しい映画が劇場で無料上映されました。その中には『風と共に去りぬ』など、素晴らしい映画がありました。それに対してフランス映画は有料だったので、興行主にとってお金がかかる公開だったわけです。そこでフランス映画を保護するための政策ができました。そのおかげで今もフランスの創作は何とかアメリカと対抗を続けられています。日本がどうかわかりませんが、各国の各文化が擁護されるすべきだと思います。そうでないとアメリカの文化に支配されて潰れてしまいます。

シャミ:
では最後の質問です。これまでで1番影響を受けた作品、もしくは俳優や監督など人物がいらっしゃったら教えてください。

映画『パリタクシー』クリスチャン・カリオン監督インタビュー

クリスチャン・カリオン監督:
告白しますが、最初に大きな影響を受けたのはアメリカ映画です。映画学校に行ったわけではありませんが、テレビのおかげで映画が好きになりました。初めて好きになった映画は、ジョン・フォード監督の作品でした。そして、クロード・ルルーシュ監督にもかなりインスピレーションを受け、今でもインスピレーションを受け続けています。

シャミ:
本日はありがとうございました!

2023年2月27日取材 TEXT by Shamy

映画『パリタクシー』リーヌ・ルノー/ダニー・ブーン

『パリタクシー』
2023年4月7日より全国公開
監督:クリスチャン・カリオン
出演:リーヌ・ルノー/ダニー・ブーン
配給:松竹

パリでタクシー運転手をしているシャルルは、人生最大の危機を迎えていた。そんななか、あるマダムをパリの反対側まで送るという依頼が舞い込む。92 歳のマダムの名はマドレーヌ。終活に向かう彼女はシャルルに寄り道のお願いをし、車内で自身の壮絶な過去を語り始め…。

公式サイト

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  2. トーキョー女子映画部ロゴ
    プレゼント

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