REVIEW
物語の始まりは2019年。映画スタッフ達は、10年間、電源が入れられずにいたパソコンを起動し、撮影が中断されたままだった未完成の映画のシーンがちゃんと残っているかを確認します。そして、10年の時を経て同作の撮影を再開。でも、そんな矢先、感染症が一気に拡大し、国中が未曾有の事態に陥ります。
本作は、新型コロナウイルス感染症が発覚し、一気に世界中に広まった当時を舞台に描かれています。そして、「ドキュメンタリーと劇映画の要素を融合させたフェイクドキュメンタリーという形式に加え、コロナ禍で実際に撮影されたスマホ映像を織り交ぜることで、虚実が多層的に交錯する映画」(映画公式資料)となっていることで、より臨場感があります。チン・ハオ、チー・シー、ホアン・シュエン、リャン・ミン、チャン・ソンウェン等俳優陣は役を演じているものの、マオ・シャオルイ等のスタッフは本人役として出演しています。また、未完成の映画として、スタッフが編集中のモニターに映されるシーンは、ロウ・イエ監督の過去作『スプリング・フィーバー』(2009)『二重生活』(2012)『シャドウプレイ』(2018)などの映像が使われています(映画公式資料)。

本作を観ると、改めてコロナ禍の異常性を実感すると同時に、人と人との心理的距離について考えさせられます。一人ひとりは助け合おうとしていても、政府の規制によって人々は物理的に引き離されていきます。そんななかでも、心を寄り添わせるクルー達の姿を観ると、コミュニティの大切さを実感します。また、未完成の映画の撮影をしようと10年ぶりに皆がようやく集まったにもかかわらず、再び撮影が中断するという事態、そしてその状況でも映画を完成させようとしている人達の姿を観ると、映画が作られることの尊さに改めて気づきます。

劇中の「未完成の映画」はクィア映画という点で中国の検閲により国内で公開されないため、本作の冒頭では、ある人物が「他の人が見ることができないなら、意味があるのか?」と問いかけています。また、本作もシンガポールとドイツの共同制作で、中国で公開される可能性は全くないとのことです。ただ、それに対して、ロウ・イエ監督は「この映画を完成させること自体が一つの成果だと考えられます。残るのは何か、私には分かりません。しかし、私たちはこれから見ることになるでしょう。私は楽観的なんです」と答えています。 またこの映画の目的について、証拠、つまり「架空のアーカイブ」を残すことなのかと問われたロウ・イエ監督は、「部分的にはそうです。しかし映画はそれほど信頼できるものではありません。この映画を完成させることで、私はむしろ安心感を得ました。映画がこのような転覆を確実に含むことができると示したからです。映画的言語の実験の観点から、私の結論は「映画は死なない!」ということです。この映画はその証拠です」答えています。(映画公式資料)
これまでにない作品となっている本作は、映画の表現、そして映画の存在意義、映画という文化のある種の“生命力”を試しています。次に試されるのは、観客である私達かもしれません。
デート向き映画判定

ジャン・チョン(チン・ハオ)と妻サン・チー(チー・シー)のやり取りも印象深く映されています。パンデミックで離ればなれになった夫婦が支え合う姿を観ると、カップルとしてはいろいろな思いが浮かんでくるでしょう。コロナ禍では、多くのカップルにさまざまな変化が起きたと思います。異常事態にこそ、2人の相性、努力が試されていたのかなと思い返されます。
キッズ&ティーン向き映画判定

皆さんの中には、友達とたくさん会って交流をしたい時期とコロナ禍が重なった方々も多くいるでしょう。振り返ると辛いことが思い出されるかもしれません。でも、本作を観ると、自分達にとって大切な日常、仲間や家族の存在の大きさにも気づかされます。もし、惰性で日々が過ぎていく感覚になっていたら、本作を観ると、一日いちにちを大切に生きようとスイッチを入れ直すきっかけにできそうです。

『未完成の映画』
2025年5月2日より全国順次公開
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公式サイト
© Essential Films & YingFilms Pte. Ltd.
TEXT by Myson