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『花嫁はどこへ?』キラン・ラオ監督インタビュー

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映画『花嫁はどこへ?』キラン・ラオ監督インタビュー

インドの国民的大スター、アーミル・カーンが脚本を発掘し、キラン・ラオに監督を託して生まれた映画『花嫁はどこへ?』。今回は本作のキラン・ラオ監督にお話を伺いました。先日、第97回米アカデミー賞国際長編映画賞のインド代表に選出された本作の製作過程の裏話や、インド映画における女性の活躍状況について直撃しました。

<PROFILE>
キラン・ラオ:監督、プロデューサー
1973年生まれ。インド、ハイデラバード生まれ。父方の祖父は王族出身で、外交官を経て出版社を経営していた。伝統あるカソリック系の女子校ロレート・ハウスで学ぶ。19歳の時に家族でムンバイに移住し、ソフィア女子大学を卒業。その後デリーのジャミア・ミリア・イスラミア大学で修士号を得ている。
2001年、映画『ラガーン』のアシスタントディレクター、『モンスーン・ウェディング』のセカンドアシスタントディレクターを務め、映画業界でのキャリアをスタート。プロデューサーとして『こちらピープリー村』(2010)、『デリー・ゲリー』(2011)、『ダンガル きっと、つよくなる』(2016)、『シークレット・スーパースター』(2017)などの作品を製作。2010年、アーミル・カーン主演作『ムンバイ・ダイアリーズ』で監督デビューを飾り、トロント国際映画祭プレミア上映では、高い評価を受けた。 私生活では、『ラガーン』の撮影現場で出会ったアーミル・カーンと2005年に結婚。2021年に夫婦関係を解消したが、アーミル・カーンは本作『花嫁はどこへ?』の製作を務める他、共同設立した水の安全と持続可能で採算性のある農業を目指すNGO「パーニー(水)・ファウンデーション」でも共に活動を続けている。


映画業界で働きたい女性が増えているなか、女性の参画のためにできることをしていきたい

映画『花嫁はどこへ?』ニターンシー・ゴーエル/スパルシュ・シュリーワースタウ

シャミ:
プロデューサーを務めるアーミル・カーンさんが本作の原案となる脚本を見つけ、キラン・ラオさんに監督を託されたそうですが、監督が最初に本作と出会った時の印象や、特に魅力だと感じたのはどんな点でしょうか?

キラン・ラオ監督:
2人の花嫁が入れ違ってしまうという核の部分に非常に娯楽要素があり、2人の旅路がいかようにもできると可能性を感じました。2人が今まで立ち位置としてきた場所から一歩出て、期待されていたものなどを本当に脱ぎ捨て、冒険に出ていく。そこでどんな冒険ができるかといろいろと頭に浮かびました。

シャミ:
原案の脚本から実際の映画用の脚本にするにあたって、脚本家の方やアーミル・カーンさんとお話されたことはありますか?

キラン・ラオ監督:
最初のアイデアはかなりリアルな雰囲気だったので、より皮肉を交えてユーモアの要素を強くし、女性主人公達の旅路をよりおもしろいものにしたいと考えました。アーミル・カーンが私に非常に良い共同脚本執筆者スネーハー・デサイ(脚本・ダイアログ担当)を紹介してくれ、彼女がまさに鍵となる人物でした。彼女は私のアイデアを聞いた上で脚本にしてくれて、例えばマンジュおばさんのキャラクターなど、いろいろと捻りを利かせて話をおもしろくしてくれたので、彼女の仕事には非常に満足しています。加えてもう1人、ディヴィヤーニディ・シャルマー(追加ダイアログ担当)も参加してくれました。彼は方言やダイアログの執筆以外に、マノハル警部補のキャラクターも生み出してくれました。マノハル警部補のキャラクターは本当に予想できないですよね。そういった共同執筆者に恵まれて良い作品が生まれました。

