学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画41:推理映画のトリックにハマる認知のカラクリ

  • follow us in feedly
  • RSS
Netflx映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』エドワード・ノートン/キャスリン・ハーン/レスリー・オドム・Jr/ケイト・ハドソン/マデリン・クライン

騙されるのが心地良く楽しい推理映画。推理映画にはストーリー自体にトリックがあるのはもちろんですが、映像になることで効いてくるトリックもあります。今回は、認知心理学の観点から、記憶が歪められてしまう心理的効果をご紹介します。

犯罪サスペンスでは目撃者の証言が重要な手がかりとして描かれます。実際の捜査でも当然ながら目撃者の証言は重視されていて、その証言がどこまで信用できるものであるかを見極めるため、同時に冤罪を防ぐ目的も含めて、さまざまな研究が行われています。推理映画の鑑賞者も、いわば目撃者と同じ目線で観ているということで、ここでは目撃者に及ぼされる代表的な心理的効果について述べます。

【凶器注目効果 weapon focus effect】

映画『ナイル殺人事件』ケネス・ブラナー
『ナイル殺人事件』

箱田ほか(2010)によると、凶器注目効果は「犯罪現場を目撃したにもかかわらず、ストレスの影響で、銃やナイフといった凶器のことしかはっきりと憶えていないこと」と定義されています。つまり、目撃者は凶器を見た瞬間に、意識が凶器に集中して、犯人の顔や服装はあまり憶えていない状況になるということです。

この背景にある要因の1つとして、“視野狭窄”を唱える学者がいます。視野狭窄とは「一般に、情動的なストレスによって注意の範囲が狭められる」ことをいいます。凶器については「詳細に処理される」けれど、「周辺的情報は見逃されやす」くなるということです。
一方で、情動だけでなく、その場にその物体があることが異質であるかどうかという異質性や、凶器の形状が“凶器注目効果”に関わっているという学説もあります。例えば、台所に包丁があるのは自然ですが、銀行に包丁があるのは不自然です。そういう異質な状況で“凶器注目効果”が働くということです。形状については、例えば包丁の中でも鋭利なほうが“凶器注目効果”が起こりやすいと結論づけた研究もあります。(箱田ほか,2010)

“凶器注目効果”については、本当の目撃者と、映画の観客とでは条件が異なるので、観客は目撃者ほど“凶器注目効果”の影響を受けることはないでしょう。ただ、緊張感が漂う犯罪シーンでは誰がどんな被害に遭ってしまうのかなど、緊張感を持って観ていると思います。そうなると観客は安全な場所で映画を観ているとはいえ、つぶさにシーンを観察できているとはいえないかもしれません。

また、犯人にフォーカスしているシーン、被害者になりうる人物にフォーカスしているシーン、全体を俯瞰できるシーンというように、犯罪シーンの撮り方によっても得られる情報が変わります。監督や脚本家がどこまで意図して作っているのかにも寄りますが、シーンの撮り方にももしかしたらヒントが隠されているかもしれないですね。

【誤導情報効果 misleading information effect】

Netflx映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』エドワード・ノートン
『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』

誤導情報効果とは、事後に提示された情報が記憶に影響を及ぼし、思い違いを引き起こすことをいいます(箱田ほか,2010)。

推理映画では、さまざまな手がかりが提示されていきます。そもそもストーリーや見せ方をトリッキーにして作られているので、手がかりの信用性は高いもの、低いものが混在していると考えられます。だから、劇中で提示された手がかりや、キャラクター達のセリフによって、私達観客の記憶は歪められているはず。

こういった人間の心理をうまくついた仕掛けがあればあるほど、推理映画は難解になっているのではないでしょうか。原作小説があるものはストーリーそのものが緻密に作られているのはもちろん、映画は視覚と聴覚を使うので、作り手の意識をどう向けるか、操作できる余地が増えます。そう考えると、推理ものは小説、映画でそれぞれ楽しめるのも頷けます。

<参考・引用文献>
箱田裕司・都築誉史・川畑秀明・萩原滋(2010)「認知心理学」有斐閣

Netflx映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』ダニエル・クレイグ/エドワード・ノートン/ジャネール・モネイ/デイヴ・バウティスタ/キャスリン・ハーン/レスリー・オドム・Jr/ケイト・ハドソン/ジェシカ・ヘンウィック/マデリン・クライン

『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』
2022年12月23日よりNetflixにて配信中

さまざまなキャラクターのセリフによっても、あなたの記憶が誘導されているかもしれないと思いながら、細部まで観察してみてください。

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

映画『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』ダニエル・クレイグ/クリス・エヴァンス/アナ・デ・アルマス/ジェイミー・リー・カーティス/トニ・コレット/ドン・ジョンソン/マイケル・シャノン/キース・スタンフィールド/キャサリン・ラングフォード/ジェイデン・マーテル/クリストファー・プラマー

『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』

キャラクター全員が怪しく見えるからこそ、最初から先入観を持ってしまうので、騙されちゃう部分もありますね。

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

Amazonプライムビデオで観る

Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
Photo Credit: Claire Folger

