REVIEW

映画で観る地獄のはじまりとおわり

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映画『理想郷』ドゥニ・メノーシェ/マリナ・フォイス

人間にとっての地獄はさまざまな形でこの世に存在します。今回は、2023年秋から年末にかけて劇場公開される作品の中から、地獄からの解放を描いた物語、地獄の始まりを描いた物語の両方をご紹介します。

弱者の封じ込め

悪い子バビー

映画『悪い子バビー』ニコラス・ホープ

2023年10月20日より全国順次公開
R-18+
監督・脚本:ロルフ・デ・ヒーア
出演:ニコラス・ホープ/クレア・ベニート/ラルフ・コッテリル/カーメル・ジョンソン
コピアポア・フィルム
公式サイト

映画『悪い子バビー』ニコラス・ホープ

REVIEW
1993年に作られた本作は、30年の時を経てようやく日本で公開されます。主人公のバビー(ニコラス・ホープ)は、35年間、母親に監禁されています。バビーは母親から外の空気は猛毒で汚染されていると聞かされ、信じていて、暗くて汚い部屋に住んでいます。物語の序盤では、監禁されているとも気付いていない、純粋で従順なバビーが母親から信じられない酷い仕打ちを受けている様子が描かれ、かなり衝撃的です。
そんな地獄のような環境にいたバビーはひょんなことから外の世界に出ます。世の中のルールを知らないバビーは危なっかしい面が多々ありながら、わらしべ長者的な“冒険”を繰り広げる姿は頼もしくも見えます。一方で、身体は大人でも、母親以外の人間を知らずに育ち、外に出たことがないバビーは、中身は右も左も分からない赤ちゃんのような存在です。そんな彼には、理性や知識で制御されることのない暴力性があり、同時に誰に対しても無垢な愛情を向ける優しさがあります。果たしてバビーはどうやって生きていくのか。強烈なストーリーの先に何が待ち受けているのか、ぜひご覧ください。

モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン

映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』チョン・ジョンソ

2023年11月17日より全国公開
監督・脚本:アナ・リリ・アミリプール
出演:ケイト・ハドソン/チョン・ジョンソ/クレイグ・ロビンソン/エド・スクライン/エヴァン・ウィッテン
キノフィルムズ
公式サイト ムビチケ購入はこちら

映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』チョン・ジョンソ

REVIEW
12年もの間、精神病院に隔離されていたモナ・リザ(チョン・ジョンソ)は、赤い満月の夜に特殊能力に目覚めます。能力を使って、外の世界に出た彼女は、さまざまな人達に出会い、徐々に人間らしい日々を取り戻していきます。
精神病院の冷たい壁に覆われた部屋の中のシーンでは冒頭から緊張感が漂います。長らく外の世界に出ていないモナ・リザが、拘束具のままで町をうろつく姿にもハラハラしつつ、窮地で上手に特殊能力によって難をかわす様子は爽快です。モナ・リザは外の世界にしがらみがなく、1日をただ乗り越えることが目下の課題です。ある意味シンプルな状況のモナ・リザが、ストリッパーとして稼ぎながら細々と暮らすシングルマザーのボニー・ベル(ケイト・ハドソン)と息子のチャーリー(エヴァン・ウィッテン)と出会い、彼等の日常を変えていく様子にはどこか温かさが感じられます。エド・スクラインが演じるファズもキーパーソンとしてかなり良い味を出しています。
暗い生い立ちを持つモナ・リザや、貧しい生活に耐えるシングルマザーとその息子をメインキャラクターにしながら、説明的なシーンを極力そぎ落とし、重くなりがちな内容をポップでキュートな世界観で描いています。厳しい現実世界に反比例して、本作ではどうしようもない悪党が出てこないのも救いです。それぞれが抱える精神的な地獄からの解放感を一緒に味わってください。

