学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画38:なぜ連続殺人犯の獲物になってしまうのか【単純接触効果と処理の流暢性】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『死刑にいたる病』阿部サダヲ

ネタバレ注意!『死刑にいたる病』

後味の悪さが印象的な映画『死刑にいたる病』は、何人もの若者の命を奪い、ようやく投獄された連続殺人犯が、獄中にいてもなお人の心を操り、異常な欲望を満たしていく様を描いています。本作を観ると、なぜ若者達は連続殺人犯の榛村(阿部サダヲ)を信じてしまったのか、そのメカニズムが気になる方もいるのではないでしょうか。今回は、そのメカニズムを心理学の観点から考察します。

榛村は若者達を生きたまま連れ去り、拷問の末に殺害するサイコキラーです。でも、表の顔はベーカリーショップの店長で、お客さんや近所の人には好印象を持たれています。

映画『死刑にいたる病』阿部サダヲ

劇中では、彼が若者達(被害者)をどうやって懐柔したかが明かされており、これは子どもに対する性暴力、性虐待で使われる手口“グルーミング”と似ています。

榛村は真面目で大人しく、1人でいることが多い、頭の良さそうな子をターゲットにします。そして、偶然を装ったりして会う頻度を高めます。この“よく会う”というのがミソで、ここでターゲットにされた子には単純接触効果が起こっていると思われます。

単純接触効果とは、「はじめて接する新奇な対象に繰り返し接することにより、その対象に対する好意が上昇する」状態をさし、「もともと好きでも嫌いでもないような中庸な刺激に対して生じる現象」だとされています(池田ほか,2019)。まさに、ターゲットにされた子にとっては、榛村はただの店員か道で会っただけのおじさんで、中庸な刺激に該当する存在であることからも、単純接触効果が働きやすいと考えられます。

映画『死刑にいたる病』阿部サダヲ

では、単純接触効果はどんなメカニズムで起こるのかというと、諸説あるとされています。ただ、基本的には何度も接触することで、その刺激となる対象について、どういう人物かを判断する処理が容易になること、つまり“処理の流暢性”が、親近感を湧かせ、好意を抱かせる要因になっていると考えられています(池田ほか,2019)。榛村はまずターゲットに何度も会い、最初しばらくは優しく接します。だから、ターゲットにされた子には、「この人は優しい人」というイメージが植え付けられ、ある時点で榛村が危険な人物かはジャッジしなくなるのでしょう。

榛村が1人でいることが多い、頭の良さそうな子を選んでいる点もポイントです。恐らく、ターゲットにされた子は普段物事をよく観察し、分析し、どちらかというと警戒心が強いタイプでしょう。だからこそ、一旦「この人は大丈夫」と判断してしまったら、余計に警戒心を解いてしまう可能性はあります。さらに彼等は1人でいることが多く、頭が良いので自分の判断で行動し、誰かに相談するということもあまりなさそうなので、榛村にとっては絶好のターゲットになってしまいます。

映画『死刑にいたる病』岡田健史

獄中の榛村から手紙をもらったことによって、独自に事件を調査することとなる雅也(岡田健史)も、ターゲットにされた子達と同じ特徴を持っています。雅也は自分の記憶にある榛村のイメージと、連続殺人犯として投獄されている紛れもない事実の狭間で揺れ動きながら、ある真相を突き詰めようと奔走します。雅也が思慮深い人間で、榛村に対して親近感と警戒心を併せ持っていることはシーンから伝わってきます。でも、最終的に知らぬ間に榛村の術中にハマってしまう背景には、別のキャラクターにおける“単純接触効果と処理の流暢性”が働いていたと解釈できます。榛村が雅也に対して下した手口はとても巧妙でしたが、メカニズムはとてもシンプルです。

これは誰にでもできる簡単な手口なので、「自分は騙されない」「自分は大丈夫」と思ってしまいそうですね。でも、油断は禁物。悪いことに巻き込まれないように、こういった心理現象があると念頭におき、“よく会うけど、よく知らない人物”には気を付けましょう。

<参考・引用文献>
池田謙一、唐沢穣、工藤恵理子、村本由紀子(2019)「社会心理学[補訂版]」有斐閣

映画『死刑にいたる病』阿部サダヲ/岡田健史/岩田剛典/中山美穂

『死刑にいたる病』
2022年5月6日より全国公開中
PG-12

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

「そっちか〜!」となる結末(笑)。どんなに警戒していても、油断を招く穴はあることがわかります。

©2022映画「死刑にいたる病」製作委員会

『クリーピー 偽りの隣人』
Amazonプライムビデオにて配信中
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
R-15+

