長編映画『SKIN/スキン』の出資を募るために、作品の趣旨を理解してもらおうと作った同作の短編(2018)が、2019年アカデミー賞短編映画賞を受賞。そして見事長編制作を叶えたガイ・ナティーヴ監督にスカイプでインタビューをさせて頂きました。短編も長編も見応え抜群で、同じテーマを扱いながら、全く違った描写で観る者に深く語りかけてくる内容になっています。そんな本作を監督はどんな思いで作ったのでしょうか。
<PROFILE>
ガイ・ナティーヴ:監督、脚本、製作
1973年、イスラエルのテルアビブに生まれる。現在は、妻でパートナー、俳優のジェイミー・レイ・ニューマンとロサンゼルスに在住。
10年以上に渡り、コカ・コーラ、ダイエット・コーク、ネスレ、シュコダ、メルセデスなどのコマーシャル作品を手掛けてきた。2007年、前々年のサンダンス映画祭で短編部門のグランプリに輝いた同名の短編作品を基にした初の長編映画“Strangers(原題)”でエレズ・タドモーと共同監督を務め、2008年のサンダンス映画祭とトライベッカ映画祭で上映された同作は、アカデミー賞の最終選考に残り、世界中の20以上の映画祭で賞を受賞した。長編第2作“The Flood (Mabul)(原題)”(2010)は、2011年のベルリン映画祭、テッサロニキ映画祭、ハイファ映画祭でそれぞれ受賞、イスラエル・アカデミー賞では6部門にノミネート。再びエレズ・タドモーと共同監督を務め、ギリシャで撮影された長編第3作“Magic Men(原題)”(2014)は、2014年のパームスプリングス映画祭でプレミア上映、イスラエル・アカデミー賞の最優秀男優賞とマウイ映画祭の観客賞を受賞した。2020年日本公開の映画『SKIN/スキン』は、アメリカでの初長編作品となる。
今カオスの時代だからこそ、映画で問いかけたい
マイソン:
今回、短編の“転向”の描写がすごく視覚的で印象的でした。長編と比較すると、短編では差別が生む悲劇を象徴していて、長編では希望が見えたんですが、監督の中で短編と長編はどう位置づけされていたんでしょうか?
ガイ・ナティーヴ監督:
僕にとって短編と長編は真逆の位置づけです。短編のほうは差別とは何なのかを自分の肌で学んでいく話で、ちょっと復讐の要素もあります。親が子に教えてきたことがサイクルのようになっていて、自分に戻ってくる。つまり、自分が教えたものが自分に返ってくるんだということが込められています。長編のほうは、すでに主人公がモンスターであるところから始まります。それを自分の肌や心から脱ぎ捨てていく、逆の構造になっているんです。
マイソン:
長編の主人公のモデルになっているブライオン・ワイドナーさんご本人は、どんな方なのでしょうか?彼の映画を観た感想なども聞いていたら教えてください。
ガイ・ナティーヴ監督:
ブライオンはこの映画をすごく気に入ってくれて、特にジェイミー・ベルの演技を本当に気に入ってくれました。ただ観るのがすごく辛かったと思うんですよね。辛い時期をどうしても思い出してしまうから。初めてニューヨークの映画館で上映をした時に、観客には言わずに舞台挨拶に登場してもらったのですが、スタンディングオベーションでした。ブライオン本人はとても知的で聡明な方で、ネオナチファシストでなければ、北欧神話の教授とかをやっているようなタイプなんです。でも14歳の時からこういったギャングにいたために、歪んでしまった過去を持っている方なんです。
マイソン:
劇中に、食べる物も仕事もない若者がスカウトされてギャングの仲間入りをするというシーンがありましたが、彼らのようにもとは差別主義を持っていないけれど、きっかけがあって引き込まれるということはよくあることなんですか?
ガイ・ナティーヴ監督:
それがしょっちゅう起きているのが現状です。ブライオンも含め、なぜ自分がそんなに憎しみを持ったのかわからないっていう方が多いんです。自分達はただ“家族”という感覚を味わいたい。だから、年上の親的な存在の人達からヘイトを教わると、子どもだからそのまま受け入れてしまうということなのかも知れません。
マイソン:
ギャングにいた皆のお母さん的な存在(ヴェラ・ファーミガ)もいれば、ブライオンが転向するきっかけとなったジュリーのような女性(ダニエル・マクドナルド)もいて、女性が要の存在になっていると思いました。監督から見てこの物語で女性はどんな役割を担っているのでしょうか?
