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心理学から観る映画43:『CLOSE/クロース』に見る、思春期の友人関係に影響する心理【社会性の発達とジェンダー・スキーマ】

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映画『CLOSE/クロース』エデン・ダンブリン/グスタフ・ドゥ・ワエル

今回は、13歳の少年にある日突然起こった悲劇を描いた『CLOSE/クロース』を題材に、社会性の発達とジェンダー・スキーマについて考えてみました。

※なるべくネタバレを避けた表現にしていますが、読む方によってはネタバレと感じる箇所が出てきます。

まずは『CLOSE/クロース』のあらすじを簡単にご紹介します。幼馴染みのレオとレミは、レミの家で毎晩のように一緒に寝るくらい多くの時間を共に過ごす親友です。そんな2人は13歳になり、同じ中学校に進学します。とても仲が良い2人の様子を見て、女子達は「付き合ってるの?」と聞いてきます。そこから、レオはレミと一緒にいる姿を周囲からどう見られているか意識し始めます。一方のレミは周囲の目を気にせず、相変わらずレオにベッタリ。この2人の差が悲劇を生んでしまいます。

冒頭のシーンからレオとレミは本当に仲が良いことが伝わってきます。だから、劇中の女子達のセリフにつられて、同性愛の話だと捉える方もいるかもしれません。でも、これは同性愛を描いているストーリーではないでしょう。

映画公式資料のプロダクションノートによると、本作の企画は「幼少期や10代前半の頃に自分にとって不安だったことを探求してみたい」というルーカス・ドン監督の思いから始まったことがわかります。また、監督は「レオというキャラクターからは、他人が彼らの友情を性的なものとして捉えることに恐怖を感じてほしいという思いがありました。(中略)レミは自分自身に忠実で“自分らしく”生きようとした人たちを代表するキャラクターです」とコメントしています。また、ルーカス・ドン監督は今でも小中学校時代のつらい日々を思い出すことがあり、本作を構想中、「友情、親密、恐怖、男らしさ…」といったキーワードを紙に書き留めたとあります。

では、レオとレミに一体何が起こっていたののでしょうか。ルーカス・ドン監督のコメントをヒントに、下記の2点で考えます。

  • ジェンダー・スキーマ
  • “社会性”の発達の違い

ジェンダー・スキーマ

映画『CLOSE/クロース』エデン・ダンブリン/グスタフ・ドゥ・ワエル

無藤ほか(2018)によると、「ジェンダー(gender:社会的性)による差異は、生得的であるよりもむしろ文化・社会的要因によって獲得されるものであるといえる」とあります。つまり、生まれ持って備わっているというよりも、育つ環境によって獲得されていくものであるということです。また、無藤ほか(2018)は「情報を男性的か女性的かという性別と結びつけてとらえようとする傾向をジェンダー・スキーマと呼んだ」とベム(1981)の文献から引用して説明しています。

レオには兄がいて、レミは一人っ子です。父親とは別に身近な男性として、レオには兄がいるという環境が、レオとレミが持つジェンダー・スキーマに違いをもたらしたのだと考えられます。レオの中で「これは男らしい、これは男らしくない」といった線引きが、レミにとっては違っていたならば、レオにとって周囲の目が気になることでも、レミにとっては気になりません。

また、昨今耳にするようになったトキシック・マスキュリニティ(Toxic masculinity=有害な男らしさ)も関わっているように思います。「男性とはこうあるべき」という社会通念は有害なプレッシャーとなりえます。思春期に入ると、自分はどうであれ周囲から性を意識した目で見られるようになります。幼馴染みのレオとレミの間でスキンシップに特別な意味がなかったとしても、周囲はいろいろな見方をします。レオは女子に言われた「付き合ってるの?」という問いで、自分が男としてどう見られるかを意識し始めたのでしょう。そこからレオは男らしく見られるような行動を取るようになります。

本作には、レオと兄のチャーリーの仲睦まじい姿も映されています。これは暗にレオとレミ、レオと兄のチャーリーの比較を映しているようでもあります。2人が兄弟であるか、親友であるか、その情報によって、それぞれ2人の姿を見た印象が違うかもしれません。それは偏見というのではなく、観る人それぞれのジェンダー・スキーマによって印象に違いが出るということだと思います。

“社会性”の発達の違い

映画『CLOSE/クロース』エデン・ダンブリン

レオの家は花を栽培している農家で、両親の仕事を手伝うレオは農家の他の大人とも普段から交流がありそうです。一方、レミの家は森の中にぽつんと建っている印象で、レミが家族とレオ以外の人とどれくらい交流を持っているのかは描かれていません。察するに、レオに比べるとレミの交友関係は狭いでしょう。でも、小学校から中学校に上がると、世界が一気に広がります。出会う人の数も一気に増えます。この環境の変化に順応できるスピード、つまり社会性の発達という観点でも、レオとレミには差がありそうです。

日本心理学諸学会連合心理学検定局(2015)によると、「青年前期の友人関係は、前青年期(10〜14歳頃)に現れる親愛性の友情に基づいて発展し、パーソナリティの類似性が重視され排他的で独占的になりやすい」とあります。レミはまさにこの前青年期の段階で、レオを独占したい気持ちがある一方、レオはレミよりも少し社会性が発達していて、前青年期から次のステージに進んでいたと考えられます。レオは他の同級生との関係も大切にしようとしているけれど、レミにはレオが自分から離れていくように思えたのかもしれません。

以上は私による一解釈でしかありません。ただ、前述のような心理学的視点で観て、本作はとても理に適ったストーリーとなっています。

大人の方はもちろん、今思春期の皆さんにも本作を観て頂きたいと同時に、伝えたいことがあります。
成長するにつれて、友人関係は変化していって当然です。幼馴染みからすると、いつも一緒にいた友達との時間が減り、その友達が他の友達と楽しそうにしている姿を見ると切なくなることもあるでしょう。でも、それは自分から離れていっているわけではないこと、お互いが特別な存在であることに違いはないことを知っておいて欲しいなと思います。

今の大人も皆が経験してきたことだと思います。大人になってからわかるのでは遅いということにならないために、本作を観て自分や友達に起こる変化を受け止められるようにして欲しいと思います。

<参考・引用文献>
Bem,S.L.,(1981)“Gender Schema Theory : A Cognitive Account of Sex Typing” Phychological Review,88.354-364
無藤隆、森敏昭、遠藤由美、玉瀬耕治(2018)「心理学」有斐閣
日本心理学諸学会連合心理学検定局(2015)「心理学検定 基本キーワード [改訂版]」実務教育出版

映画『CLOSE/クロース』エデン・ダンブリン/グスタフ・ドゥ・ワエル

『CLOSE/クロース』
2023年7月14日より全国公開
クロックワークス、スターチャンネル
監督:ルーカス・ドン
公式サイト

レオ役エデン・ダンブリン、レミ役グスタフ・ドゥ・ワエルともに本作で映画デビューを果たしました。2人の等身大の見事な演技が観る者の心を打ちます。

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© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

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