心理学

心理学から観る映画24:犯罪現場で起こる不思議な心理現象【ストックホルム症候群】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『ストックホルム・ケース』イーサン・ホーク/ノオミ・ラパス/マーク・ストロング

皆さんはストックホルム症候群という言葉を聞いたことがありますか?これは誘拐、監禁、ハイジャック等の状況下で、被害者が陥ることがある心理現象です。被害者が犯人に対して好意を抱いたり、恩義を感じたりといった心理現象で、ストックホルムで実際に起きた銀行強盗事件の被害者にこの現象が見られたことで、それが語源となっています。今回は、ストックホルム症候群を起こす背景を取り上げます。

児童虐待や家庭内暴力の被害者にもこの原理が働いている!?

ストックホルム症候群の語源となった事件は、1973年8月にスウェーデンの首都ストックホルム市内の銀行で起こりました。この事件を基にして描かれた映画『ストックホルム・ケース』がありますが、映画は実際の事件と設定が異なる部分があるため、ここでは実際の事件の内容を基にお伝えします。

映画『ストックホルム・ケース』イーサン・ホーク/ノオミ・ラパス

<ストックホルムで起きた銀行強盗事件の基本情報>
1973年8月23日、ストックホルムの銀行にマシンガンを持った2人組の強盗団が押し入り,4人の若い人質を取って、131時間立てこもりました。人質の年齢は21,23,25,31歳(女性3名、男性1名)、強盗団は26歳と32歳の男性でした。被害者達は犯人達よりも警察のほうを恐れ、解放後、「犯人達は警察から自分達を守ってくれた」と犯人への共感を表し、警察や政府へは敵意と恐怖を語ったとされています。また、被害者の女性のうち1人はその後犯人と結婚しました(作田, 2002;佐藤・小畠・田中, 1997;重村, 2008)。

別の事例として、作田(2002)は2件の誘拐・監禁事件を紹介しています。1974年に起きたバトリシア・バースト事件の被害者、サンフランシスコ・エグザミナー誌のオーナーであった大富豪の長女パトリシアは,やがて自分を監禁した政治的グループ“SLA”に共鳴し,自ら銀行強盗に参加するまでに至ったとのことです。一方で、1990年11月に,9歳の少女が新潟県内で誘拐され、10年間監禁されていた事件では,被害者が犯人に対して肯定的感情を抱いたことは一度もなかったと考えられ,ストックホルム症候群は否定されたとされています。

重村(2008)は、2002年に起きたモスクワの劇場をチェチェン系武装勢力が占拠した事件で,人質10人に同症候群が見られた一方で、FBI(米国連邦捜査局)による1200件以上の人質・立てこもり事件のデータ検証では,92%もの被害者には同症候群の徴候は見られなかったことを提示。人質事件において同症候群が起こる確率は稀であると指摘されている点について言及しています。佐藤・小畠・田中(1997)でも、同筆者等が24年間にわたり行った司法精神鑑定例約250件において,被害者が同症候群の諸特徴を十分に満たした狭義の事例は存在しなかったと述べています。

このように、人質事件で起こる確率は決して多いとは言えないながらも、ストックホルム症候群が起こる場合、一定の条件が揃っていると定義されています。

Ochbergの定義
①人質が監禁者に対する肯定的な感情、好意的な感情を抱くこと
②警察・司法当局に対して否定的な感情を抱くこと
③こうした特異な感情がしばしば犯人によって報いられていること
(作田, 2002;佐藤・小畠・田中, 1997)

映画『エンテベ空港の7日間』ダニエル・ブリュール

ストックホルム症候群について考える上で、これは誘拐や監禁など犯罪現場だけでなく、児童虐待や、夫やパートナーから暴力を受ける状況でも起こっているという考え方があります。被害者の内面には、助かりたいという気持ち、少しでも苦痛から逃れたいという気持ち、自分への過小評価があると考えられています。

佐藤・小畠・田中(1997)は、「外界から隔離された状況下での支配的な人間関係から生じる点でカルトの洗脳・マインドコントロールの際の教祖と信者との関係もまたこれに相当する。しかし,いずれにせよ,これらは自己の存在が脅かされる程の過大なストレスに対する対処行動の一つであることに変わりはない」としています。またアンナ・フロイトが『自我と防衛』の中で述べている“攻撃者への同一化”についても取り上げています。アンナ・フロイト(ジークムント・フロイトの娘)は「このような同一化は,不安を増大させている権威的存在から自我を守るために自我そのものにより惹起されているのであり,相手の攻撃や懲罰を避けることを目的とする」という見解を持っていたようです。

監禁された人や虐待の被害者が、逃げられない、逃げない理由の裏には、こういった心理が働いている場合があると考えると、解決が容易でないことも理解できます。

映画『ベル・カント とらわれのアリア』ジュリアン・ムーア/加瀬亮

ストックホルム症候群と対で、リマ症候群という心理現象もあります。これはストックホルム症候群とは逆に、加害者が被害者に対して抱く心理現象です。加害者は被害者に次第に親近感を抱き、攻撃態度から共感的態度に変化していくというものです。ストックホルム症候群と共通して、緊迫した状況下で一緒にいることは心理に何らかの影響を及ぼすということが言えると思います。誘拐や監禁の被害に遭うことは稀かもしれませんが、虐待やDVは身近にあることなので、こうした心理が働き、問題を複雑化させる可能性があることを頭に入れておきたいですね。

