学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画31:気付かれづらい虐待【代理ミュンヒハウゼン症候群】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『RUN/ラン』サラ・ポールソン/キーラ・アレン

※ネタバレ注意!『RUN/ラン』

皆さんは、ミュンヒハウゼン症候群という言葉を聞いたことはありますか?これは、身体的または心理的な徴候や症状をねつ造したり、外傷や疾病を意図的に誘発し病気を装う人の精神疾患で、作為症ともいわれています。そして、子どもなど自分以外の人物に対して、病気のねつ造をしたり、実際にはない症状を訴えて不必要な検査や治療を受けさせるような行為をする場合は、代理ミュンヒハウゼン症候群といわれます。今回は、代理ミュンヒハウゼン症候群の母親の狂気を描いた『RUN/ラン』をご紹介します。

映画『RUN/ラン』キーラ・アレン

代理ミュンヒハウゼン症候群は、虐待の一種です。厚生労働省によると、代理ミュンヒハウゼン症候群(Munchausen Syndrome by Proxy,以下MSBP)とは、「両親または養育者によって,子どもに病的な状態が持続的に作られ,医師がその子どもにはさまざまな検査や治療が必要であると誤診するような,巧妙な虚偽や症状の捏造によって作られる子ども虐待の特異な形」と定義されています。

加害者は母親が多いとされており、医師や周囲の人には熱心に子どもの看病をする母親像をアピールし「この人がそんなことをするはずがない」と思わせる(日本小児科学会,2006)ので、発見が難しいようです。子ども自身も親や養育者を信用していたら、まさかそんなことを自分にしているとは思わないでしょう。

『RUN/ラン』にはまさに代理ミュンヒハウゼン症候群の典型的な特徴が描かれています。最初、母ダイアンと娘クロエは仲睦まじく暮らしています。でも、ある日ひょんなことからクロエは母に不信感を抱き、そこから自分に何が起こっているのかを探ろうと行動を起こします。ただ、ダイアンは母親という立場があるので、言葉巧みに周囲の大人に嘘をつき、クロエが真相にたどり着くのを防ぐので簡単には解決に至りません。

映画『RUN/ラン』キーラ・アレン

それでもクロエが真相に気付く方法はないわけではなく、母から与えられた薬を飲まないようにしたことで異変に気付き、母への疑惑は確信に変わっていきます。実際のケースでも、加害者である養育者から離れると子どもの症状が落ち着くといわれています。そうさせないために養育者はピッタリと子どもに貼り付こうとするわけですね。

心理的なメカニズムとしては、重度の病を抱える子どもを献身的に世話をする保護者として見られ、子どもや医療システムを支配する満足感が働いていると考えられています(厚生労働省)。そして、これは養育者が子どもに対して行うケースだけでなく、親やペットに向けて行われることもあります。

ここからは私の見解ですが、前述の心理的メカニズムに加えて、他者を病気にして自分が献身的に介護することでその相手からも必要とされ、周囲からも患者にとって必要な人と思われることに自分の存在意義を感じたり、被害者との切れない関係を確保しコントロールできることで孤独を払拭し、加害者は安心感を得ているのかもしれません。『RUN/ラン』のダイアンのように娘への愛情だと思い込んでいることもありえると考えると余計に厄介で、子どもが真相に気付かず、親の愛情を信じている場合は、第三者が介入できなくなります。そうした背景も多少関係しているのかもしれませんが、症例数としては少なく、研究数もかなり少ないので(Googleスカラーで期間指定なし、日本語&英語の論文で検索すると約91件のみヒット)、まだまだ解明されていないことがありそうです。

<参考・引用文献>
厚生労働省「第13章 特別な視点が必要な事例への対応」245-246
日本小児科学会(2006)「子ども虐待問題プロジェクト 8.代理によるミュンヒハウゼン症候群(Munchausen Syndrome by proxy,MSBP)

映画『RUN/ラン』サラ・ポールソン/キーラ・アレン

『RUN/ラン』
2021年6月18日より全国公開

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

身体が不自由な子どもがいかに八方ふさがりで恐ろしい状況下に置かれているかがわかるストーリーです。

© 2020 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

『ルイの9番目の人生』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
DVDレンタル・発売中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

代理ミュンヒハウゼン症候群の背景に、さらに複雑な人間模様が描かれています。

ルイの9番目の人生(字幕版)

