心理学

心理学から観る映画20:克服するため敢えて不安や恐怖を感じる状況にさらす曝露療法(エクスポージャー)

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『ハニーボーイ』ノア・ジュプ/シャイア・ラブーフ

今回は、俳優のシャイア・ラブーフが“トランスフォーマー”シリーズで人気を得た後、飲酒などのトラブルを起こし、リハビリ施設で治療の一環として書き上げたという自伝的脚本を映画化した『ハニーボーイ』を取り上げます。

曝露療法では、なぜわざわざ不安を感じる場面に曝(さら)すのか

『ハニーボーイ』の主人公オーティスは飲酒運転で事故を起こし、更生施設に入れられます。酒に溺れる背景には、PTSDの兆候があると診断されたオーティスは、曝露療法(エクスポージャー)を受けることになり、カウンセラーは彼に今までの思い出をノートに書くように言われます。点数と内容がリスト化されているのを劇中で観ることができますが、これは不安階層表だと思われます。

不安階層表とは、自覚的な不安や恐怖の度合いを点数化したSUD(Subjective Units of Disturbance scale 自覚的障害単位尺度)を段階順に並べたものです。不安階層表を作成したら、次の段階としてエクスポージャー(曝露)を行いますが、下山ほか(2009)によると、エクスポージャーには想像(imaginal)エクスポージャーと現実(in vivo)エクスポージャーとの2種類があるとされています。想像エクスポージャーとは、主に面接室の中で、恐怖や不安を感じる場面を目をつぶって頭の中で想像し、声に出して話してもらい、その不安感と向き合い、慣れていくことを体験してもらう方法です。
『ハニーボーイ』のオーティスは、前者の想像エクスポージャーを受けていることが映画を観るとわかります。

映画『ハニーボーイ』ルーカス・ヘッジズ

ではなぜわざわざ不安が生じることを思い出させる必要があるのでしょうか。まず、実際に不安と結びつく体験をしていないにも関わらず、トラウマが原因で不安が湧いてくるメカニズムから説明します。例えば駅のホームで電車を待っている時に後ろから押されて電車に轢かれそうになり、その時に恐怖で心拍数があがり呼吸が早くなって体が緊張しするといった生理的現象を体験したとします。この恐怖からくる生理的現象はもともと自分の身を守るために備わっているもので、反応が出ること自体に問題はないのですが、その体験がトラウマになると、まず電車に乗れなくなり、次に駅に行けなくなり、さらに電車を遠くから見るだけでも怖くなり、もっと悪化するとバスや車など走るものを見ただけで、いつも心拍数があがり呼吸が荒くなってしまうといったように、元の体験を想起させ反応が出てしまう状況や事柄の範囲が広がっていってしまいます(これを般化と言います)。なので、そういったものから遠ざかるために家に閉じこもったりするようになります。このように不安な状況に陥らないようにするために取る行動を回避行動と言いますが、回避行動は表面上は不安を防げていることになりますが、根本的な解決にはなっていません。

下山ほか(2009)は、「エクスポージャーは、この回避行動による不安低下の悪循環を打ち破る方法です」と説明しており、曝露療法は、恐怖や不安に結びつく刺激に曝されても回避行動を取らないで耐えてもらうことで、刺激と反応の強い結びつきを解き、刺激に曝されても不安反応が出ないように変化させていくための治療法です。

映画『ハニーボーイ』ノア・ジュプ/シャイア・ラブーフ

わざわざ辛いことに向かっていくのは本当に辛いことですが、『ハニーボーイ』でオーティスは、トラウマの原因になっている父親との思い出に向き合い、問題を克服するだけでなく、父親と自分自身の関係の根っこにある大切なものに気付きます。心の問題を自覚して、治療に取り組むのは勇気が要りますが、本作を観ていると、幸せになるために超えていかなければいけないこともあるのだなと勇気をもらえます。

<参考・引用文献>
下山晴彦ほか(2009)「やわらかアカデミズム・<わかる>シリーズ よくわかる臨床心理学[改定新版]」ミネルヴァ書房
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣

映画『ハニーボーイ』ノア・ジュプ/シャイア・ラブーフ

『ハニーボーイ』
2020年8月7日より全国順次公開
PG-12

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

劇中では、主人公が、点数ごとにトラウマに紐づいているであろう記憶を呼び戻し、苦しむ姿が映し出されています。そのシーンで何度かメモが映りますが、点数と事柄が書かされたリストが、不安階層表です。

© 2019 HONEY BOY, LLC. All Rights Reserved.