内外の不和

ヨーロッパ新世紀

映画『ヨーロッパ新世紀』マリン・グリゴーレ

2023年10月14日より全国公開
監督・脚本:クリスティアン・ムンジウ
出演:マリン・グリゴーレ/エディット・スターテ/マクリーナ・バルラデアヌ
活弁シネマ倶楽部
公式サイト

映画『ヨーロッパ新世紀』マリン・グリゴーレ/エディット・スターテ/マクリーナ・バルラデアヌ

REVIEW
物語の舞台は、ルーマニアにあるトランシルヴァニア地方の小さな村。ここではハンガリー語とルーマニア語が飛び交います。さらに村には他の国から来ている人々もいて、ドイツ語、フランス語、英語など複数の言葉が話されています。こうした背景は物語の鍵となっていて、劇中では何語が話されているのかわかるよう色を変えた字幕が表示されています。
この小さな村は、一見のどかで平和です。前半は淡々と村人達の生活が映されていきます。村にあるパン工場では求人を出すも、地元からの応募がなく、外国人を雇い始めます。一方、出稼ぎ先のドイツから村に帰ってきたマティアス(マリン・グリゴーレ)は、息子が口をきけないことを気にかけています。息子は山で何かを見てから怯えて1人で学校に行けません。こうした村で起こる日常がそれぞれ描かれていき、最後に一気に伏線が回収されていきます。
多種多様な言語が飛び交うことからもわかるとおり、この村にはさまざまなお国柄の人々が暮らしています。それぞれに不満を秘めながら過ごしているなかで、ある出来事がきっかけで村人達の不満が一気に爆発します。平和を装いながら暮らしている人達の裏の顔が見えた時、結局皆がお互いになすりあいをする世の中のおぞましさを感じます。

理想郷

映画『理想郷』ドゥニ・メノーシェ

2023年11月3日より全国順次公開
監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:ドゥニ・メノーシェ/マリナ・フォイス/ルイス・サエラ/ディエゴ・アニード/マリー・コロン
アンプラグド
公式サイト

映画『理想郷』ドゥニ・メノーシェ/マリナ・フォイス

REVIEW
国も時代も問わず、どこでも起こり得る問題を描いているだけに、恐ろしさが何倍にも感じられるストーリーです。映画の公式資料によると、「本作は、1997年にスペインの小さな村サントアラに移住したオランダ人夫婦マーティンとマルゴに起きた実話に基づいている」とあります。
主人公は、都会を離れて大自然に囲まれたのどかな村にやってきた、フランス人の夫婦、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とオルガ(マリナ・フォイス)です。2人はこの村で有機栽培農家を営んでいます。また、村の廃墟を直して村の外からも人が来るようにすることで、過疎化で貧困に陥る村を救えると考えています。でも、代々この村に住んでいる隣の兄弟シャン(ルイス・サエラ)とロレンソ(ディエゴ・アニード)は、新参者の夫婦がすることを良く思っていません。
本作では、ご近所問題が度を超してエスカレートしていく様子が描かれています。まず人間関係の壁になっているのは、地元民とよそ者という構図です。村への移住者が溶け込もうと努力しても、古参者は容易に受け容れようとしません。また、この村は貧困に陥っているため、政治的な事情も絡み、両者の価値観の違いは、ただの思想の違いで収まらず、それぞれの生活に直結する問題になっている点でも、手の打ちようのなさが絶望感を煽ります。ネタバレにならないように具体的表現は避けますが、主人公達には想像以上の地獄が待っています。本作にはこの地獄から簡単に逃げ出さない人間の不可思議な心理も描かれています。当事者にとって何が地獄なのかという点も観る方によって解釈が異なりそうです。

身勝手な人間の都合による迫害

蟻の王

映画『蟻の王』ルイジ・ロ・カーショ/レオナルド・マルテーゼ

2023年11月10日より全国順次公開
監督・脚本:ジャンニ・アメリオ
出演:ルイジ・ロ・カーショ/エリオ・ジェルマーノ/レオナルド・マルテーゼ/サラ・セラヨッコ
ザジフィルムズ
公式サイト ムビチケ購入はこちら