『シックス・センス』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

コール少年が“見える”ある少女は、代理ミュンヒハウゼン症候群の被害者でコール少年に真相を訴えかけます。

シックス・センス (字幕版)

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『旅と日々』シム · ウンギョン/堤真一 旅と日々【レビュー】

つげ義春の「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作に、『ケイコ 目を澄ませて』『夜明けのすべて』などを手がけた三宅唱監督が映画化…

映画『風のマジム』肥後克広 肥後克広【ギャラリー/出演作一覧】

1963年3月15日生まれ。沖縄県出身。

【20周年記念ボイスシネマ声優口演ライブ2025】羽佐間道夫、山寺宏一ほか 人気声優達が真剣勝負!会場が終始笑いに包まれた【20周年記念ボイスシネマ声優口演ライブ2025】本番リポート

発起人である羽佐間道夫のもと、山寺宏一、林原めぐみほか錚々たる人気声優達がズラリと顔を揃えたライブは今年で20周年を迎えました…

映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』ホン・サビン/シン・ジュヒョブ あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。【レビュー】

物語の始まりは、1995年の韓国、テグ。学校でいじめられていたドンジュン…

映画『8番出口』河内大和 河内大和【ギャラリー/出演作一覧】

1978年12月3日生まれ。山口県出身。

映画『キル・ビル Vol.2』ユマ・サーマン 俳優ファミリー特集Vol.2

親子、兄弟姉妹、親戚揃って活躍する俳優達をご紹介するシリーズ第2弾をお届けします。

映画『TOKYOタクシー』オリジナルパラパラメモ 『TOKYOタクシー』オリジナルパラパラメモ 3名様プレゼント

映画『TOKYOタクシー』オリジナルパラパラメモ 3名様プレゼント

映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』吉永小百合 てっぺんの向こうにあなたがいる【レビュー】

女性初、エベレスト登頂に成功した、登山家の田部井淳子氏による著書「人生、山あり“時々”谷あり」を原案として映画化された本作は、実話を基にしたフィクション…

ポッドキャスト:トーキョー女子映画部チャンネルアイキャッチ202509 ポッドキャスト【トーキョー女子映画部チャンネル】お悩み相談「映画アカウントで自分らしい距離感やペースをどう整えていけばいい?」

正式部員さんからいただいたSNSについてのお悩み相談におこたえしました。後半は…

映画『トロン:アレス』グレタ・リー グレタ・リー【ギャラリー/出演作一覧】

1983年3月7日生まれ。アメリカ生まれ。

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画学ゼミ2025年11月募集用 AI時代における人間らしさの探求【映画学ゼミ第2回】参加者募集!

ネット化が進み、AIが普及しつつある現代社会で、人間らしさを実感できる映画鑑賞と人間にまつわる神秘を一緒に探求しませんか?

映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』ウェス・アンダーソン監督 映画好きが選んだウェス・アンダーソン監督人気作品ランキング

今回は、ウェス・アンダーソン監督作品を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。人気作品が多くあるなか、上位にランクインしたのは?

AXA生命保険お金のセミナー20251106ver3 11月6日開催:トーキョー女子映画部マイソンと学ぶ【明るい未来のための将来設計とお金の基本講座】(スイーツとお飲み物付)女性限定ご招待!

本セミナーでは、「NISA・iDeCoなどの資産形成」「子どもの教育資金」「将来受け取る年金」「住宅購入・住宅ローン」「保険」など、将来に役立つお金の知識や情報、仕組みやルールについて、ファイナンシャルプランナーの先生が初めての方でもわかりやすく優しく教えてくれます。

学び・メンタルヘルス

  1. 映画学ゼミ2025年11月募集用
  2. 映画『おーい、応為』長澤まさみ
  3. AXA生命保険お金のセミナー20251106ver3

REVIEW

  1. 映画『旅と日々』シム · ウンギョン/堤真一
  2. 映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』ホン・サビン/シン・ジュヒョブ
  3. 映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』吉永小百合
  4. 映画『盤上の向日葵』坂口健太郎/渡辺謙
  5. 映画『女性の休日』

PRESENT

  1. 映画『TOKYOタクシー』オリジナルパラパラメモ
  2. トーキョー女子映画部ロゴ
    プレゼント

PAGE TOP