自分で自分自身をどのように捉えるかは、私達が生きていく上で大きな影響を及ぼすといっても過言ではないでしょう。心理学においても「自己」という概念は大変重要であり、さまざまな角度から研究されています。今回は『年少日記』を例に、自己とメンタルヘルスの関係について考えます。
心理学において「自己」はどのような構造で捉えられているのでしょうか。さまざまな理論や定義があるなか、ここではウィリアム・ジェームズの理論をご紹介します。
ウィリアム・ジェームズの理論
【主我=知る自己】
セルフ・アウェアネス:自分の内的状態、欲求、思考、感情に対する理解
セルフ・エージェンシー:行為や思考をする者としての感覚
セルフ・コンティニュイティ:時間の経過の中で同一の自己であり続けているという感覚
セルフ・コヒアレンス:自己は確固たる単一の存在で、全体が首尾一貫しているという感覚
【客我=知られる自己】
物質的客我:自己の身体、衣服や所有物などが含まれる
社会的客我:仲間からどのように認識されているかを意味する
精神的客我:個人の哲学的な信念や宗教的な信仰に基づくもの
(ホフマン、2018)
ジェームズの理論に『年少日記』のストーリーを当てはめて考えてみます。

※なるべくネタバレを避けた表現にしていますが、読む方によってはネタバレと感じる箇所が出てきます。
『年少日記』には、二人の兄弟が登場します。兄弟は教育に厳しい家庭で育てられました。兄は何をしても出来が悪いといわれ、父から日常的に体罰を与えられています。一方、弟は学校の成績もピアノの腕前も優秀で、いつも褒められています。そんななか、兄は自分も父に認められようと踏ん張り、思い立って日記を書き始めます。その日記が本作のキーアイテムとなっています。

まず、兄の社会的客我は良くないだろうと想像できます。父にあらゆる面で否定的な言葉を浴びせられ、母や弟からも一定の距離をおかれています。家庭で受けている辛さは学校生活にも影響し、家庭と同様に学校でも弟より劣っているように見られています。このような状況から、兄は自分には存在価値がないと日記に綴っています。

兄は主我もネガティブに捉えているでしょう。「自分の内的状態」は安定しないでしょうし、「行為や思考をする者としての感覚」セルフ・エージェンシーの観点では自分に自信が持ちづらいはずです。セルフ・コンティニュイティという時間の経過の観点では、未来の自分に希望を持てないのではないでしょうか。気分も浮き沈みが激しくなり、「全体が首尾一貫しているという感覚」セルフ・コヒアレンスは持ちづらいと考えられます。

人は「現実自己(actual self))が、ありたいと望む「理想自己(ideal self)」と一致しない場合、失望や悲しみ、うつ気分を感じ、目の前の課題に取り組むのが難しくなります(ホフマン、2018)。

このように、「自己」をどう捉えるかはメンタルヘルスに大きな影響を与えます。『年少日記』では、このような状況で兄がさまざまな体験を通して、どのように変化していくかが描かれています。自分を気にかけてくれる人の存在、直接ではないけれど励みになる存在が登場したり、逆に現実の厳しさを思い知らされる場面もあります。

同時に大人になった主人公が過去と向き合う姿を描いています。心理的に追い詰められた時、自分自身ではどうしようもなくなることがあると思います。そんな時に周囲の支えがあるかないかで運命が大きく変わる様子も描かれています。

映画の構成も見事で、兄弟それぞれがどのような心情で子ども時代を過ごしていたかが描かれており、心を揺さぶる仕掛けもあります。涙が抑えられないほどに辛い展開も出てきますが、自己と向き合い、他者とも向き合う大切さを教えてくれる秀作です。ぜひご覧ください。
<参考・引用文献>
ホフマン・G・ステファン(著)有光興記(監訳)武藤世良・菅原大地・日比野桂・箕浦有希久・榊原良太・浅野憲一・日道俊之(訳)(2018)「心の治療における感情—科学から臨床実践へ—」北王子書房

『年少日記』
2025年6月6日より全国公開
PG-12
クロックワークス
公式サイト
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TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)
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情報は2025年5月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。