学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画30:お酒を楽しく飲むために知っておきたいアルコール依存の心理学的メカニズム

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『ビーチ・バム まじめに不真面目』マシュー・マコノヒー

「酒は飲んでも飲まれるな」という言葉がありますが、酒に飲まれたなと見受けられる人は街中でよく見かけます。適度に嗜む程度なら良いですが、アルコール依存になると苦労します。そこで今回はアルコール依存に陥る心理学的メカニズムをご紹介します。

ほんとにそれ、楽しくて飲んでる?

酒と女とドラッグに溺れる天才詩人が主人公の『ビーチ・バム まじめに不真面目』という映画があります。マシュー・マコノヒーが演じる主人公ムーンドッグの破天荒な生き様が魅力的な作品で、本作を観ていると、酒を手放せなくても自由に楽しく生きていけそうな気がします。この映画は楽しく観ていただきつつ、ここでは視点を変えて、彼は本当に楽しいだけで飲んでいるのかを考えてみます。

映画『ビーチ・バム まじめに不真面目』マシュー・マコノヒー

アルコール依存になるメカニズムについては、認知行動理論や、ジークムント・フロイトが創始した精神分析の視点といった心理学的な立場によって見解が複数あります。精神分析的説明では、「患者は不安定な幼児期を過ごし、物質を自己摂取する傾向がある。アルコール濫用は自慰行為と同等か、不安衝動に対する防衛や口唇期への退行の表現でもある。過度に懲罰的な超自我をもつ可能性もある(丹野他, 2015)」とあります。ここでいう物質というのは、依存性物質のことで、薬物やアルコールの他、カフェイン含有飲料や医師から処方される薬の一部も含まれます。

口唇期というのは、フロイトによって提唱された精神性的発達論の第1段階のことです。生後から1歳半を口唇期、1歳半から3歳までを肛門期、3歳から5歳を男根期、6歳から12歳を潜伏期、思春期以降を性器期として、各発達段階に特徴的な性格傾向があるとした理論です。口唇期は授乳や食物摂取に伴う唇、口腔、その周辺のリビドー興奮が性的な快感と結びつき、この時期に固着がある人は口唇性格と呼ばれ、体内化(呑み込み)、取り入れ(摂取)、投影、否認がこの時期特有の防衛機制とされています(丹野他, 2015)。『ビーチ・バム まじめに不真面目』の場合は、幼少期の物語が描かれていないのでこの理論に通じるところがあるのかはわかりませんが、ただお酒が好きという以上の何かが作用しているのかもしれません。

次に認知行動理論では、アルコール依存のメカニズムをどのように定義しているのか見てみましょう。認知行動的アプローチでは、期待理論、緊張低減理論、モデリング理論、バランス理論、ストレスへのコーピング理論があります。

■期待理論:人は飲酒を開始する前から酒や飲酒に対する情報だけでなく期待も持っており、飲酒経験が増加するにつれて、その期待は定着し、飲酒量が多い人ほどアルコールの悪い作用よりも良い作用への期待が高まる。この衝動は薬理作用だけではなく、認知的な期待によるところが大きい。期待には自己効力期待と結果期待に分ける考え方もあり、例えば酒を飲むと気が大きくなるというのは、自己効力期待の高まりを意味し、不適切な行為をしてしまった場合は酒のせいにできるので、それもまた自己効力感を高めてしまう。また飲酒は何らかの行為が成功する予想確率を高めるため、例えば対人不安が強い人は飲酒によって社交がうまくいくという予想確率が高まるとしたら、緊張と不安が低減され飲酒が続く。
■緊張低減理論:アルコールの薬理作用によって実際に緊張や不安が低減する可能性は高く、依存が形成されてしまうと離脱症状による不快感を低減するために飲酒し続けることもある。
■モデリング理論:飲酒には観察と模倣が大きく影響する。家族や所属する集団、社会の飲酒文化へのモデリングが考えられる。
■バランス理論:飲酒を抑制する要素と飲酒を促進する要素を天秤にかけ、促進要素が勝っている人は飲み続ける。
■ストレスへのコーピング理論:さまざまなストレスに対処するために依存が起こる。

丹野他(2015)

映画『ビーチ・バム まじめに不真面目』マシュー・マコノヒー

これらの理論をもとに『ビーチ・バム まじめに不真面目』の主人公を観察してみると、見た目の陽気さとは裏腹に、彼の苦悩も見えてくるような気がします。映画では彼の苦労話のようなシーンはあまりありませんが、現実的な物語に置きかえて考えると、さまざまなストレスがあり、大きな出来事も起こるので、ただ楽しくて飲んでるわけではないのかもしれません。

もし身近にアルコール依存が心配な方がいたら、表面的なことだけでなく、さまざまな角度から依存を引き起こしている問題がないか見てみてください。アルコール依存のリハビリテーションも複数あるので、助けを得ることも有効だと思います。そしてご自身もお酒の量も飲酒の頻度も増えてきたなと思ったら、何か無意識にストレスを感じていることがないかなど、振り返ってみてください。問題をお酒で解決せずに、お酒はぜひ楽しむために飲んでください。