映画『花嫁はどこへ?』ラヴィ・キシャン

シャミ:
一見シリアスになりそうな物語に、ユーモアの要素がしっかりと入っていて、そのバランスが見事でした。それから私もマノハル警部補はお気に入りのキャラクターの1人です。

キラン・ラオ監督:
ユーモアという点はとても大切でした。シリアスな要素に説得力を持たせるためにもユーモアが必要だと思います。そして、観てくださるお客さんがそれぞれのキャラクターにすごく反応してくれました。マノハル警部補に加えてもう1人注目して欲しいのが駅にいる物乞いの男性です。彼のキャラクターには、人は1つの側面だけではなく、さまざまな面を持っているという想いを込めています。

シャミ:
そうだったんですね。女性キャラクターについても伺いたいのですが、本作には慣習に従い決められた道を歩んできたプールと、勉強熱心で広い世界を目指すジャヤが登場しました。2人の女性がそれぞれ困難に立ち向かう姿がとても印象に残ったのですが、この2人を描く上で特に気をつけた点やこだわった点はありますか?

映画『花嫁はどこへ?』キラン・ラオ監督インタビュー

キラン・ラオ監督:
特に意識したのは人間味を持たせるということです。さまざまなキャラクターに命を吹き込み、一面的ではないニュアンスを持った内面の動きも投影したいと思いました。それは例えば脚本には書かれていないことかもしれませんし、人間として各々が存在し、映画を観た方が共感できなかったとしても、こういう人もいるんだと説得力を持って理解してもらうことが必要だと感じました。それをキャストの方々に体現してもらいました。
この映画を一度観始めたら、流れに乗って楽しめるような、そんな魅力的で物語を進めてくれるキャラクターが必要でした。マノハル警部補のような少しネガティブな人物も入れながら、バランスを取っていくことが大事だと考えました。

シャミ:
どのキャラクターもそれぞれ個性があって、とても魅力的でした。そういったキャラクターのバランスは、脚本段階から考えられていたと思いますが、撮影中や編集の際などにも調整されたのでしょうか?

キラン・ラオ監督:
脚本段階ではいわゆるドラマという形で、読んでわかるように書いてあるのですが、この物語ではメロドラマのような感情に訴えるものではなく、どこにでもある普遍的な光景を作り出したいと思っていました。少しテーマとして重いと感じたとしても、おもしろさが炙り出てきながら、どこかリアルに感じてもらえるようにしたいと思いました。
映画を観ている間は楽しい旅をするように、ずっと流れるということを目指しました。そのためにまずはリハーサル中に、キャストの皆さんが揃った上でピッチやトーンが皆同じペースになるようにしました。そして、編集の時にも実は撮影したものをかなりカットしています。いざ撮影してみて、「これは鼻につくな」「少し宗教くさいかな」「代弁させすぎているな」と思う部分を編集作業で調整しました。

映画『花嫁はどこへ?』ニターンシー・ゴーエル/チャヤ・カダム

シャミ:
最後まで調整をされていたんですね。資料によると監督は本作に「女性が野心的であろうとなかろうと、自分の人生をどう生きたいかを選択する自由を持つことが大切だ」というメッセージを込めているとありました。インドの女性達の思想や社会的地位は昔と比べて変化していると感じますか?

キラン・ラオ監督:
一口にインドといってもさまざまなのですが、私の場合は恵まれた環境で教育を受けることができました。ただ、社会全体としてもエンパワーメントの状況は非常に向上しているので、まだ道半ばとはいえいろいろな場面で活躍して成功している女性が多くいます。選択の幅も増えていますし、法律的にも社会的にも良くなっています。
ただ、インドはあまりに大きくて多様なので、これが1つの現実だとはいえません。例えば国の中でも、ここは21世紀的でもあそこは古い時代を生きているという感覚になることがあります。私はムンバイに住んでいますが、他の街でもこれは別の時代ではないかと思うようなことがあるので、一般化というのがほぼ不可能なんです。でも、女性の平等や権利というのは非常に進化を遂げていて、少なくともそういった課題を話題にすることができているので、次の世代は私や私の親の世代よりもずっと良くなると確信しています。

映画『花嫁はどこへ?』プラティバー・ランター/スパルシュ・シュリーワースタウ

シャミ:
監督ご自身は映画業界で活躍されていますが、インド映画における女性の活躍状況は昔と比べて変化していると感じる部分はありますか?