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

相手は隣人という逃れにくい状況がなお怖いです。

Amazonプライムビデオで観る

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『レイブンズ』瀧内公美さんインタビュー 『レイブンズ』瀧内公美さんインタビュー

写真家、深瀬昌久の78年に渡る波瀾万丈の人生を、実話とフィクションを織り交ぜて描いた映画『レイブンズ』。今回は本作で、深瀬昌久の最愛の妻であり被写体でもあった洋子役を演じた瀧内公美さんにインタビューさせていただきました。

映画『ミッキー17』ロバート・パティンソン ミッキー17【レビュー】

『パラサイト 半地下の家族』で第92回アカデミー賞(作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞)を受賞したポン・ジュノ監督(脚本、製作を兼務)が、この度制作したハリウッド映画は…

映画『ANORA アノーラ』マイキー・マディソン マイキー・マディソン【ギャラリー/出演作一覧】

1999年3月25日生まれ。アメリカ出身。

映画『BAUS 映画から船出した映画館』染谷将太 BAUS 映画から船出した映画館【レビュー】

2014年、東京都、吉祥寺の映画館“バウスシアター”が閉館となりました。本作は、この映画館を親の代から運営してきた本田拓夫著…

映画『白雪姫』レイチェル・ゼグラー 白雪姫【レビュー】

1937年に製作されたディズニーの『白雪姫』は、世界初のカラー長編アニメーションであり、ウォルト・ディズニー・スタジオの原点とされています…

映画『ニンジャバットマン対ヤクザリーグ』 ニンジャバットマン対ヤクザリーグ【レビュー】

バットマン・ファミリーが戦国時代の歴史改変を食い止めた『ニンジャバットマン』の続編…

【映画でSEL】森林の中で穏やかな表情で立つ女性 自分を知ることからすべてが始まる【映画でSEL】

SEL(社会性と情動の学習)で伸ばそうとする社会的能力の一つに「自己への気づき」があります。他者を知るにも、共感するにも、自己をコントロールするにも、そもそも自分のことを全く理解していなければ始まりません。

映画『悪い夏』北村匠海 悪い夏【レビュー】

染井為人著の原作小説は、「クズとワルしか出てこない」と話題を呼び、第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しています。映画化の際には…

映画『女神降臨 Before 高校デビュー編』Kōki,/渡邊圭祐/綱啓永 女神降臨 Before 高校デビュー編【レビュー】

本作は、縦スクロール形式のデジタルコミック“webtoon”で人気を博したyaongyi(ヤオンイ)作の同名コミックを原作としています…

映画『教皇選挙』レイフ・ファインズ 教皇選挙【レビュー】

圧倒されっぱなしの120分でした。教皇に“ふさわしい”人間の境界線をテーマに、神に仕える聖職者達の言動、ひいては人格を通して…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『キングダム 大将軍の帰還』山﨑賢人/吉沢亮/橋本環奈/清野菜名/吉川晃司/小栗旬/大沢たかお 映画好きが選んだ2024邦画ベスト

正式部員の皆さんに2024年の邦画ベストを選んでいただきました。2024年の邦画ベストはどの作品になったのでしょうか?

映画『セトウツミ』池松壮亮/菅田将暉 映画好きが推すとっておきの映画を紹介【名作掘り起こし隊】Vol.4

このコーナーでは、映画業界を応援する活動として、埋もれた名作に再び光を当てるべく、正式部員の皆さんから寄せられた名作をご紹介していきます。

映画『オッペンハイマー』キリアン・マーフィー 映画好きが選んだ2024洋画ベスト

正式部員の皆さんに2024年の洋画ベストを選んでいただきました。2024年の洋画ベストに輝いたのはどの作品でしょうか!?

学び・メンタルヘルス

  1. 【映画でSEL】森林の中で穏やかな表情で立つ女性
  2. 映画『風たちの学校』
  3. 【映画でSEL】海辺の朝日に向かって手を広げる女性の後ろ姿

REVIEW

  1. 映画『ミッキー17』ロバート・パティンソン
  2. 映画『BAUS 映画から船出した映画館』染谷将太
  3. 映画『白雪姫』レイチェル・ゼグラー
  4. 映画『ニンジャバットマン対ヤクザリーグ』
  5. 映画『悪い夏』北村匠海

PRESENT

  1. 映画『ガール・ウィズ・ニードル』ヴィク・カーメン
  2. 映画『私の親愛なるフーバオ』
  3. 映画『デュオ 1/2のピアニスト』カミーユ・ラザ/メラニー・ロベール
PAGE TOP