学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画39:感情は制御できるのか?

  • follow us in feedly
  • RSS
Netflix映画『スパイダーヘッド』クリス・ヘムズワース/マイルズ・テラー

ネタバレ注意!『スパイダーヘッド』

薬を使って人の感情を人工的に操作することはできるのでしょうか?映画『スパイダーヘッド』では、薬で感情を操作できるのかという実験の様子が描かれています。そこで、今回は感情が生まれるメカニズムについて、実際の心理学の理論を映画の設定と照らし合わせてみます。

まずは感情に関する研究史の中で代表的な学説をご紹介します。

■ジェームズ=ランゲ説(感情末梢説):「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」という考え方。
■キャノン=バード説(感情の中枢説):「身体反応と並行して感情は生じる」とする考え方。
■シャクター=シンガー説(感情の2要因理論/認知覚醒理論):「感情は、生理的覚醒とその覚醒状態に適合した認知によって生起する」という考え方(例:ドアを開けて誰かが立っていれば〈驚き〉、立っていたのが泥棒なら〈恐怖〉に転じるし、友人なら〈安堵と〉に転じる)。
■アーノルドの感情の認知評価理論:「対象の評価(よいーわるい)が先行し、その評価に基づき接近か回避かの行動傾向が導かれ、結果として感情が喚起される」というもの。
■感情の認知説(ラザルスなど):「感情の喚起に先行し、あるいは感情の喚起に決定的な役割を果たすプロセスとしての認知・評価を重視する」考え方。
■ザイアンスの単純接触効果:「認知と感情は独立した体系であり、認知が関与しなくとも感情は生み出される」というもの。

(心理学検定局, 2009, pp.140-141)

以上のように感情に関する研究は、「生理反応、感情体験、認知評価」という三者の関係性について議論されてきました。現在では、三者それぞれが相互に影響を及ぼし合っているという見方でほぼ一致している(心理学検定局, 2009)といわれています。

Netflix映画『スパイダーヘッド』ジャーニー・スモレット

映画『スパイダーヘッド』で行われている実験は、あるシチュエーションに被験者を置き、薬を投与することによって生理反応を起こし、その場にある物や人を見てどんな行動を起こすかを観察しています。そういう意味では、「生理反応、感情体験、認知評価」すべての観点で実験を行っているといえます。

『スパイダーヘッド』に登場する研究者スティーヴ(クリス・ヘムズワース)はこの研究によって薬を開発しようとしていますが、薬で人間の感情はどの程度操作できるのでしょうか?

感情にまつわる生理反応には、神経化学物質が関与しています。例えば、セロトニンの低下は、強い怒り、それに伴う暴力、ドーパミンは快感情に関連性があるといわれています。このように神経化学物質は、感情体験と強い関連がありますが、「特定の感情の喚起にのみ効果をもたらすものではない」とされています。(心理学検定局, 2009, pp.140-141)

Netflix映画『スパイダーヘッド』マイルズ・テラー/ジャーニー・スモレット

『スパイダーヘッド』の中で、被験者が投与される薬は何が配合されているのかわかりません。ただ、どんな薬であれ、神経化学物質の生成や放出を多少コントロールできたとしても、現実的には完全に人間の感情を制御する薬を作るのは難しいといえるでしょう。

だから、映画『スパイダーヘッド』で行われている実験は不可能に挑戦しているという意味ではリアルといえるでしょう。でも、チャンネルを変えるように投与する薬によって人間の感情をコロコロ変えるようなことはできません。そんな薬はできっこないからこそドラマチックなストーリーになっているといえます。

<参考・引用文献>
日本心理学諸学会連合 心理学検定局(2009)「心理学検定 基本キーワード[改訂版]」実務教育出版

Netflix映画『スパイダーヘッド』クリス・ヘムズワース/マイルズ・テラー

『スパイダーヘッド』
2022年6月17日よりNetflixにて独占配信中

「感情を制御する薬なんて作ってどうするんだ?」と思いますが、その点が研究者スティーヴのパーソナリティとも関わってきておもしろいです。

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『THE MONKEY/ザ・モンキー』クリスチャン・コンヴェリー THE MONKEY/ザ・モンキー【レビュー】

