学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画27:『ダニエル』に登場する空想上の友達の正体とは?

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『ダニエル』マイルズ・ロビンス/パトリック・シュワルツェネッガー

あくまで映画というところで、実際の精神疾患とは区別して観て欲しい部分もありますが、映画『ダニエル』では、心理学的要素を複数織り交ぜたユニークなキャラクター設定が見られます。今回は『ダニエル』に登場する空想上の友達(イマジナリー・フレンド)について独自の解釈をしてみました。

※ネタバレ注意!

イマジナリー・フレンドに込められた多面性

本作を観ると、イマジナリー・フレンドとして登場するダニエルの怖さから、イマジナリー・フレンドそのものが悪しき存在だと思う人もいるかもしれません。でも、発達心理学においてイマジナリー・フレンドは、子どもが成長する過程で出てくる移行対象の1つです(ただし全員が体験するものではなく、体験しないことも問題ではありません)。

ルーク(マイルズ・ロビンス)は幼い頃に殺人現場を目撃してしまい、その時のショックでイマジナリー・フレンドのダニエル(パトリック・シュワルツェネッガー)が現れます。また、ルークの母親は統合失調症を患っていながら1人でルークを育てていて、親子2人とも不安定な生活を送っています。このことから、子どもの頃のダニエルは、ルークにとって移行対象として現れたと考えられます。移行対象が良い形で機能すれば、ルークは精神的に落ち着くことができるはずですが、ダニエルはルークに悪さをするように仕向けます。結果、ルークはダニエルを封印せざるを得なくなりますが、そもそもダニエルが移行対象として機能しなかったこともあり、ルークは殺人現場を見たトラウマと、健全に発達仕切れていない部分を残したまま大人になってしまったとも捉えられます。

映画『ダニエル』マイルズ・ロビンス/パトリック・シュワルツェネッガー

そして、大学生になったルークは実家に戻り、ダニエルの封印を解いてしまいます。移行対象は幼少期だけのものとは限りませんが、ここから登場してくるダニエルに関しては、統合失調症による幻覚だと考えられます。それは、ルークの背景に統合失調症の特徴を踏まえた設定がいくつも見られることから推測できます。

松澤(2009)によると、まずその特徴の1つとして、統合失調症は思春期から30代にかけて発症することが特に多いとされています。また、遺伝的な要因もあるとされており、親子、きょうだいといった遺伝的な関係が強くなるほど発症率は高いと言われています(丹野他, 2015)。このことからルークに異変が出始める時期、母からの遺伝を考えると、統合失調症を発症したのがわかります。

20世紀半ばにドイツの精神科医シュナイダーが、統合失調症であると判断するに足る症状を一級症状と名付け、診断基準を示したのが下記です。

<統合失調症 シュナイダーの一級症状>
■考想化声:自分の思考内容が話し声のように幻聴として聞こえる
■対話形式の幻聴:自分以外の複数の人が、自分のことを批判したり噂にしているのが幻聴として聞こえる
■自分の行為を批判する幻聴:何かしようとすると、それを批判するような幻聴が聞こえる
■身体への影響体験:自分の身体が外からの影響を受け、その力のなすがままになるような体験
■思考奪取及び思考領域での影響体験:自分の思考が、外から無理矢理考えさせられたり、考えを止められたりするような体験
■考想伝搬:自分の頭の中の思考が外部に漏れ、他者に知られてしまうように感じられる
■妄想知覚:外界の対象(人や事物)に対して、妄想的な考えを抱く
■情動・衝動・意志の領域における「させられ体験」:自分の情動や考えに関して、強制的に体験させられているような感覚

松澤(2009)

ただ統合失調症は、世界的に診断基準として使われるDSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)では、「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害」に分類されている状態をいい、症状が多彩です(丹野他, 2015)。型も複数あり、単純に見分けられるわけではありません。下記はそういった背景を踏まえた上での、映画としての解釈です。

映画『ダニエル』マイルズ・ロビンス/パトリック・シュワルツェネッガー

ルークとダニエルのやり取りを見ていると、上記のシュナイダーの一級症状に当てはまるところが多く見当たります。本作は統合失調症の症状をかなりデフォルメして描いてはいますが、意外にも統合失調症の基本的な症状を踏まえてキャラクター設定をしていると考えられます。その上で、映画的な演出としてオリジナリティを加えつつ、デフォルメしているからこそ、映画としてドラマチックに仕上がっていると言えます。

皆さんはどんな解釈をしましたか?

