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『エセルとアーネスト ふたりの物語』カミーラ・ディーキンさん(プロデューサー)インタビュー

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映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』カミーラ・ディーキンさん(プロデューサー)インタビュー

本作は、「スノーマン」「風が吹くとき」で世界中に知られるレイモンド・ブリッグズ自身が両親のストーリーを描いた絵本を映画化。ポール・マッカートニーがエンディング曲を書き下ろしていることでも話題になっています。今回、プロデューサーを務めた、カミーラ・ディーキンさんにお話をお伺いしました。

<PROFILE>
カミーラ・ディーキン
映画やテレビ業界で25年以上のキャリアを持ち、輝かしい受賞歴を誇るクリエイティブ・プロデューサー。数多くのドキュメンタリーやアート番組の制作や監督した後、1999年に公共放送局チャンネル4の芸術音楽部門に入社し、アート番組とアニメーション番組の編集者となる。2002年には友人であり、同僚のルース・フィールデングと“ルーパス・フィルム”を設立し、イギリスでクオリティの高い映画と子ども向けテレビ番組の制作を目指す。“ルーパス・フィルム”は、素晴らしいアニメーションと児童文学の古典をスタイリッシュに脚色することで国際的に知られている。主に手掛けた作品に『スノーマンとスノードッグ』『きょうはみんなでクマがりだ』などがある。現在は、無人島に住み着いていた旧日本兵とその島に流れ着いた英国人少年との交流を描いたマイケル・モーパーゴ原作の『ケイスケの王国』の長編映画化を準備中。

原作者レイモンド・ブリッグズさんが何度観ても号泣してしまう名作の誕生

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』

マイソン:
原作者のレイモンド・ブリッグズさんが何年も映画化を拒んでいらしたと資料に書いてありました。それでも説得できたポイントは何でしたか?

カミーラ・ディーキンさん:
当初彼は、映画化によって自分にとって大事でパーソナルな物語、つまり両親の物語が間違って伝えられるのが心配だったようなんです。ただ、監督のロジャー・メインウッドさんとは『スノーマン』(1982年)、その後は『風が吹くとき』(1986年)、『さむがりやのサンタ』(1991年)など、たくさんの作品で既に仕事をしていたんです。それからプロデューサーの私達とも個人的に知り合うことになりまして、長年チームとして築き上げてきた信頼感があったので、同意してくれたのだと思います。それに加えて、今回の映画で彼にはエグゼクティブ・プロデューサーとして参加してもらっているので、脚本や絵コンテ段階、そしてアニメーションに至る制作プロセスに渡って、彼の意見を聞くことになるだろうという安心感があったんだと思います。彼が原作の映画化作品で、エグゼクティブ・プロデューサーとして参加するのは初めてなんです。

マイソン:
すごい!!そのOKを頂いてもハードルが高い作品だったと思うのですが、それでもトライした理由は何だったんでしょうか?

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』

カミーラ・ディーキンさん:
もちろん彼の本が大好きだったということが1番なんですけど、これはいろいろ泣いたり笑ったりしながら読める本ですよね。それから絵本としてもキャラクターに対する情が湧いてくるような物語であること、レイモンドさんの絵自体がアニメ−ションにするのに非常に効果的だということは前例もあって示されているわけで、この本はストーリー自体、広くたくさんの人に読んで欲しい、知って欲しい物語で、大人にも伝えたいストーリーだったということがポイントかも知れません。監督とプロデューサーと集まって話し合った時に「これこそやらなければいけない」「何があってもやろうよ」ということで、とにかくこの原作に対して、恋に落ちてしまったということです。

マイソン:
アニメーションのシーンが始まってすぐに、すごく絵力が強くて引き込まれました。最新技術を使ったり、色も細かくこだわったり、背景や小物、衣装など、すごく当時のものを調べられて作られたそうなんですが、とはいえ制作日数と予算が限られているなかで、どうやって折り合いを付けて、いろいろな難しい判断をしていったのでしょうか?

