心理学

心理学から観る映画19:あなたも知らぬ間に使ってる!?戦術的な自己呈示

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『ブレスレット 鏡の中の私』メリッサ・ゲール

「私は私のことを1番わかってる」「あなたのことは私が1番わかってる」なんてことを言ったり、考えたりすることは誰にでもありますよね。どれも正解に思えるし、どれも間違えていると思えます。それは人には表に見せている面、隠している面があるからです。そこで今回は、自己呈示について考えます。

※『ブレスレット 鏡の中の私』のネタバレがあります。

私だけが知っている私、皆が知っている私

皆さんは、2人の心理学者、ジョセフ・ルフトとハリー・インガムが開発した“ジョハリの窓”をご存じでしょうか?これはキャリア教育などの場面で、自己分析を促すツールとしてよく出てきます。自分の性格や個性などを4つの窓に当てはめていくことで、主観的、客観的に自己を理解しやすくなるというものです。下記に“ジョハリの窓”を図で示します。

心理学者ジョセフ・ルフトとハリー・インガム“ジョハリの窓”

ジョハリの窓
開放の窓:自分も他人も知っている自己
盲点の窓:他人は知っているけれど、自分は知らない自己
秘密の窓:自分は知っているけれど、他人は知らない自己
未知の窓:自分も他人も知らない自己

事件当時16歳だった少女リーズが親友を殺した罪で容疑をかけられてしまう『ブレスレット 鏡の中の私』では、裁判で彼女の知られざる一面が次々と明かされていきます。この作品を観ていると、裁判では被告人を擁護する立場の弁護士と、罪を問う立場の検察官が対抗するため、“盲点の窓”“秘密の窓”がたくさん開かれていくことがわかります。でも、ここで重要なのは陪審員達が被告人に対してどんな印象を持つかということです。つまり、リーズが無罪であっても有罪であっても、確固たる証拠がないとしたら、リーズがどんな人間に見えるかで裁きが下されるということです。

映画『ブレスレット 鏡の中の私』ロシュディ・ゼム/キアラ・マストロヤンニ

ここからはあくまで私の解釈になりますが、リーズはとても巧みに自己呈示をしています。検察官がリーズについて集めた資料や周囲の人間の証言によって、次々とリーズの“秘密の窓”が開けられ、親が知らないリーズの裏の顔が明かされていきます。また、検察官はリーズの邪悪な一面を引き出そうとでもしているのか、“盲点の窓”をつくような質問をして彼女の感情を煽ります。それに対してリーズは時に沈黙しますが、別の時には求められなくても自ら発言したりと、利口さを発揮します。

堀ほか(2009)には、Tedeschi & Normanが示した自己呈示行動の分類をもとに、自己呈示には戦術的(短期的)なもの、戦略的(長期的)なもの、防衛的なもの、主張的なものがあることが記されていますが、『ブレスレット 鏡の中の私』のリーズは、主張的戦術的自己呈示を巧みに行っていると私は解釈しました。

裁判の序盤では、事件当時の16歳の頃からリーズが、恋愛関係にない男子と遊び半分で性的な関係を持ったことが明かされたり、被害者のフローラと喧嘩をして殺すと脅したなど、いかにも悪い子というイメージが作られていきます。裁判を見守るリーズの両親以外の大人は彼女に共感を抱きづらい状況に一旦陥りますが、最後に明かした秘密で、「そんな秘密があったのか…」と、彼女とフローラの関係性についての印象がガラッと変わります。
また、リーズは終始冷静で、何かを咎められても「(そうするのが)好きだからやった」と淡々と答え、感情がない子のように見えます。でも最後、フローラの母親に言葉をかけるシーンでは、いつものリーズと異なり、まだ子どもという表情で、感傷的に言葉を投げかけます。

映画『ブレスレット 鏡の中の私』メリッサ・ゲール

主張的戦術的自己呈示は、相手にある感情を喚起させるために、積極的に自分の印象づくりをすることであり、そのための自己表現であるとされています(堀ほか 2009)。自己呈示戦術を分類したジョーンズとピットマンはその方法として【取り入り、自己宣伝、示範、威嚇、哀願】を挙げていますが、リーズは最後に“哀願”という手段を使ったのではないかと思います。それまで全く共感を得ようという気も無さそうで、疑われても動じず堂々としていたリーズが、他の大人には見せなかった顔を、被害者のフローラの母親だけに見せたというやり方は実に巧妙です。

このようにここではフィクションの映画を例に、ジョハリの窓と自己呈示を当てはめて、主人公を分析してみましたが、私達も日常で少なからず、自分を演出しています。自己呈示の分類で、“防衛的戦術的自己呈示”というのもありますが、これは例えばテストを受けるとして、事前に友達に「昨日熱が出て、全然勉強してないんだよね」と言ったり、失敗が予期される時に、その失敗が自分の能力のせいではないと思わせるように自己呈示をしているというわけです。こう考えると、皆普段からやってることだとわかりますね。

また今回は映画の内容的に、“ジョハリの窓”で人の良くない側面にフォーカスして解釈しましたが、前向きに自己分析をする際に使えるものなので、ぜひ友達や家族とお互いの印象を述べ合って、当てはめて考えてみてください。“未知の窓”の部分はこれからいろいろなことを経験することで見えてくると思うので、それはそれで楽しみに捉えていけば良いのではと思います。