<参考・引用文献>
松澤広和(2009)統合失調症 下山晴彦(編)「やわらかアカデミズム・<わかる>シリーズ よくわかる臨床心理学[改定新版]」ミネルヴァ書房 pp,94-95
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣

映画『ダニエル』マイルズ・ロビンス/パトリック・シュワルツェネッガー

『ダニエル』
2021年2月5日より全国公開
R-15+

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

映画的演出でダニエルに大暴れさせながらも、ラストは現実的に落とし込むストーリー展開が絶妙です。

©2019 DANIEL FILM INC. ALL RIGHTS RESERVED.

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画学ゼミ2025年12月募集用 人間特有の感情や認知の探求【映画学ゼミ第3回】参加者募集!

今回は、N「湧き起こる感情はあなたの性格とどう関連しているのか」、S「わかりやすい映画、わかりにくい映画に対する快・不快」をテーマに実施します。

映画『ナイトフラワー』北川景子/森田望智 ナイトフラワー【レビュー】

『ミッドナイトスワン』で第44回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した内田英治監督が、“真夜中シリーズ”と銘打つ本作は…

映画『Fox Hunt フォックス・ハント』トニー・レオン 『Fox Hunt フォックス・ハント』一般試写会 5組10名様ご招待

映画『Fox Hunt フォックス・ハント』一般試写会 5組10名様ご招待

映画『新解釈・幕末伝』山下美月 山下美月【ギャラリー/出演作一覧】

1999年7月26日生まれ。東京都出身。

映画『もういちどみつめる』筒井真理子/髙田万作 もういちどみつめる【レビュー】

「18・19歳の厳罰化を目的とした、2022年の少年法改正に対して抱いた疑問から制作を始めました」(映画公式サイト、佐藤慶紀監督)とあるように…

映画『喝采』ジェシカ・ラング 『喝采』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『喝采』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『ヒックとドラゴン』メイソン・テムズ メイソン・テムズ【ギャラリー/出演作一覧】

2007年7月10日生まれ。アメリカ生まれ。

「Kodansha Studios 設立発表会見」野間省伸(株式会社講談社 代表取締役社長)、 クロエ・ジャオ(Kodansha Studios 最高クリエイティブ責任者)、 ニコラス・ゴンダ(Kodansha Studios COO) 映画業界に新風を吹かせられるか?2025新レーベル発足および官民の取組みまとめ

今回は近日発足された新レーベルと、官民の取組みについてまとめて紹介します。

映画『果てしなきスカーレット』 果てしなきスカーレット【レビュー】

細田守が原作、脚本、監督を担当した本作は、16世紀のデンマークの王女、スカーレットが主人公です。細田監督は…

映画『ブラックフォン2』イーサン・ホーク/メイソン・テムズ ブラックフォン2【レビュー】

2022年に作られたシリーズ1作目『ブラック・フォン』から4年後を描いた本作でも…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画学ゼミ2025年12月募集用 人間特有の感情や認知の探求【映画学ゼミ第3回】参加者募集!

今回は、N「湧き起こる感情はあなたの性格とどう関連しているのか」、S「わかりやすい映画、わかりにくい映画に対する快・不快」をテーマに実施します。

映画『悪党に粛清を』来日舞台挨拶、マッツ・ミケルセン 映画好きが選んだマッツ・ミケルセン人気作品ランキング

“北欧の至宝”として日本でも人気を誇るマッツ・ミケルセン。今回は、マッツ・ミケルセン出演作品(ドラマを除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。上位にはどんな作品がランクインしたのでしょうか?

映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』ウェス・アンダーソン監督 映画好きが選んだウェス・アンダーソン監督人気作品ランキング

今回は、ウェス・アンダーソン監督作品を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。人気作品が多くあるなか、上位にランクインしたのは?

学び・メンタルヘルス

  1. 映画学ゼミ2025年12月募集用
  2. 映画『エクスペリメント』エイドリアン・ブロディ
  3. 映画学ゼミ2025年11月募集用

REVIEW

  1. 映画『ナイトフラワー』北川景子/森田望智
  2. 映画『もういちどみつめる』筒井真理子/髙田万作
  3. 映画『果てしなきスカーレット』
  4. 映画『ブラックフォン2』イーサン・ホーク/メイソン・テムズ
  5. 映画『TOKYOタクシー』倍賞千恵子/木村拓哉

PRESENT

  1. 映画『Fox Hunt フォックス・ハント』トニー・レオン
  2. 映画『喝采』ジェシカ・ラング
  3. 映画『TOKYOタクシー』オリジナルパラパラメモ
PAGE TOP