<参考・引用文献>
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣

映画『ビーチ・バム まじめに不真面目』マシュー・マコノヒー

『ビーチ・バム まじめに不真面目』
2021年4月30日より全国順次公開

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

ものすごくぶっ飛んだストーリーなので悲壮感がないのですが、よくよく考えると、主人公にはいろいろなことが起きていて、主人公の飲みたくなる気持ちもわかるんですよね。

© 2019 BEACH BUM FILM HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『THE MONKEY/ザ・モンキー』クリスチャン・コンヴェリー THE MONKEY/ザ・モンキー【レビュー】

怖いはずなのにどこか可笑しい絶妙なバランスの本作は、スティーヴン・キングの短編を原作としています…

映画『戦争と女の顔』ヴィクトリア・ミロシニチェンコ ヴィクトリア・ミロシニチェンコ【ギャラリー/出演作一覧】

1994年5月17日生まれ。ロシア出身。

映画『ファンファーレ!ふたつの音』エマニュエル・クールコル監督インタビュー 『ファンファーレ!ふたつの音』エマニュエル・クールコル監督インタビュー

フランスで3週連続NO.1(仏映画興収/実写映画において)を獲得し、260万人動員の大ヒットを記録した話題作『ファンファーレ!ふたつの音』。今回は本作のエマニュエル・クールコル監督にインタビューさせていただきました。

映画『ひゃくえむ。』 ひゃくえむ。【レビュー】

魚豊著の『チ。 ―地球の運動について―』がすごく好きなので、絶対に本作も…

映画『お嬢と番犬くん』櫻井海音 櫻井海音【ギャラリー/出演作一覧】

2001年4月13日生まれ。東京都出身。

映画『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』ビル・スカルスガルド ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝【レビュー】

実に楽しい!良い意味で「なんじゃこりゃ?」というハチャメチャなノリなのに…

ポッドキャスト:トーキョー女子映画部チャンネルアイキャッチ202509 ポッドキャスト【トーキョー女子映画部チャンネル】お悩み相談「どうしたらいい出会いがありますか?」他

今回は、正式部員の皆さんからいただいたお悩み相談の中から、下記のお2人のお悩みをピックアップして、マイソンなりにお答えしています。最後にチラッと映画の紹介もしています。

映画『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ベニチオ・デル・トロ/ミア・スレアプレトン/マイケル・セラ ザ・ザ・コルダのフェニキア計画【レビュー】

REVIEWこれぞウェス・アンダーソン監督作という、何から何までかわいい世界観でありながら…

映画『宝島』部活:座談会/大友啓史監督 この映画で問いかけたい「宝」とは…大友啓史監督と語ろう『宝島』部活リポート後編

前回に引き続き今回は映画『宝島』の部活リポートをお届けします。後編では、事前に正式部員の方々にお答えいただいたアンケート結果について議論しました。今回も熱いトークが繰り広げられています!

映画『こんな事があった』前田旺志郎/窪塚愛流 こんな事があった【レビュー】

2021年夏の福島を舞台に、主人公の17歳の青年のほか、震災後も苦悩しながら生きる人々の姿を…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『宝島』部活:座談会/大友啓史監督 この映画で問いかけたい「宝」とは…大友啓史監督と語ろう『宝島』部活リポート後編

前回に引き続き今回は映画『宝島』の部活リポートをお届けします。後編では、事前に正式部員の方々にお答えいただいたアンケート結果について議論しました。今回も熱いトークが繰り広げられています!

映画『宝島』部活:座談会/大友啓史監督 ファストムービー時代の真逆を行こうと覚悟を決めた!大友啓史監督と語ろう『宝島』部活リポート前編

『るろうに剣心』シリーズ、『レジェンド&バタフライ』などを手掛けた大友啓史監督が<沖縄がアメリカだった時代>を描いた映画『宝島』。今回、当部の部活史上初めて監督ご本人にご参加いただき、映画好きの皆さんと一緒に本作について語っていただきました。

映画『宝島』妻夫木聡/広瀬すず/窪田正孝 沖縄がアメリカ統治下だったことについてどう思う?『宝島』アンケート特集

【大友啓史監督 × 妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太】のタッグにより、混沌とした時代を自由を求めて全力で駆け抜けた若者達の姿を描く『宝島』が9月19日より劇場公開されます。この度トーキョー女子映画部では、『宝島』を応援すべく、正式部員の皆さんに同作にちなんだアンケートを実施しました。

学び・メンタルヘルス

  1. 映画『ふつうの子ども』嶋田鉄太/瑠璃
  2. 映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』マイケル・ファスベンダー
  3. 映画『バーバラと心の巨人』マディソン・ウルフ

REVIEW

  1. 映画『THE MONKEY/ザ・モンキー』クリスチャン・コンヴェリー
  2. 映画『ひゃくえむ。』
  3. 映画『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』ビル・スカルスガルド
  4. 映画『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ベニチオ・デル・トロ/ミア・スレアプレトン/マイケル・セラ
  5. 映画『こんな事があった』前田旺志郎/窪塚愛流

PRESENT

  1. 映画『ホーリー・カウ』クレマン・ファヴォー
  2. 映画『ぼくらの居場所』リアム・ディアス/エッセンス・フォックス/アンナ・クレア・ベイテル
  3. 映画『ミーツ・ザ・ワールド』杉咲花/南琴奈/板垣李光人
PAGE TOP