学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画56:映画鑑賞におけるソマティック・マーカー(身体反応)の影響

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映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ

今回は、トーキョー女子映画部正式部員の方からいただいたお悩み相談に関する話題を提供します。

正式部員「きゅみ」さんのお悩み
『カイロの紫のバラ』の主人公のように、演劇にしろ映画にしろ、その世界に没入しすぎて、現実世界に戻るのに苦労しています。怖い映画を観ると怖さが長引いて行動に制限がかかるため観れず、悲し過ぎる、後味が悪い、グロすぎる、などの下馬評を聞くと躊躇してしまい、興味があっても観れない映画が多すぎて困っています。好奇心が勝って観ることもありますが、かなり長い期間その映画の世界観に乗っ取られて魂が抜けます。大変困ります。どうすればフィクションの世界はフィクションと割り切って日常を送れるようになるのか、アドバイスをお願い致します。

きゅみさんと同じように鑑賞後も感情を引きずる方は少なくないのではないでしょうか。そこで、こういう場合の映画鑑賞態度と関連があると推測する理論の一つをご紹介します。

ソマティック・マーカー仮説(ダマシオによる理論)

ダマシオは「感情が意思決定にも影響を与える」と仮定し、過去の経験による感情評価によって瞬時に選択を行っており、その時に身体から送られる意思決定の信号を「ソマティック・マーカー somatic marker:身体信号)と呼びました(大平、2010、p.29)。また、大平(2010)はギャンブル課題(実験)を例に出し、脳(腹内側前頭前野)に損傷を受けた患者は、損失金額が大きくなる危険なギャンブルでも躊躇がなく、一方で健常者は「長期的展望に基づいて、より有利な選択肢を選ぶことができる」と述べています(p.44)。つまり、ソマティック・マーカーが正常に機能していれば、危険を回避する選択をできるということになります。

さらに、須田治(2017)によると、ダマシオは脳の損傷によって感情を持たなくなったという事例から「脳神経回路が認知と情動とを連携させるような発達があり、それが感情を生み出すと考え」、「からだから送られてくる内的状態のフィードバックが、実は感情的なイメージであるとし、それが当事者感をもたらすととらえた」とされています。また、「ヒトの感情の生まれ方は、経験により起こった変化を脳が読み取ったもの」と捉えられています(pp.31-33)。

映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ
『バーバラと心の巨人』

ではここで一旦、具体的な作品を例に挙げて考えてみます。ソマティック・マーカーとの関連は横においておき、空想の世界に引き込まれるという状況として、『バーバラと心の巨人』を例に挙げます。一部ネタバレを含みますので未見の方は鑑賞後に下記をお読みください。

バーバラは、絶対に避けたい出来事が近い将来に起こるであろうと内心わかっていて、それを避けるための行動を選択しています。バーバラの不安は、巨人という存在を生み出し、近々襲ってくると信じていて、現実の世界で巨人に対抗できるようさまざまな対策を施しています。周囲の人達はバーバラの空想の世界を理解できませんが、バーバラにとっては巨人達がリアルに見えています。バーバラには不安で悲しい感情がとても現実的になっているため、空想の世界から抜け出せないでいます。

映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ

映画鑑賞に置きかえて考えてみると、映画で描かれた出来事と同じことを経験したわけではなくとも、何か結びつく要素のある自分の経験が、もしかしたら映画のイメージと紐づいて、ソマティック・マーカーが発せられているのかもしれません。実体験のイメージと結びついている場合は、無意識に想起されるネガティブな感覚を避けるために、同じような感覚を引き起こしそうな内容の作品に対して警戒心がわくでしょう。過去の経験が、映画鑑賞における経験だった場合は、他の作品を観た際の不安感や不快感が基となり、同じ感覚を味わいたくないという恐れが湧いてきているかもしれないですね。つまり、身体が「その映画は観ないほうが良い」という信号を送って身を守ろうとしていると解釈できそうです。

