REVIEW
原作者のカズオ・イシグロは、1989年にイギリス最高の文学賞であるブッカー賞、2017年にノーベル文学賞を受賞しました。カズオ・イシグロの小説はこれまでにも映画化されており、『日の名残』『わたしを離さないで』があります。本作の原作「遠い山なみの光」は、カズオ・イシグロの原点といわれる長編小説デビュー作であり、1982年に発表し王立文学協会賞を受賞しました。そして、本作は『愚行録』『ある男』の石川慶が監督を務め、映画化されました。

映画公式資料にあるカズオ・イシグロのインタビューによると、「私は1954年に長崎で生まれ、5歳の時に両親と共にイギリスへ渡りました。『遠い山なみの光』は私が20代半ばに執筆した初の小説」と述べられています。また、2024年に「広島長崎などの被爆者でつくる『日本被団協』がノーベル平和賞を受賞」したことについて「長崎に生まれた身として、また被爆者の息子として(当時19歳だった私の母は、あの日長崎にいました)、(中略)私は非常に嬉しく思いました」と語っており、本作のルーツを知ると、なお感慨深いです。

物語は、1950年代の長崎と1980年代のイギリスを行ったり来たりしながら展開されていきます。1950年代の長崎では、悦子(広瀬すず)と佐知子(二階堂ふみ)、1980年代のイギリスは悦子(吉田羊)とニキ(カミラ・アイコ)の日常が描かれていきます。この2つの時代がどう結びついていくのかが、本作の見どころの1つとなっています。

また、1950年代の長崎が舞台となっている点で、戦争の爪痕が深く残ると同時に、終戦から少し時間が経ち、時代が大きく変化し始めたであろう状況がさまざまな立場の人にどう影響を与えたかが生々しく描かれています。戦争の苦しみを抱えている主人公の物語は、戦場で戦った男性や帰還した男性の物語が多い印象が漠然とあるなか、本作は特に女性の人生に戦争がどう影響したかを描いている点に特徴があります。1950年代、1980年代といずれも今から何十年も前の時代が舞台となりつつ、現代の女性にも通じる部分があり、女性として生きていくとはどういうことなのかを考えさせられます。

広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊それぞれの役作りの精度の高さも感じ、方言や英語という枠組みだけではなく、時代を感じさせる話し方まで意識されている点も印象に残ります。また、三浦友和が演じる男性は、戦争が人間に与えたあらゆる側面を体言していて、戦争を別の視点から観る機会を与えてくれます。
“遠い山なみ光”の意味もさまざまに解釈ができ、観客の想像を広げてくれつつ、物語で描かれる時代を超えて今の私達の生き方に疑問を投げかけてくる秀作です。
デート向き映画判定

男性と女性の立場の違いや、夫婦としての姿など、それぞれに考えさせられる要素があります。カップルで観て、意見を交換するのも有意義でありつつ、特に女性は1人でじっくり自分の生き方を見つめ直す機会にするのも良いと思います。戦争にまつわる歴史ものと捉えると構えてしまう方もいるかもしれませんが、時代を超えて身近に思えるストーリーなので、フラットな状態で観て欲しいです。
キッズ&ティーン向き映画判定

幼い子どもも登場するので、子どもの目線で観ることもできそうです。悦子や佐知子の気持ちを今は完全に理解できなくても、生きづらさがありながらも自分なりの生き方を見つけようとする姿には、何かしら感じ取れるものがあると思います。今観てみて、何年か経ってから見返すと発見も出てくる作品だと思います。

『遠い山なみの光』
2025年9月5日より全国公開
ギャガ
公式サイト
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TEXT by Myson
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「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ 著、小野寺健 訳/ハヤカワ文庫
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情報は2025年9月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。

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