キラン・ラオ監督:
女性で映画業界に入る方は増えています。ただ、道のりはまだまだ長いといえます。本当はもっと増えるべきだと思いますが、女性にとって映画業界は難しい点があります。安心、安全な場所なのかという不安が付きまといますし、例えば1つのプロジェクトが始まれば拘束時間が長くなるので、家庭を持つ女性は特に日常生活が営みづらくなってしまいます。ただ、映画業界で働きたい女性は数としては増えているので、私はそういった女性の参画のために何かできることをしていきたいと考えています。その1つとして、私自身であったり、映画で作るストーリーで、今までとは違うものを見せていきたいと思っています。商業的ないわゆるオペラシネマというものにおいても、多様なストーリーが語られるべきだと思います。

映画『花嫁はどこへ?』ニターンシー・ゴーエル/プラティバー・ランター

シャミ:
仕事と家庭の両立という点では、日本人女性にも共通する課題があると感じます。歌やダンスシーンが多く盛り込まれたインド映画から、昨今はより物語にフォーカスされた作品が増えているように感じるのですが、そういった背景には何かインドにおける社会的な変化や映画業界の変化があるのでしょうか?

キラン・ラオ監督:
RRR』や『プシュパ 覚醒』といった大ヒット作は男性が主役のアクション作品で、ホラー映画についても鉄板で変わっていません。ただ、今は配信などで多様な作品を観る機会が増えていることから、観る方の趣味趣向が多様になっている影響が大きいと思います。監督や作り手達もそういった観客の変化を感じとって応えています。例えば、いわゆる歌や踊りの映画の場合も、以前は口パクだったのが俳優自ら声を出しているというものに変わるなど、ここ5年くらいで大きく変化しています。

シャミ:
では最後の質問です。今後映画作品として取り組みたいテーマはありますか?

映画『花嫁はどこへ?』キラン・ラオ監督インタビュー

キラン・ラオ監督:
すでに開発しているストーリーがあります。1つは今回の作品と少し似た雰囲気の作品で、義理の母と嫁の物語です。これはいわゆるインドのソープドラマでよく見かけるテーマなのですが、2人の異なる人物が実は似たような経験をしているということを発見するというストーリーで、これもコメディです。そして2つ目は、超自然現象的なおとぎ話でもあるホラーです。これはヒマラヤが舞台の物語です。他にも歴史ものやコメディなど、私の会社ではいくつか考えているアイデアがあり、いずれかは近々発表できると思います。

シャミ:
日本でも公開されることを楽しみにしています。本日はありがとうございました!

2024年8月29日取材 TEXT by Shamy

映画『花嫁はどこへ?』ニターンシー・ゴーエル/プラティバー・ランター/スパルシュ・シュリーワースタウ

『花嫁はどこへ?』
2024年10月4日より全国公開
監督・プロデューサー:キラン・ラオ
プロデューサー:アーミル・カーン/ジョーティー・デーシュパーンデー
出演:ニターンシー・ゴーエル/プラティバー・ランター
配給:松竹

結婚式を終えた2人の花嫁プールとジャヤは、満員列車でそれぞれ花婿の家に向かっていた。しかし、たまたま同じ赤いベールで顔が隠れていたことから2人は入れ替わってしまう。置き去りにされたプールは夫の家の住所も電話番号もわからずにいた。一方ジャヤは、なぜか夫と自分の名前を偽って告げ…。

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© Aamir Khan Films LLP 2024

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PRESENT

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  3. 映画『サスカッチ・サンセット』ジェシー・アイゼンバーグ/ライリー・キーオ
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