心理学

心理学から観る映画6-1:非常事態における意思決定に影響するもの【共有情報バイアスと集団性脳炎】

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映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』渡辺謙

2020年3月現在、世界中で新型コロナウィルスの感染者が増加し続けています。日本政府は“ようやく”対応に本腰を入れ始めましたが、もっと早く、もっと適切な対応をできたのではないかと思っている人も多いのではないでしょうか。ちまたではさまざまな立場から、どんな方法が有効かが議論されていながら、なぜ政府が発表する対策や情報に違和感を持ってしまうのでしょうか。政府の判断や対応が正しいのか間違っているのかが結果として表れるのは後になってからですが、今回は集団が物事を決定する際に問題となる要因を考えてみたいと思います。

<参考・引用文献>
無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治(2018)「心理学」有斐閣
堀洋道・吉田富二雄・松井豊・宮本聡介ほか(2009)「新編 社会心理学〔改訂版〕」福村出版
下記は、上記で語られている内容から一部引用しまとめた上で、映画に関するところは本記事筆者の考察を掲載しています。

共有情報バイアス

例えば10人で会議をしようとする場合、全員が持っている情報は必ずしも一致していません。個々に持っている知識や情報もあれば、皆が共通して知っていることもあります。議論をする前の準備や議論の時間を長く確保できる場合は、全員にとってそこで必要な情報をすべて共有してから議論に臨むのが1番良いですが、切迫した状況で判断を急ぐ場合においてはそれができていない状態で議論されることになります。

集団による意思決定の場合、共有情報と非共有情報では、共有情報に関する議論に多くの時間やエネルギーが費やされるとされています。これは共有情報バイアスと呼ばれ、人は自分が知らないことについてはあまり話し合おうとせず、既に知っていることについて話し合おうとするために、共有情報が強く決定や判断に影響することになるというものです。

また決断が急がれる場合、他のメンバーからの支持を得たいという心理的対人的欲求なども働き、共有情報に一層注意が向けられる傾向があるといいます。さらに、非共有情報よりも共有情報について話す人のほうが知識が豊富で有能で信頼できると評価される傾向もあるとされています。そうなると、多数派の意見に疑問を呈する客観的な意見や画期的な意見はあまり歓迎されないか、聞いてもらえても皆がピンとこずに、限られた共有情報の中で無難な判断にいきつくのも想像に難くありません。

集団性脳炎

専門家なども含めた優秀なメンバーで行われた意思決定でも、後に誤りだったとされたケースは少なくないようです。例として挙げられるのは、アメリカのスペースシャトル・チャレンジャーやコロンビアの爆発事故や、真珠湾の防衛、キューバ侵攻作戦の失敗、ベトナム戦争の拡大、ウォーターゲート事件などです。ジャニスは、集団力学の観点から、「優秀なメンバーを揃えながら誤った決断を下したグループは、“集団性脳炎”という一種の病気にかかっていた」と表しました。同じ価値観を持つ結束の堅いグループが特殊な緊張下で意思決定を行う時、仲間意識的ムードを損なわずに全員の合意を得ようとして、意見の対立を避けようとするからだと考えられています。

こういったグループの議論では、自分の意見が正しいと思っていても大勢の意見に反するのではないかと自己規制してしまったり、直接的間接的に同調するような圧力が働いていたりするため、全員一致しているかのような幻想が起こり、極度の楽観的幻想が生じることもあると言われています。

映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』佐藤浩市

映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』では、東日本大震災で起きた福島第一原発の事故の裏側で、各立場の人間がどんな議論を交わしていたかが描かれています。事故現場の対応にあたる社員達、その近くに設置された緊急対策室の社員達、離れた場所にいる企業幹部と政府関係者といった3つの拠点でのやりとりには、現場経験の有無による知識や情報の差、緊張度の違いなどが現れています。権限は現場から一番遠い人達にあるがゆえに、すぐに対応すべき事柄でも現場は待機しなければいけなかったり、もどかしい状況が見て取れますが、新型コロナウィルスの問題を対応する関係各所の背景にも似たような状況があるのではないでしょうか。

今回の新型コロナウィルスについての政府関係者間の議論の場で上記のようなことが起きているかどうかはわかりませんが、いずれにしても、客観的な視野をもった適切な判断がされることを願います。こういったバイアスがなるべくかからないようにするためには、同じ価値観のメンバーに偏ることなく、スタンス、見識が違うメンバーでも歓迎すること、意見を出しやすいムードを作ること、リーダーはどんな意見も公平に聞くことなどが必要ということになります。現在の状況が変化し続けて時間が経つと、個々の判断も増えていくかも知れません。今後自分達の集団で判断を下す際は、こういったポイントを注意したいところです。

次回は“同調”について考えます。

映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』佐藤浩市/渡辺謙/吉岡秀隆/緒形直人/安田成美

『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』
2020年3月6日より全国公開
公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

東日本大震災の時、福島第一原発の事故の裏側では、どんな議論が繰り広げられていたのか…。政府の顔色を窺う企業の上層部と、命がけで問題に対処する現場社員の知識や経験の違い、緊張度の違いが描かれている。

© 2020『Fukushima 50』製作委員会

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

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  2. 映画『Pacific Mother パシフィック・マザー』
  3. 映画『ファンファーレ!ふたつの音』バンジャマン・ラヴェルネ/ピエール・ロタン
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