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『夢の中』山﨑果倫/櫻井圭佑 夢の中【レビュー】

本作は、『蝸牛』でMOOSIC LAB 2019短編部門グランプリほか4冠を達成した都楳勝監督による最新作です。主人公のタエコ(山﨑果倫)の…

『ウォーレン・バフェット氏になる』ウォーレン・バフェット 本物かペテン師か【ビジネスの巨人】映画特集

儲け話というよりも人生訓として、良いお手本、悪いお手本の両方で、どのエピソードにも参考になる要素があります。

映画『無名』トニー・レオン 無名【レビュー】

第2次世界大戦下の1940年代上海で、中国共産党、国民党、日本軍のスパイが…

映画『FARANG/ファラン』ナシム・リエス 『FARANG/ファラン』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『FARANG/ファラン』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『ミセス・クルナス vs.ジョージ・W・ブッシュ』メルテム・カプタン ミセス・クルナス vs.ジョージ・W・ブッシュ【レビュー】

トルコ移民のラビエ(メルテム・カプタン)は、ある日、長男のムラートが旅先のパキスタンでタリバンの一員だと疑われて拘束されたことを知り…

映画『弟は僕のヒーロー』フランチェスコ・ゲギ フランチェスコ・ゲギ【プロフィールと出演作一覧】

2002年8月19日イタリア、ローマ生まれ。2022年、Netflix映画『僕らをつなぐもの』での演技が…

映画『異人たち』アンドリュー・スコット/ポール・メスカル 映画レビュー&ドラマレビュー総合アクセスランキング【2024年4月】

映画レビュー&ドラマレビュー【2024年4月】のアクセスランキングを発表!

映画『アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~』アン・ハサウェイ/ニコラス・ガリツィン アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~【レビュー】

ロビン・リーによる人気小説「The Idea of You」を映画化した本作は、アイドルグループに属する24歳の青年ヘイズ・キャンベル(ニコラス・ガリツィン)と、一人娘がいる40歳のシングルマザー、ソレーヌ(アン・ハサウェイ)を…

映画『ゴーストバスターズ/フローズン・サマー』ワールドプレミア、セレステ・オコナー セレステ・オコナー【プロフィールと出演作一覧】

1998年12月2日ケニア生まれ。2019年、映画『セラとチーム・スペード』で俳優として…

映画『人間の境界』 人間の境界【レビュー】

『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』で、ロシア政府が隠していた事実を暴いたアグニェシュカ・ホランド監督が、再び社会の事実を伝える作品を撮りました…

部活・イベント

  1. 【ARUARU海ドラDiner】サムライデザート(カップデザート)
  2. 【ARUARU海ドラDiner】トーキョー女子映画部 × Mixalive TOKYO × SHIDAX
  3. 【ARUARU海ドラDiner】サポーター集会:パンチボール(パーティサイズ)
  4. 【ARUARU海ドラDiner】プレオープン
  5. 「ARUARU海ドラDiner」202303トークゲスト集合

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『MIRRORLIAR FILMS Season5』横浜流星 映画好きが推すイイ俳優ランキング【国内20代編】

今回は、国内で活躍する20代(1995年から2004年生まれ)のイイ俳優の中から、昨今活躍が目覚ましい方を編集部の独断で70名選抜し、正式部員の皆さんに投票していただきました。

映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』ティモシー・シャラメ 映画好きが選んだ2023洋画ベスト

正式部員の皆さんに2023年の洋画ベストを選んでいただきました。どの作品が2023年の洋画ベストに輝いたのでしょうか?

映画『テルマ&ルイーズ 4K』スーザン・サランドン/ジーナ・デイヴィス あの名作をリメイクするとしたら、誰をキャスティングする?『テルマ&ルイーズ』

今回は『テルマ&ルイーズ』のリメイクを作るとしたら…ということで、テルマ役のジーナ・デイヴィスとルイーズ役のスーザン・サランドンをそれぞれ誰が演じるのが良いか、正式部員の皆さんに聞いてみました。

REVIEW

  1. 映画『夢の中』山﨑果倫/櫻井圭佑
  2. 映画『無名』トニー・レオン
  3. 映画『ミセス・クルナス vs.ジョージ・W・ブッシュ』メルテム・カプタン
  4. 映画『異人たち』アンドリュー・スコット/ポール・メスカル
  5. 映画『アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~』アン・ハサウェイ/ニコラス・ガリツィン

PRESENT

  1. 映画『FARANG/ファラン』ナシム・リエス
  2. 映画『猿の惑星/キングダム』オリジナルTシャツ
  3. 映画『九十歳。何がめでたい』草笛光子
PAGE TOP