前回に引き続き、トーキョー女子映画部正式部員の方からいただいたお悩み相談に関する話題を提供します。
正式部員「ウォルマー」さんのお悩み
私は事務職をしています。今日、職場の人に「ハサミがない」と言われました。ハサミはテープと一緒に籠に入っています。テープを取り出すときにちょっと見ればハサミも一緒に入っているのがわかると思うのですが、「ハサミがない」と言われ、私はイライラしちゃいました。もともとどんなことでも指摘されるのが苦手なので、指摘されないように多めに準備しておいたり、元の場所に戻したりしていますが、本当によく見もしないで「〇〇がない」という人が多くてイライラしちゃいます。皆さんはこんなことありませんか?私はイライラしたくないのです。どうしたら良いと思いますか?よろしくお願いします。
「そこにあるじゃん!」という状況は、職場や家庭の“あるある”ですね(苦笑)。他の方がわかるように先回りして、準備しているウォルマーさんには頭が下がります。ただ、その苦労も空しく、結局二度手間になるのは残念だし、そんなことでイライラしたくないですよね。
でも、他者に態度を変えてもらうのは正直難しいので、こちらの認知を変えてみるという方法をとるのはどうでしょうか。そこで、ACTをご紹介します。

ACT(Acceptance & Commitment Therapy):アクセプタンス&コミットメント・セラピー
認知行動療法の一つに、ACT(読み:アクト)があります。ACTは、「人間という存在を祝福しているのも呪っているのも言語である」(p.1)という観点に基づいています(ルオマ,ヘイズ & ウォルサー,2009,p.1)。ACTの特徴は、「損なわれている状態こそノーマル(destructive normality)」という発想です(ヘイズ,ストローサル & ウィルソン,2014,p.18)。そして、ACTは「心理的な問題を解決するという目標が、そのままその目標を達成するための手段にならない」という立場にあります(ヘイズ,スミス,2010,p.2)。
つまり、ACTでは、悩みをなくすという発想ではなく、一旦ありのままに受け入れて、思考と距離を置き、客観的に眺めてみたりしながら、認知を変えていき、本当に大事にしたい価値に基づく行動に繋げていきます。
ACTでは、以下の6つのプロセスすべてが一緒に機能している状態を、
心理的柔軟性と呼びます。
・「今、この瞬間」への柔軟な注意
・価値
・コミットされた行為
・文脈としての自己
・脱フュージョン
・アクセプタンス
一方、心理的非柔軟性の6つのプロセスは下記です。
・非柔軟な注意
・価値の混乱(プライアンス、フージョン、回避に基づく価値が優位)
・行為の欠如、衝動性、回避の持続
・概念としての自己に対する執着
・認知的フュージョン
・体験の回避
(ヘイズ,ストローサル & ウィルソン,2014)
ACTについては、今後徐々に取り上げていくとして、今回は「認知的フュージョン」に焦点を当てます。
認知的フュージョン
人間が自分の考えている内容にとらわれてしまい、その内容が行動を制御するための他の有用なリソースを抑えて支配的になってしまう傾向(ルオマ,ヘイズ & ウォルサー,2009,p.9)。

『ネクスト・ゴール・ウィンズ』のトーマス・ローゲンを例に考えてみます。なお、トーマス・ローゲンは実在の人物ですが、映画のトーマスは結果的にご本人とは異なる人物像として描かれた(映画公式資料)とのことで、ここではあくまで映画のキャラクターを例としています。
トーマス(マイケル・ファスベンダー)はサッカー界で輝かしい実力を持ちながら、悲しい出来事を経験し精神的に不安定になってから、トラブルが続いていました。そして、トーマスは左遷のような形で“世界最弱チーム”と呼ばれていた米領サモアチームの監督に就任します。でも、高みを目指そうとするトーマスと、一度でいいから1勝することが目標のサモアチームでは噛み合わず、トーマスは途方に暮れます。
トーマスとサモアの人々はこれまで生きてきた世界が全く異なり、価値観も違います。だから、何を勝利とするかも次元が異なります。でも、噛み合わないサモアの人々と徐々に接していくなかで、トーマスの心は徐々に解きほぐされていきます。最初のトーマスの状態は、まさに心理的非柔軟性を象徴しているように見えます。彼は悲しみに囚われていて、救いとなったかもしれないリソース(たとえば、支え合えるパートナーの存在や仲間など)を手放してしまっています。でも、サモアの人々と交流するなかで、徐々に考え方が変わっていき、チームにとっての価値ある勝利に向けて一緒に動き出します。

次に私達の日常に置き替えて考えてみると、良かれと思ってとった行動に期待通りの反応が返ってこない場合、残念に思うのは当然です。そこで、その現状を一旦そのまま受け入れつつ、これまでの方法をやめてみてはどうでしょうか。つまり、相手に期待するのを一旦やめて、自分も周囲の期待に応えようとするのをやめてみる。
ウォルマーさんのようなお悩みの場合、イライラしてしまう原因に「せっかく私はこうしたのに」という思いに囚われている可能性があります。相手は、いつも気を回してくれる人がいるから、それに甘えてしまっているのかもしれません。でも、こちらがそれを望まないならもう期待に応えるのをやめて、心の中で「知らんがな」と思って放置してみるのもアリだと思います(笑)。
<参考・引用文献>
ジェイソン・B・ルオマ,スティーブン・C・ヘイズ,ロビン・D・ウォルサー(2009)熊野宏昭,高橋史,武藤崇(監訳)「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をまなぶ セラピストのための機能的な臨床スキル・トレーニング・マニュアル」星和書店
スティーブン・C・ヘイズ,カーク・D・ストローサル,ケリー・G・ウィルソン(2014)武藤崇,三田村仰,大月友(監訳)「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT) 第2版 —マインドフルネスな変化のためのプロセスと実践—」星和書店
スティーブン・C・ヘイズ,スペンサー・スミス(2010)武藤崇,原井宏明,吉岡昌子,岡嶋美代(訳)「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をはじめる セルフヘルプのためのワークブック」星和書店
ポッドキャストでは、ウォルマーさんのお悩みにさらにざっくばらんにお話していますので、良かったらお聞きください。→ポッドキャスト「トーキョー女子映画部チャンネル」(約18分)

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TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)
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