怖いはずなのにどこか可笑しい絶妙なバランスの本作は、スティーヴン・キングの短編を原作としています…

映画『戦争と女の顔』ヴィクトリア・ミロシニチェンコ ヴィクトリア・ミロシニチェンコ【ギャラリー/出演作一覧】

1994年5月17日生まれ。ロシア出身。

映画『ファンファーレ!ふたつの音』エマニュエル・クールコル監督インタビュー 『ファンファーレ!ふたつの音』エマニュエル・クールコル監督インタビュー

フランスで3週連続NO.1(仏映画興収/実写映画において)を獲得し、260万人動員の大ヒットを記録した話題作『ファンファーレ!ふたつの音』。今回は本作のエマニュエル・クールコル監督にインタビューさせていただきました。

映画『ひゃくえむ。』 ひゃくえむ。【レビュー】

魚豊著の『チ。 ―地球の運動について―』がすごく好きなので、絶対に本作も…

映画『お嬢と番犬くん』櫻井海音 櫻井海音【ギャラリー/出演作一覧】

2001年4月13日生まれ。東京都出身。

映画『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』ビル・スカルスガルド ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝【レビュー】

実に楽しい!良い意味で「なんじゃこりゃ?」というハチャメチャなノリなのに…

ポッドキャスト:トーキョー女子映画部チャンネルアイキャッチ202509 ポッドキャスト【トーキョー女子映画部チャンネル】お悩み相談「どうしたらいい出会いがありますか?」他

今回は、正式部員の皆さんからいただいたお悩み相談の中から、下記のお2人のお悩みをピックアップして、マイソンなりにお答えしています。最後にチラッと映画の紹介もしています。

映画『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ベニチオ・デル・トロ/ミア・スレアプレトン/マイケル・セラ ザ・ザ・コルダのフェニキア計画【レビュー】

REVIEWこれぞウェス・アンダーソン監督作という、何から何までかわいい世界観でありながら…

映画『宝島』部活:座談会/大友啓史監督 この映画で問いかけたい「宝」とは…大友啓史監督と語ろう『宝島』部活リポート後編

前回に引き続き今回は映画『宝島』の部活リポートをお届けします。後編では、事前に正式部員の方々にお答えいただいたアンケート結果について議論しました。今回も熱いトークが繰り広げられています!

映画『こんな事があった』前田旺志郎/窪塚愛流 こんな事があった【レビュー】

2021年夏の福島を舞台に、主人公の17歳の青年のほか、震災後も苦悩しながら生きる人々の姿を…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『宝島』部活:座談会/大友啓史監督 この映画で問いかけたい「宝」とは…大友啓史監督と語ろう『宝島』部活リポート後編

前回に引き続き今回は映画『宝島』の部活リポートをお届けします。後編では、事前に正式部員の方々にお答えいただいたアンケート結果について議論しました。今回も熱いトークが繰り広げられています!

映画『宝島』部活:座談会/大友啓史監督 ファストムービー時代の真逆を行こうと覚悟を決めた!大友啓史監督と語ろう『宝島』部活リポート前編

『るろうに剣心』シリーズ、『レジェンド&バタフライ』などを手掛けた大友啓史監督が<沖縄がアメリカだった時代>を描いた映画『宝島』。今回、当部の部活史上初めて監督ご本人にご参加いただき、映画好きの皆さんと一緒に本作について語っていただきました。

映画『宝島』妻夫木聡/広瀬すず/窪田正孝 沖縄がアメリカ統治下だったことについてどう思う?『宝島』アンケート特集

【大友啓史監督 × 妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太】のタッグにより、混沌とした時代を自由を求めて全力で駆け抜けた若者達の姿を描く『宝島』が9月19日より劇場公開されます。この度トーキョー女子映画部では、『宝島』を応援すべく、正式部員の皆さんに同作にちなんだアンケートを実施しました。

学び・メンタルヘルス

  1. 映画『ふつうの子ども』嶋田鉄太/瑠璃
  2. 映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』マイケル・ファスベンダー
  3. 映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ

REVIEW

  1. 映画『THE MONKEY/ザ・モンキー』クリスチャン・コンヴェリー
  2. 映画『ひゃくえむ。』
  3. 映画『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』ビル・スカルスガルド
  4. 映画『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ベニチオ・デル・トロ/ミア・スレアプレトン/マイケル・セラ
  5. 映画『こんな事があった』前田旺志郎/窪塚愛流

PRESENT

  1. 映画『ホーリー・カウ』クレマン・ファヴォー
  2. 映画『ぼくらの居場所』リアム・ディアス/エッセンス・フォックス/アンナ・クレア・ベイテル
  3. 映画『ミーツ・ザ・ワールド』杉咲花/南琴奈/板垣李光人
PAGE TOP