<参考・引用文献>
作田明(2002)「245.ストックホルム症候群[英]Stockholm syndrome」臨床精神医学, Vol.31(10), pp.1242-1243
佐藤親次・小畠秀悟・田中速(1997)「ストックホルム症候群」臨床精神医学26(3)pp.301-306
重村淳(2008)「[レクチャーシリーズ]用語集⑧ストックホルム症候群」トラウマティック・ストレス第6巻,第2号

映画『ストックホルム・ケース』イーサン・ホーク/ノオミ・ラパス/マーク・ストロング

『ストックホルム・ケース』
2020年11月6日より全国公開

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

ストックホルム症候群の語源となった事件を映画化。あくまで映画の設定として観てですが、犯人のキャラもかなり影響があるように思えます。

© 2018 Bankdrama Film Ltd. & Chimney Group. All rights reserved. 

『ベル・カント とらわれのアリア』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

1996年12月16日(日本時間17日)に、南米ペルーのリマにある日本大使公邸で起こったテロ事件を映画化。本作では、ストックホルム症候群とリマ症候群の両方が起こっているのがわかります。リマ症候群はこの事件が語源となっています。

ベル・カント とらわれのアリア(字幕版)

© 2017 BC Pictures LLC

『エンテベ空港の7日間』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

1976年に起きた、イスラエル・テルアビブ発パリ行きのエールフランス機ハイジャック事件を映画化。240名の乗客に対してハイジャック犯は4人という状況ですが、一部ストックホルム症候群、リマ症候群と見られる関係がうかがえます。

エンテベ空港の7日間(字幕版)

© 2017 STORYTELLER DISTRIBUTION CO.,LLC. All Rights Reserved.

TEXT by Myson(認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『ももいろそらを』池田愛 ももいろそらを(カラー版)

この物語は、主人公の川島いづみが大金の入った財布を拾ったところから…

映画『RUN/ラン』サラ・ポールソン/キーラ・アレン RUN/ラン

複数の障害を抱え車イス生活をしている娘と、そんな娘を必死に育ててきたシングルマザー。最初はそんな関係に見えている母子の関係が…

ディズニープラス オリジナルドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』キャスリン・ハーン キャスリン・ハーン

1973年7月23日アメリカ、イリノイ州ウェストチェスター生まれ。ノースウェスタン大学で演劇を専攻した後に…

映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』岡田准一/木村文乃/平手友梨奈/安藤政信/黒瀬純/好井まさお/橋本マナミ/宮川大輔/山本美月/佐藤二朗/井之脇海/安田顕/佐藤浩市/堤真一 ザ・ファブル 殺さない殺し屋

人気シリーズ第2弾となる本作は、高度なアクションシーンとコミカルなシーンはそのままに、世界観がよりダークになっていて…

映画『スプリー』ジョー・キーリー ジョー・キーリー

1992年4月24日生まれ。アメリカ、マサチューセッツ州ボストン出身。高校時代に、姉に付き添って参加した…

映画『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』エミリー・ブラント/ノア・ジュプ クワイエット・プレイス 破られた沈黙

物語は前作の続きとなっていて、今作では子ども達が大活躍します。母エヴリン、長女のリーガン、長男のマーカスは、生まれたばかりの末っ子を連れて…

シネマ歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒』 シネマ歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒』3組6名様 東劇限定鑑賞券プレゼント

シネマ歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒』3組6名様 東劇限定鑑賞券プレゼント

映画『彼女来来』山西竜矢監督インタビュー 『彼女来来』山西竜矢監督インタビュー

今回は、俳優、脚本家、演出家、映画監督として幅広く活躍中の山西竜矢監督にリモートインタビューをさせて頂きました。舞台を中心に活動をされてきた山西さんは、今回長編映画で初監督を務められましたが、映画と演劇との違いや、今作『彼女来来』の謎めいた要素の裏にどんな意図があったのかなどお聞きしました。

Netflix映画『彼女』水原希子/田中哲司 水原希子(みずはら きこ)

1990年10月15日アメリカ生まれ。日本語、英語、韓国語を話すトライリンガル。俳優、モデル、デザイナーとして…

【DC展 スーパーヒーローの誕生】 6月25日より開催の【DC展 スーパーヒーローの誕生】開催記念グッズやDCコラボレーションメニュー発表

DCの特別総合展【DC展 スーパーヒーローの誕生】が、2021年6月25日(金)〜9月5日(日)の期間、東京シティビューにて開催。その展覧会開催を記念したグッズやコラボレーションメニューをご紹介。

部活・イベント

  1. 映画『まともじゃないのは君も一緒』成田凌/清原果耶
  2. 映画『映画 えんとつ町のプペル』原作:西野亮廣
  3. 映画『パピチャ 未来へのランウェイ』リナ・クードリ/シリン・ブティラほか
  4. トーキョー女子映画部主宰:マイソン アバターイラスト10周年
  5. 映画『スキャンダル』シャーリーズ・セロン/ニコール・キッドマン/マーゴット・ロビー

おすすめ記事

映画『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』ビル・スカルスガルド 映画好きとして観ておきたい映画ランキング:シリーズもの“洋画ホラー、スリラー、サスペンス、ダークファンタジー編”

今回は、編集部独断で選抜した洋画シリーズ、ホラー、スリラー、サスペンス、ダークファンタジーについてアンケートを実施し、ランキングを出しました。ぜひ参考にしてみてください!