映画『蟻の王』ルイジ・ロ・カーショ/エリオ・ジェルマーノ/レオナルド・マルテーゼ

REVIEW
実在したイタリアの詩人で劇作家、演出家、アルド・ブライバンティと彼の恋人エットレ(レオナルド・マルテーゼ)に起きた悲劇を描いた作品。本作のタイトル『蟻の王』は、アルドが蟻の生態研究者としても知られていたことや、劇中でアルドが語るように、蟻の生態の研究は人間社会の研究であるとしていたこと、当時の社会の中のアルドの立場を比喩しているようにも受け取れます。
1959年春、エットレはアルドが主宰していた芸術サークルにやってきます。2人はあることがきっかけで言葉を交わし、意気投合。それから恋愛関係へと発展していきます。ただ、当時のイタリアは「我が国に同性愛者はいない ゆえに法律もない」というムッソリーニの言葉にあるように、同性愛そのものが存在を否定されていた時代。そんな時代にアルドは教唆罪に問われ、エットレは“治療”のために矯正施設に入れられてしまいます。
同性愛は存在しないとし、表面的には教唆罪としながらも結局は同性愛を裁くという歪な光景は、そのまま社会の歪みを反映しています。愛し合う2人の感情、存在そのものが否定されるという辛さは計り知れません。力を持つ人間にとって都合の良い解釈で世の中が回っている恐ろしさ、何も考えていない無関心な人間達がそれに追従する恐ろしさが伝わってきます。本作で描かれている光景は現代にも形を変えて残っていて、他人事には思えません。

メンゲレと私

映画『メンゲレと私』ダニエル・ハノッホ

2023年12月3日より全国順次公開
監督:クリスティアン・クレーネス/フロリアン・ヴァイゲンザマー
出演:ダニエル・ハノッホ
サニーフィルム
公式サイト

映画『メンゲレと私』ダニエル・ハノッホ

REVIEW
本作は、第1弾『ゲッベルスと私』、第2弾『ユダヤ人の私』に続く、「ホロコースト証言シリーズ」の第3弾です。第3弾の『メンゲレと私』では、リトアニア出身ユダヤ人ダニエル・ハノッホ氏が、9歳でカウナス(リトアニアの都市)のゲットーに送られ、12歳でアウシュヴィッツ強制収容所に連れられ、その後解放されるまでの出来事を語っています。
タイトルにあるメンゲレというのは、収容された人々に対して非人道的な人体実験を行っていた、ヨーゼフ・メンゲレ医師のことです。メンゲレは収容された人々の健康状態によって生かすかどうかを選別していたとされています。ハノッホ氏は幼いながらも生き延びる術を考え、必死で健康に見えるように努めたそうです。そうして耐えながらもトラウマになったのは、番号で呼ばれアイデンティティを奪われたことだったとハノッホ氏は語っています。彼が「人間性の損失」と表現した当時の状況は、メンゲレ達が「自動的に殺人を行っていた」背景と繋がり、人間をもののように扱う、いかに恐ろしい地獄だったかが伝わってきます。また、移動先のハンガリーではカニバニズム(食人)が行われていた事実なども語られ、同じ人間の所業とは思えない当時の話に衝撃を受けます。
現実世界にある地獄といえる戦争や人種差別の歴史を終わらせるために、先人達が辛さに耐えて語ってくれる言葉を私達はしっかり受けとめないといけないと痛感します。

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情報は2023年10月時点のものです。最新の販売状況や配信状況は各社サイトにてご確認ください。

TEXT by Myson

© 1993 [AFFC/Bubby Productions/Fandango]
© Institution of Production, LLC
©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022
© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.
© Kavac Srl / Ibc Movie/ Tender Stories/ (2022)
©2023 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

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