それでも観られるようになる、もしくは鑑賞後になるべく気持ちを切り替えるにはどうすれば良いでしょうか。解決法の1つ目は、“経験”に対する解釈を変えることではないでしょうか。

映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ

『バーバラと心の巨人』では、ある出来事によって、巨人の存在の意味が明かされます。巨人は本当は恐れるべき敵ではなく、バーバラがずっと避けていた現実を受け入れるために存在していて、ラストシーンでは真逆の立場にいる存在として映し出されます。つまり、解釈によって捉え方は大きく変わります。

映画鑑賞に話を戻すと、怖い映画、不快な映画を観る時、恐怖や不快を“そのまま”体感するだけか、映画でしか味わえないスリルと思って楽しむかによって、鑑賞中や鑑賞後の感覚は異なります。どういう態度で観るかは意識的にすぐにガラッと変えられるものではないとは思いつつ、あくまで非現実の世界で遊ぶ気持ちで観るように意識してみるとどうでしょうか。
そう思っていてももちろん鑑賞中に恐怖に身がすくんだり、不快感が出てきたりという状況は誰にでもあります。ただ、私の場合でいうと、自分を客観視しているもう1人の自分がいて、「ウワー!」「ギョーッ!」という感覚になって一旦はその感情を体感するものの、「これは映画!」とふと我に返るようにしているので、こんなにリアルな感覚で観られるなんてスゴい作品だと感心したり、純粋に反応してしまっている自分を客観視しておもしろがれている気がします。だから、苦手なジャンルがある方でも、これって本当はおもしろい体験だと思えると、次からは抵抗感が少なくなる可能性があります。

解決法の2つ目は、映画の世界に没入したい場合には不向きかもしれませんが、例えば誰かが首を切り落とされるというシーンがあった場合「上手にリアルに作ってるな」と感心したり、「どうやって撮ったんだろう」と考えながら観ると、自然に客観的になります。

とはいえ、映画とわかっていてもやっぱり不快だったり、キャラクターの感情をリアルに体感して圧倒されて、数日間頭から離れないこともたまにあります。でも、現実で味わいたくない出来事を疑似体験できる点が映画の醍醐味だと思うと、わりと何でも観られるんですよね。
ただ、割り切れない方、耐えられない方は無理をして観る必要はないと思います。こういうとお悩み解決になりませんが(苦笑)、ソマティック・マーカーの話に戻すと、感情と身体の関係から考えて、体調が優れない時や精神的に弱っている時には負担になりそうな作品は避けるほうが良さそうです。心構えが必要な作品を観る場合は、心身ともに元気な時に誰かと一緒に観て、気分転換ができるようにしておいて、徐々に慣れさせていくと良いのではないでしょうか。

<参考・引用文献>
大平英樹(編)(2010)「感情心理学・入門」有斐閣
須田治(2017)第2章 情動の機能と関係性の発達.近藤清美・尾崎康子(編著)「講座・臨床発達心理学④社会・情動発達とその支援」ミネルヴァ書房,pp.20-39

ポッドキャストでは、上記の観点とは別で私の体験談を踏まえて、きゅみさんのお悩みに対してざっくばらんにお話していますので、良かったらお聞きください。→ポッドキャスト「トーキョー女子映画部チャンネル」(約18分)

映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ

『バーバラと心の巨人』
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定 
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© I KILL GIANTS FILMS LIMITED 2017

今回取り上げた内容とは直接関連しませんが、私が行っている映画鑑賞態度の研究について、ご興味がある方は下記の査読付き論文もお読みください。
武内三穂・向後千春(2025)映画鑑賞における態度と人生満足度の関連性.教育メディア研究,31(2):1-14
武内三穂・向後千春(2025)商業映画の機能と価値—ユーザーが挙げた一番好きな作品と理由の分析—.人間科学研究,38(1):33-46
researchmap

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士

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