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』

カミーラ・ディーキンさん:
才能あるスタッフに恵まれました。美術監督のロビン・ショウさんは歴史考証にだいぶ時間をかけて、アニメーションに取りかかる6ヶ月前から建築や内装、衣装、それから髪型、車のディテールに関して間違いないように確認しながら進めてきました。また、この映画がロンドンを舞台にしているということも得策で、私達はロンドンの暮らしの中にいて、自分達の会社もロンドンです。だから身の回りにあるものを見ながら、それを吸収して作品に取り込むことができました。あとは、古いアーカイブの映画や写真もだいぶ参考にしました。もう1つのメリットは、レイモンドさんにいろいろ話を聞くことができたことなんです。例えば家具や調度品、あと脱水機があったのはおわかりになりましたか?木を回して洗濯物の水を抜くんですけど、当時の写真があったのでその通りに描いてレイモンドさんに見せたら、家にあったのは違うタイプだって言われました。とても小さなキッチンだったので、折りたたみ式の脱水機を使っていて、折りたたむとテーブルになるっていう、そういう簡易式のものを使っていたことがわかりました。あと個人的にすごく感激したのは、アイロン掛けをしているところです。普通は電源を壁から取りますが、この時代の家では照明のところに繋げてあったということが、レイモンドさんの記憶の話からいろいろ出てきて、それを映画化することができました。予算や日数については、この映画が2007年に企画開発に入ったことがメリットだったかも知れません。2014年に実際のアニメーションに取りかかるまで、実に7年半も考え続けることができたんです。特に監督が絵コンテや時代考証のリサーチ、レイモンドさんへの聞き取りなど、この企画について幅広くビジョンを固めることができましたし、それから写真アルバムなどをレイモンドさんと一緒に見ることができる時間もあったんです。また、原作本があったということも参考になりました。実際に制作がスタートした時にはものすごく忙しくて、確かに時間的なチャレンジっていうのはあったんですけど、この映画のスタッフが1つはレイモンドさんの仕事に非常に敬意を持っていたということ、それから監督とも非常に良い友人関係を持っていたおかげで、彼らが脇目も振らず努力をして実現することができたっていうのが、成功の大きな理由じゃないでしょうか。

マイソン:
床のタイルは、カミーラさんのお宅にあったものだそうですね。

カミーラ・ディーキンさん:
美術部の助手の人が私の家の写真を元にして描いてくれたんですけど、映画が完成した後にその絵を額縁に入れて自分の家の廊下に飾っています。

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』

マイソン:
当時のタイルがあることはどうやって気付いたんですか?

カミーラ・ディーキンさん:
レイモンドさんが記憶を元に見取り図を作ってくれて、1階と2階の見取り図だったんですけど、それを監督が見ているのを私が横から見ていたら、「あれ?これはとてもうちの家と似ているわ」と気付いて、よく考えてみたら同じ時代に建てられた家ですし、20世紀初頭は汽車のシステムが郊外に延びていって、たくさんの同じような家が建てられていた時代だったんです。家の外の作りも似ていますし、レイモンドさんが実際に住んでいた家は、現在老夫婦が住んでいて中には入れなかったんですけど、私の家だったら家の中の写真を撮れるということで、その写真をレイモンドさんに見せたら、記憶にわりと近いということだったんです。実際のところは、当時はリノリウムを敷き詰めて隠してしまっていたので、タイルがどうだったのかはあまり覚えていないとレイモンドさんが言っていたんですが、アルバムを見てみたら、エンドクレジットに使っている家族の写真の中に、彼が3〜4才の頃にテディベアを抱いて玄関にいる写真があって、どうもタイルが家と同じだっていうこと、同時代に建てられた家であることの裏が取れたので、これでいこうという風になりました。あとタイルの他には、階段の手すり、木の柱のようなものが階段の下にあり、それもレイモンドさんの記憶とこういった証拠を照らし合わせました。

マイソン:
そうだったんですね。本を映像にするという部分で、何か特別に必要だった知識とか知恵は何かありましたか?