映画『ナイル殺人事件』ケネス・ブラナー/ガル・ガドット/アーミー・ハマー

『ナイル殺人事件』
Amazonプライムビデオにて配信中
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

小説とは異なり、キャラクターの服装や容姿なども具体化されるので、そういうところにも人間の心理をついた仕掛けが施しやすくなりそうです。

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

Amazonプライムビデオで観る

© 2022 20th Century Studios. All rights reserved

『オリエント急行殺人事件』
Amazonプライムビデオにて配信中
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

汽車という外界から切り離された空間が設定で使われている点にも、推理もの独特の心理的効果が狙いとして隠されていそうです。

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

Amazonプライムビデオで観る

© 2017Twentieth Century Fox Film Corporation

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『罪人たち』マイケル・B・ジョーダン/マイルズ・ケイトン 罪人たち【レビュー】

ライアン・クーグラー監督と、マイケル・B・ジョーダンの名コンビが贈る本作は、まず設定がとても…

映画『おばあちゃんと僕の約束』プッティポン・アッサラッタナクン/ウサー・セームカム おばあちゃんと僕の約束【レビュー】

『バッド・ジーニアス危険な天才たち』など数々の話題作を放ち、タイで勢いのあるスタジオとして注目を浴びるGDHが手がけた本作は…

映画『異端者の家』ソフィー・サッチャー ソフィー・サッチャー【ギャラリー/出演作一覧】

2000年10月18日生まれ。アメリカ、シカゴ出身。

映画『リライト』池田エライザ リライト【レビュー】

法条遥による同名小説を映画化した本作は、松居大悟監督とヨーロッパ企画の代表である上田誠が初タッグを組んだ作品です。“時間もの”作品で…

映画『親友かよ』アンソニー・ブイサレートピシットポン・エークポンピシット 親友らしい態度とは?『親友かよ』【映画でSEL(社会性と情動の学習)】

今回は『親友かよ』を取り上げ、親友らしい態度とは何かを考えます。

映画『サブスタンス』マーガレット・クアリー マーガレット・クアリー【ギャラリー/出演作一覧】

1994年10月23日生まれ。アメリカ出身。

映画『フロントライン』小栗旬/松坂桃李 フロントライン【レビュー】

2020年1月20日に横浜港を出港した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号では、その後、香港で下船した乗客が新型コロナウイルス感染症に罹患していることがわかり…

映画『プレデター:最凶頂上決戦』 プレデター:最凶頂上決戦【レビュー】

アニメーションとはいえ、さすが“プレデター”シリーズとあって、描写が激しく…

映画『女神降臨 Before 高校デビュー編』綱啓永 綱啓永【ギャラリー/出演作一覧】

1998年12月24日生まれ。千葉県出身。

映画『ラ・コシーナ/厨房』ラウル・ブリオネス/ルーニー・マーラ ラ・コシーナ/厨房【レビュー】

イギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーが書いた1959年初演の戯曲“調理場”を映画化した本作は…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』トム・クルーズ 映画好きが選んだトム・クルーズ人気作品ランキング

毎度さまざまな挑戦を続け、人気を博すハリウッドの大スター、トム・クルーズ。今回は、トム・クルーズ出演作品(日本劇場未公開作品を除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。

映画『プラダを着た悪魔』アン・ハサウェイ/メリル・ストリープ 元気が出るガールズムービーランキング【洋画編】

正式部員の皆さんに“元気が出るガールズムービー【洋画編】”をテーマに、好きな作品を選んでいただきました。果たしてどんな結果になったのでしょうか?

映画『キングダム 大将軍の帰還』山﨑賢人/吉沢亮/橋本環奈/清野菜名/吉川晃司/小栗旬/大沢たかお 映画好きが選んだ2024邦画ベスト

正式部員の皆さんに2024年の邦画ベストを選んでいただきました。2024年の邦画ベストはどの作品になったのでしょうか?

学び・メンタルヘルス

  1. 映画『親友かよ』アンソニー・ブイサレートピシットポン・エークポンピシット
  2. 映画『年少日記』
  3. 映画『か「」く「」し「」ご「」と「』奥平大兼/出口夏希/佐野晶哉(Aぇ! group)/菊池日菜子/早瀬憩

REVIEW

  1. 映画『罪人たち』マイケル・B・ジョーダン/マイルズ・ケイトン
  2. 映画『おばあちゃんと僕の約束』プッティポン・アッサラッタナクン/ウサー・セームカム
  3. 映画『リライト』池田エライザ
  4. 映画『フロントライン』小栗旬/松坂桃李
  5. 映画『プレデター:最凶頂上決戦』

PRESENT

  1. 映画『ババンババンバンバンパイア』吉沢亮/板垣李光人
  2. 映画『サンダーボルツ*』オリジナル ユニセックスクルーネック(M)
  3. 中国ドラマ『墨雨雲間〜美しき復讐〜』オリジナルQUOカード
PAGE TOP