REVIEW

聖なるイチジクの種【レビュー】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『聖なるイチジクの種』ソヘイラ・ゴレスターニ/マフサ・ロスタミ/セターレ・マレキ

REVIEW

イランでは2022年に、ある若い女性がヒジャブ(髪の毛を覆う布)を付けておらず法律違反だとして逮捕された後に不審死したのを機に、政府を抗議するジーナ(女性、命、自由)運動が起こりました。本作はこうしたイランの社会情勢を背景に、イラン人のモハマド・ラスロフ監督によって自主制作され、第77回カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞しました。
映画公式資料によると、ラスロフ監督は、2002 年に『Gagooman』で長編監督デビューした後、『ぶれない男』(2017)でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門最優秀作品賞、『悪は存在せず』(2020)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞という快挙を成す一方で、祖国のイランでは「国家安全保障に反する罪によって懲役8年、鞭打ち、財産没収の実刑判決を受け、2024年に国外へ脱出」したとあります。そして、『聖なるイチジクの種』はラスロフ監督が2022年夏に再逮捕され収監されていた時の体験から生まれたとされています。

映画『聖なるイチジクの種』ミシャク・ザラ/マフサ・ロスタミ/セターレ・マレキ

イランでは弾圧と検閲の範囲が広がり、映画制作に携わる人は皆「芸術的創作に協力したというだけで、国を出ることを禁じられ、投獄すると脅されて」おり、本作は命懸けで作られました。ラスロフ監督は、本作に参加してくれるスタッフやキャストを集めるのに苦労したといいます。母ナジメ役のソヘイラ・ゴレスターニはジーナ運動を支持するスタンスで、父イマン役のミシャク・ザラとは『ぶれない男』で一緒に仕事をしていたし、彼もイランの社会情勢や厳しい検閲に抗議するスタンスをとっていたのでスムーズに決まったものの、娘2人のキャスティングは難航したそうです。役柄と同年代の若者が映画への起用で危険にさらされるのを避け、事情を承知の上で役柄を演じきれる役者を探した結果、姉のレズワン役はマフサ・ロスタミ、妹サナ役にはセターレ・マレキが起用されました。2人はそれぞれの役を見事に演じています。

映画『聖なるイチジクの種』ミシャク・ザラ/ソヘイラ・ゴレスターニ/マフサ・ロスタミ/セターレ・マレキ

本作の冒頭には、聖なるイチジクの木がどのように育つのかが語られ、物語にはそのメタファーが込められています。最後には、聖なるイチジクが何を指しているのかわかるでしょう。本作で描かれるストーリーは、イランで起こっている社会問題から端を発し、家族内の問題が深まっていく点で秀逸です。一歩外に出れば命の危険にさらされる状況で家族だけは頼れる存在と期待したいところ、護身用の銃が紛失することで不和が起こり始めます。その不和によって、社会の問題がいかに家族にも不穏をもたらすかを物語っており、それは想像以上に根深いものになっていることが伝わってきます。そして、このストーリーからは、1960年代以降アメリカで起きた社会運動でマイノリティの声を代弁する言葉として知られる「個人的なことは政治的なこと」を想起させます。問題そのものは異なるとはいえ、こうした状況は日本をはじめどの国にもあり得ます。スタッフ、キャストの皆さんが命懸けで作られた本作を自分事として、ぜひ多くの方に観ていただきたいと思います。

ここからはあくまで私個人の解釈です。ネタバレしないように書いていますが、鑑賞後に読むことをオススメします。

映画『聖なるイチジクの種』

ラスロフ監督が長年暮らしていたイランの南の島には聖なるイチジクの古木があり、そのライフサイクルに心を奪われたといいます。聖なるイチジクの木は「種は鳥に運ばれ、他の木の枝に落ちます。そして芽を出し、大地に向かって根を伸ばします。根が地面に届くと、聖なるイチジクの木は自身の足で立ち、育ててもらった木を締め殺す」そうです。この説明が映画の冒頭に出てきます。このメタファーが何を示しているか、さらに考察していくと本編の結末で示される対象の他に、別のメタファーも浮かんできます。それは権力に屈せずに戦う人々です。一人ひとりの戦いは家族という最小の組織の中での戦いでありつつ、国という大きな組織の中での戦いに匹敵するものに成長し得ると捉えると、国民は自立する力を持っているという希望を込めたメッセージに受け取れそうです。

デート向き映画判定

映画『聖なるイチジクの種』ミシャク・ザラ/ソヘイラ・ゴレスターニ

これまでの宗教観に従いつつも、娘達の思いを理解しようとする母ナジメと、出世が目前になったことで自分の道徳観を押し殺し権力に従うしかない状況で抗う父イマンの夫婦のやり取りも印象的に描かれています。同じ家族を守ろうとするのでも、根本的に異なる点が出てくるとこうなるという一つの結果を観られる点で、夫婦やカップルで観ると、改めてお互いの考えを共有するきっかけになりそうです。

キッズ&ティーン向き映画判定

映画『聖なるイチジクの種』マフサ・ロスタミ/セターレ・マレキ

イランの社会情勢や宗教的背景を理解した上で観たほうが良い点、167分という長尺である点から、中学生以上が対象かなと思います。両親の世代と、高校生と大学生の娘世代の宗教観の違い、性役割を含む価値観の違いが、物語の要となっています。状況は違えど、日本でも世代間による価値観の違いはあり、家族間で対話を通した理解が必要な面は同じです。なので、親子で本作を観て話し合うのは大変有意義だと思います。