ガイ・ナティーヴ監督:
ご指摘された通り、本作に登場する女性はパワフルなキャラクターとして、特に歪んだ男社会と考えられている場に登場させることがすごく重要だったんです。どうしてもこういう物語の映画だと、男性キャラクターがパワフルに描かれることが多くて、女性はそんなに描かれることがないですが、僕はちょっと違うんじゃないかなと思っているんです。例えば、ジュリーが実際にブライオンを救うことになりますが、彼女自身が戦士であり、パワフルであり、むしろブライオンのほうに葛藤があるわけなんですよね。また、ヴェラ・ファーミガが演じたシャリーンは、女帝というか、このヒエラルキーの上にいる存在でもあります。そういったクリシェ、つまり男性がパワフルでメインの図式、それを女性が支えているという図式を壊していきたかったんです。だってそれは正しくないですから。
マイソン:
転向を手伝うダリル・L・ジェンキンスさんのお仕事は、身の危険もあって大変そうだなと思ったのですが、もしご本人とお話されたことで印象に残るエピソードや、現状でこういう問題がすごく大きいみたいなことがあったら、教えてください。
ガイ・ナティーヴ監督:
この映画の中でもダリルは本当にキャラクターとして大きい存在で、彼の物語を語りきる尺がなかったので、次の映画はダリルの視点から描こうと思っているんです。僕にとって彼はヒーローであって、試写で舞台挨拶をするたびに、スタンディングオベーションが起こります。でも、彼のやっている仕事を、皆さんが「すごく成功しているし、素晴らしい」と思ってくださっている反面、多くの方がどういう仕事をしているのか本当に理解しているのかはわかりません。そこはこれから知っていく人が増えていくのかなと思います。彼がたくさんのネオナチの人を転向させて救っていることに感謝する人も多いのですが、同時に左寄りの方で、「何でそんなに時間を無駄にするんだ。(ネオナチは)刑務所で腐らせておけば良いじゃないか」と言う人もいるんです。でも映画の中に出てきたように、彼はカウンセラーだったお父様からこういう仕事を受け継いで、実際に1人でアメリカ中を運転して、1人でドン・キホーテのように戦っているんです。
マイソン:
すごいですね!差別をテーマにした映画の多くは評価されていると思うのですが、今回最初に長編を作ろうとした時、配給会社が見つからなかったそうですね。やはりテーマが引っかかったり、タブー視されているところはあるのでしょうか?
ガイ・ナティーヴ監督:
ありますね。やっぱり現実逃避ができる作品に投資したがる、作りたがる方が多いし、観客はリアリティを観たくないんじゃないかと思う人が多いです。映画を観ている時は、泡の中にいるような時間を過ごしたい、そういう作品を観たいんじゃないかと思っている人が結構いて、この作品のようなリアルに直視しないといけない作品は、やはり制作が難しいんです。だからこそアメリカの配給に入ってくれたA24にも感謝しているし、世界60ヵ国の配給権を買ってくれたパートナーにも本当に感謝していて、イスラエル(監督の母国)でも上映されたんです。アメリカでも熱いフィードバックがたくさん寄せられて、「この時代だからこそ必要な大切な映画です」と言ってもらえて、すごく嬉しかったです。作るのは難しいけど、作った後には「やっぱり作るのは正しかったんだ」と感じました。僕は70年代の『タクシードライバー』とか『地獄の黙示録』とかちょっと社会派な映画で育ってきて、今の時代もスタジオがそういうタイプの映画を作るべきだと思っています。僕も作家として何か意味があるものを作っていきたい、何か伝えたいことがある、そういう映画を作っていきたいと思っています。
マイソン:
今回観客の反応が良かったとお聞きしたんですけど、予想もしなかった反応とか、希望が持てた意見などがあったら教えてください。
ガイ・ナティーヴ監督:
まずホロコーストのサバイバーの方が上映後に僕のところにきて、「皆が観るべき映画だ」と言ってくれたのが、僕にとって1番心を動かされた言葉でした。あと、意外だったのは右翼の人から「ホワイトヘイトの監督だ」って言われたこと。それから、映画の中に登場するネオナチのキャラクター、名前はもちろん変えているのですが、実在の人物のモデルがいて、その人から「何でこんなにソフトに描いたんだ。俺はもっとイケイケだぞ!」ってメールが送られてきました(笑)。
マイソン:
え〜(笑)!あと、さきほど「社会にとって意味のある映画を撮りたい」とおしゃっていましたが、監督がこういう作品を撮りたいと思ったきっかけになった作品、魅了された作品を改めてお聞きしても良いでしょうか?
ガイ・ナティーヴ監督:
いっぱいあるから困っちゃいますね(笑)。まず日本映画だと、北野武の『BROTHER』『HANA-BI』です。それから『タクシードライバー』『地獄の黙示録』『プラトーン』『E.T.』、マチュー・カソヴィッツの『憎しみ』や、ウディ・アレン作品も好きだし、1つのジャンルじゃないんですよね。マーティン・スコセッシの『グッドフェローズ』、60年代、70年代、90年代の映画、あとは『羊たちの沈黙』『ショーシャンクの空に』『ROMA/ローマ』とか。僕は詩的な映画が好きで、そういった観察型の詩的な映画として本当に素晴らしかったです。
マイソン:
では最後の質問です。差別主義がダメっていうのはもちろん、普遍的な部分として、この作品で1番伝えたいことを教えてください。
ガイ・ナティーヴ監督:
監督の僕が問いかけているのは、かつてモンスターだった人物がより良い人間になろうとした時に、例えば「マイソンさんは受け入れられますか?」っていうことなんです。それは決して簡単に受け入れられることではないし、大きな問いかけでもあると思うんです。だってかつて自分の敵で、自分に憎しみをぶつけてきた相手が、今「普通の人間になりたい」と言った時に受け入れられるのかということなんです。決して軽い答えが返ってくるような問いではないんですけど、10年後じゃない、今カオスのこの時代だからこそ問いかけたい質問で、今だからこの映画を作りたかったんです。
マイソン:
ありがとうございました!
2020年3月26日取材 TEXT by Myson
『SKIN/スキン』
2020年6月26日より全国順次公開
R-15+
監督・脚本:ガイ・ナティーヴ
出演:ジェイミー・ベル/ダニエル・マクドナルド/ダニエル・ヘンシュオール/ビル・キャンプ/ルイーザ・クラウゼ/カイリー・ロジャーズ/コルビ・ガネット/マイク・コルター/ヴェラ・ファーミガ
配給:コピアポ・フィルム
10代で親に見捨てられたブライオンは、白人至上主義グループを主宰するクレーガーとシャリーンに育てられ、今ではグループの幹部になっていた。だがある日、3人の娘を1人で育てるジュリーに出会い、ブライオンは徐々に別の生き方を意識し始めるが…。
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