<参考・引用文献>
堀洋道・吉田富二雄・松井豊・宮本聡介ほか(2009)「新編 社会心理学〔改訂版〕」福村出版

映画『ブレスレット 鏡の中の私』メリッサ・ゲール

『ブレスレット 鏡の中の私』
2020年7月31日より全国順次公開
PG-12

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

いつまでも子どもだと思っていたら、大間違い。子どもはどんどん大きくなり、親が知らない面も増えていきます。そんな切なさもありつつ、これこそリーズが“秘密の窓”に留めた真実なんだなと匂わせるラストシーンに要注目です。

MMXIX -‒ tous droits réservés – PETIT FILM ‒ FRAKAS PRODUCTIONS ‒ FRANCE 3 CINÉMA – RTBF

『私の知らないわたしの素顔』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
R-15+

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

失恋による傷心で、主人公の“未知の窓”にあった困った自己が暴走してしまいます。どうせなら良い意味で未知の窓にある自己を見つけたいものです(苦笑)。

私の知らないわたしの素顔(字幕版)

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『教皇選挙』レイフ・ファインズ 教皇選挙【レビュー】

圧倒されっぱなしの120分でした。教皇に“ふさわしい”人間の境界線をテーマに、神に仕える聖職者達の言動、ひいては人格を通して…

映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』ボーウェン・ヤン ボーウェン・ヤン【ギャラリー/出演作一覧】

1990年11月6日生まれ。オーストラリア出身。

ディズニープラス『スパイダーマン:フレンドリー・ネイバーフッド』 スパイダーマン:フレンドリー・ネイバーフッド【レビュー】

本シリーズは馴染み深い要素をベースにしながら、新しい設定が…

映画『少年と犬』高橋文哉/西野七瀬 少年と犬【レビュー】

直木賞を受賞した、馳星周著の小説「少年と犬」は、『ラーゲより愛を込めて』を手掛けた平野隆プロデューサーと脚本家の林民夫、瀬々敬久監督により映画化…

映画『ガール・ウィズ・ニードル』ヴィク・カーメン 『ガール・ウィズ・ニードル』監督オンライン登壇!トークイベント付き試写会 10組20名様ご招待

映画『ガール・ウィズ・ニードル』監督オンライン登壇!トークイベント付き試写会 10組20名様ご招待

映画『キングダム 大将軍の帰還』山﨑賢人/吉沢亮/橋本環奈/清野菜名/吉川晃司/小栗旬/大沢たかお 映画好きが選んだ2024邦画ベスト

正式部員の皆さんに2024年の邦画ベストを選んでいただきました。2024年の邦画ベストはどの作品になったのでしょうか?

映画『Broken Rage』ビートたけし Broken Rage【レビュー】

北野武監督作で殺し屋が主人公のストーリーなので、激しいバイオレンス映画かと思いながら観ていたら、途中から…

映画『私の親愛なるフーバオ』 『私の親愛なるフーバオ』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『私の親愛なるフーバオ』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『風たちの学校』 心理学から観る映画52:不登校の現状と取り組み、そして子ども達の居場所

今回は日本の不登校の現状や対策を取り上げつつ、ドキュメンタリー映画『風たちの学校』をご紹介します。…

映画『早乙女カナコの場合は』橋本愛/中川大志 早乙女カナコの場合は【レビュー】

柚木麻子の「早稲女、女、男」を映画化した本作は、主人公の早乙女カナコ(橋本愛)が大学に入学し、演劇サークルに所属する長津田(中川大志)と出会ってからの…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『キングダム 大将軍の帰還』山﨑賢人/吉沢亮/橋本環奈/清野菜名/吉川晃司/小栗旬/大沢たかお 映画好きが選んだ2024邦画ベスト

正式部員の皆さんに2024年の邦画ベストを選んでいただきました。2024年の邦画ベストはどの作品になったのでしょうか?

映画『セトウツミ』池松壮亮/菅田将暉 映画好きが推すとっておきの映画を紹介【名作掘り起こし隊】Vol.4

このコーナーでは、映画業界を応援する活動として、埋もれた名作に再び光を当てるべく、正式部員の皆さんから寄せられた名作をご紹介していきます。

映画『オッペンハイマー』キリアン・マーフィー 映画好きが選んだ2024洋画ベスト

正式部員の皆さんに2024年の洋画ベストを選んでいただきました。2024年の洋画ベストに輝いたのはどの作品でしょうか!?

学び・メンタルヘルス

  1. 映画『風たちの学校』
  2. 【映画でSEL】海辺の朝日に向かって手を広げる女性の後ろ姿
  3. 映画『ワンダー 君は太陽』ジュリア・ロバーツ/ジェイコブ・トレンブレイ

REVIEW

  1. 映画『教皇選挙』レイフ・ファインズ
  2. ディズニープラス『スパイダーマン:フレンドリー・ネイバーフッド』
  3. 映画『少年と犬』高橋文哉/西野七瀬
  4. 映画『Broken Rage』ビートたけし
  5. 映画『早乙女カナコの場合は』橋本愛/中川大志

PRESENT

  1. 映画『ガール・ウィズ・ニードル』ヴィク・カーメン
  2. 映画『私の親愛なるフーバオ』
  3. 映画『デュオ 1/2のピアニスト』カミーユ・ラザ/メラニー・ロベール
PAGE TOP