映画『インターステラー』マシュー・マコノヒー 映画好き女子が“もう一度、映画館で観たい”映画特集3:SF&ファンタジー編

今回は、SF&ファンタジー編!迫力あるシーンや美しい映像がたくさん登場するSF&ファンタジー作品ですが、今回はどんな作品が挙がったのでしょうか?

映画『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』トム・クルーズ 映画好きとして観ておきたい映画ランキング:シリーズもの“洋画アクション編”

今回は、編集部独断で選抜した洋画シリーズアクション編(アニメーションを除く)についてアンケートを実施し、ランキングを出しました。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』マイケル・J・フォックス/クリストファー・ロイド 映画好きとして観ておきたい映画ランキング:シリーズもの“洋画SF&ファンタジー&アドベンチャー編”

映画好き女子がシリーズ作品をどれくらい観ているのかという観点から、映画好きとして観ておきたい作品を検証。今回は、洋画のシリーズもので、SF、ファンタジー、アドベンチャー作品についてアンケートを実施し、ランキングを出しました。

映画『君の名は。』 【今さら観てないなんて言いづらい映画】映画好き女子の鑑賞実態調査

記録的な興行収入を叩き出した作品の中には社会的に大きなムーブメントを起こした作品もありますが、今回は映画好き女子がそういった作品をどのくらい観ているのか部員の皆さんに聞いてみました。

映画『まともじゃないのは君も一緒』成田凌/清原果耶 『まともじゃないのは君も一緒』を観た女子が到達した“まともな恋愛”の定義とは?

“普通(まとも)”がわからない予備校講師と、“普通”をわかったつもりの女子高生が、普通の恋愛とはどんなものかを探求していく『まともじゃないのは君も一緒』。本作を観ると答えに辿り着けるのか、映画好き女子の皆さんと座談会を行いました。「私だったら、あの選択はしない」「私も彼女と同じようにするかも」など、いろいろな意見、解釈が飛び交いました!

映画『レ・ミゼラブル』ヒュー・ジャックマン 映画好き女子が“もう一度、映画館で観たい”映画特集2:音楽&ラブロマンス編

今回は、音楽&ラブロマンス編です。音楽にまつわる伝記映画やミュージカル作品、そして思わず胸がキュンとしてしまう恋愛映画はたくさんありますが、部員の皆さんがスクリーンで堪能したい作品としてどんな映画が挙がったのでしょうか?

映画『1917 命をかけた伝令』ジョージ・マッケイ 映画好き女子が“もう一度、映画館で観たい”映画特集1:アクション&コメディ編

今回は、部員の皆さんにデジタル配信やDVDでも観られるけれど、やっぱり映画館で観るのが1番と思える作品を聞いてみました。まずはアクション&コメディ編をご紹介。

映画『美女と野獣』エマ・ワトソン 女子も惚れてしまう恋愛ヒロイン女優:海外編

映画には数々の恋愛ヒロインが登場しますが、中には同性目線でも惚れてしまうほど素敵なヒロインがたくさんいます。今回は、編集部独断で恋愛ヒロインを演じてきたハリウッド女優30名を選抜し、正式部員の皆さんに投票いただきました。

映画『WAR ウォー!!』リティク・ローシャン/タイガー・シュロフ 過小評価されていると思う映画特集:アクション&コメディ編

今回は皆さんが過小評価されていると感じる映画アクション&コメディ編をご紹介!

REVIEW

  1. 映画『ももいろそらを』池田愛
  2. 映画『RUN/ラン』サラ・ポールソン/キーラ・アレン
    RUN/ラン

  3. 映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』岡田准一/木村文乃/平手友梨奈/安藤政信/黒瀬純/好井まさお/橋本マナミ/宮川大輔/山本美月/佐藤二朗/井之脇海/安田顕/佐藤浩市/堤真一
  4. 映画『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』エミリー・ブラント/ノア・ジュプ
  5. 映画『逃げた女』キム・ミニ/ソン・ソンミ
    逃げた女

  6. 映画『漁港の肉子ちゃん』
  7. 映画『彼女来来』前原滉/奈緒
    彼女来来

  8. 映画『青葉家のテーブル』西田尚美/栗林藍希/寄川歌太/忍成修吾
  9. 映画『47歳 人生のステータス』ベン・スティラー/オースティン・エイブラムス
  10. 映画『キャラクター』菅田将暉/Fukase(SEKAI NO OWARI)
PAGE TOP