映画『聖なるイチジクの種』ミシャク・ザラ/ソヘイラ・ゴレスターニ/マフサ・ロスタミ/セターレ・マレキ

『聖なるイチジクの種』
2025年2月14日より全国順次公開
ギャガ
公式サイト

ムビチケ購入はこちら
映画館での鑑賞にU-NEXTポイントが使えます!無料トライアル期間に使えるポイントも

©Films Boutique

TEXT by Myson

本ページには一部アフィリエイト広告のリンクが含まれます。
情報は2025年2月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

【東京コミコン2025】オープニング:イライジャ・ウッド、カール・アーバン、リー・トンプソン、トム・ウィルソン、クローディア・ウエルズ、ダニエル・ローガン、ジョン・バーンサル、クリスティーナ・リッチ、イヴァナ・リンチ、ノーマン・リーダス、ショーン・パトリック・フラナリー、ジャック・クエイド、マッツ・ミケルセン、浅野忠信、ピルウ・アスベック、セバスチャン・スタン、ジム・リー、C.B.セブルスキー、フランク・ミラー、クリストファー・ロイド、中丸雄一(MC)、伊織もえ(PR大使)、山本耕史(アンバサダー) 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』一行や人気アメコミ出演者達が勢揃い!【東京コミコン2025】オープニングセレモニー

年末恒例行事となった東京コミコンのオープニングセレモニーを取材してきました。今年は過去最高といえるのではないかという数のスター達が来日してくれました。

映画『ズートピア2』 ズートピア2【レビュー】

さまざまな動物達が人間と同じように暮らすズートピアを舞台にした本シリーズは…

映画『エディントンへようこそ』ホアキン・フェニックス/ペドロ・パスカル エディントンへようこそ【レビュー】

アリ・アスター監督とホアキン・フェニックスの2度目のタッグが実現した本作は、メディアの情報に翻弄される人々の様子を…

映画『愚か者の身分』林裕太 林裕太【ギャラリー/出演作一覧】

2000年11月2日生まれ。東京都出身。

映画『ペンギン・レッスン』スティーヴ・クーガン ペンギン・レッスン【レビュー】

『ペンギン・レッスン』というタイトルが醸し出す世界観、スティーヴ・クーガンやジョナサン・プライスといった名優がメインキャストに名を連ねていることからして…

映画『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』水上恒司/木戸大聖/八木莉可子/綱啓永/JUNON(BE:FIRST)/中沢元紀/曽田陵介/萩原護/髙橋里恩/山下幸輝/濱尾ノリタカ/上杉柊平 WIND BREAKER/ウィンドブレイカー【レビュー】

にいさとる作の同名漫画を原作とする本作は、不良グループが街を守るというユニークな設定…

映画『ナイトフラワー』北川景子 北川景子【ギャラリー/出演作一覧】

1986年8月22日生まれ。兵庫県出身。

映画『君の顔では泣けない』芳根京子/髙橋海人 映画レビュー&ドラマレビュー総合アクセスランキング【2025年11月】

映画レビュー&ドラマレビュー【2025年11月】のアクセスランキングを発表!

映画『佐藤さんと佐藤さん』岸井ゆきの/宮沢氷魚 映画に隠された恋愛哲学とヒント集80:おしどり夫婦こそ油断禁物!夫婦関係の壊れ方

どんなに仲が良く、相性の良さそうな2人でも、夫婦関係が壊れていく理由がわかる3作品を取り上げます。

映画『マルドロール/腐敗』アントニー・バジョン マルドロール/腐敗【レビュー】

国民を守るためにあるはずの組織が腐敗し機能不全となった様を描いた本作は、ベルギーで起き、1996年に発覚したマルク・デュトルー事件を基に…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画学ゼミ2025年12月募集用 人間特有の感情や認知の探求【映画学ゼミ第3回】参加者募集!

今回は、N「湧き起こる感情はあなたの性格とどう関連しているのか」、S「わかりやすい映画、わかりにくい映画に対する快・不快」をテーマに実施します。

映画『悪党に粛清を』来日舞台挨拶、マッツ・ミケルセン 映画好きが選んだマッツ・ミケルセン人気作品ランキング

“北欧の至宝”として日本でも人気を誇るマッツ・ミケルセン。今回は、マッツ・ミケルセン出演作品(ドラマを除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。上位にはどんな作品がランクインしたのでしょうか?

映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』ウェス・アンダーソン監督 映画好きが選んだウェス・アンダーソン監督人気作品ランキング

今回は、ウェス・アンダーソン監督作品を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。人気作品が多くあるなか、上位にランクインしたのは?

学び・メンタルヘルス

  1. 映画学ゼミ2025年12月募集用
  2. 映画『エクスペリメント』エイドリアン・ブロディ
  3. 映画学ゼミ2025年11月募集用

REVIEW

  1. 映画『ズートピア2』
  2. 映画『エディントンへようこそ』ホアキン・フェニックス/ペドロ・パスカル
  3. 映画『ペンギン・レッスン』スティーヴ・クーガン
  4. 映画『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』水上恒司/木戸大聖/八木莉可子/綱啓永/JUNON(BE:FIRST)/中沢元紀/曽田陵介/萩原護/髙橋里恩/山下幸輝/濱尾ノリタカ/上杉柊平
  5. 映画『君の顔では泣けない』芳根京子/髙橋海人

PRESENT

  1. 映画『楓』福士蒼汰/福原遥
  2. 映画『楓』旅からはじまるトラベルポーチ
  3. 映画『Fox Hunt フォックス・ハント』トニー・レオン
PAGE TOP