カミーラ・ディーキンさん:
監督はたくさんのレイモンドさんの原作を脚色して映画化していたので、そういう経験は十分にあったわけですけど、本作に関して特に気を付けたのは、キャラクターデザインの一貫性です。本だとページからページへ少し表情が変わったりしても姿形が変わったとしても読み通すことができるんですが、映画の場合は顔の形や表情などを一貫して最初から最後まで貫かなければならないので、アニメーションディレクターだったピーター・ドッドさんが360度すべてのアングルから、2人の顔がどう見えるのかを描き分けていたんです。あと、さまざまな表情も描き分けて、それをストックしていったんです。特にレイモンドさんの絵の中では、目が点のようにして描かれることが多かったんですね。ですが、映画の場合はそれだと表情がなかなか描き分けられないので、目の周りのディテールを増やして、例えばまぶたを書き込むとか目玉自体を少し大きくすることでそのキャラクターが少し演技力を持てるように書き換えました。

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』

マイソン:
なるほど。この映画を観たレイモンドさんはどんな感想でしたか?

カミーラ・ディーキンさん:
彼は大好きで大変喜んでくれています。本当に賞賛してくれていて、アニメーター達の芸術性、技術に、「自分にはできない、皆本当に賢いね」と褒めてくれました。彼はこの映画を観るたびに両親を思い出してついつい泣いてしまうので、私から「そんな拷問のような心の動揺をごめんなさい」と言ったら、「いや、この映画は本当に大好きで、ついつい何度も観てしまうんだけど、1回観るとダメージが大きいので、回復できないくらいこの映画は素晴らしいんだ」と言ってくれました。

マイソン:
それは嬉しいですね。では最後の質問です。カミーラさんは25年間映画やテレビの業界にいらっしゃるとのことで、最終的にアニメーション、子ども向けの作品を作るプロダクションにしたのは、なぜですか?

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』カミーラ・ディーキンさん(プロデューサー)インタビュー

カミーラ・ディーキンさん:
当初、私はドキュメンタリーの分野が大好きで、そこにいたんですけど、幸いなことにイギリスの公共放送のチャンネル4の仕事を得ることができ、それから芸術と音楽分野の番組を編成する仕事に就いたんですね。そしてちょうどその頃に同じ会社のアニメーションの編成を担当していた人が引退するということで、私にやらないかっていう話がきてやり始めたら、アニメーションを作る製作者やディレクターの人達があまりにも才能が溢れている人達だったのでビックリしたんです。人柄もとても良くて、人間としてアニメーターの人達に惹かれました。また、チャンネル4の同僚であったルース・フィールディングさんと知り合って、一緒に深い友情を培っていき、ぜひ映画を作る現場に戻りたいねって話をしていたんです。編成はちょっと役所仕事みたいなところがあるので、そうではなく会社を起こして自分達で映画を作ろうよということになりました。そしてその会社は専門性を持たせて、子どもとかファミリーとかアニメーションに特化していったほうが良いんじゃないかと。大きい会社ではなく小さい会社だけど、自分達が大事に思うものを作っていくような会社にしようと決めたんです。連日アニメーターの人達の仕事を見ていると、あまりに才能に溢れていて、また、謙虚な人達なので、この人達に仕事を作ってあげられて本当に良かったなと思っています。

マイソン:
本日はありがとうございました。

2019年3月11日取材 PHOTO & TEXT by Myson

映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』

『エセルとアーネスト ふたりの物語』
2019年9月28日より全国順次公開
監督:ロジャー・メインウッド
声の出演:ブレンダ・ブレッシン/ジム・ブロードベント/ルーク・トレッダウェイ
配給:チャイルド・フィルム、ムヴィオラ

1928年のロンドンで、貴婦人のメイドとして働くエセルは、ある日牛乳配達のアーネストと出会い、2年後に結婚。ロンドン郊外に小さな家を買い、新婚生活を始める。そして3年後には息子レイモンドが誕生し、一家は幸せに暮らしていたが、やがて戦争が彼等の生活を脅かす。さらにレイモンドは疎開してしまい、夫婦は寂しい日々を過ごすことになるが…。

公式サイト 映画批評&デート向き映画判定

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

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