心理学

心理学から観る映画15-1:『ドクター・ドリトル』ゴリラのチッチが手放さないブランケットが意味するもの

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映画『ドクター・ドリトル』ロバート・ダウニーJr.

小さい頃にお気に入りのぬいぐるみをずっと持ち歩いていた、特定のタオルケットや毛布がないと寝られなかったというエピソードを親から聞いたことがある人や、今子育てをされていてお子さんがお気に入りのぬいぐるみや毛布がないと泣いてしまうなどといったことを経験されている人もいるのではないでしょうか。これは発達心理学から考えると、移行対象と呼ばれるものです。今回は移行対象を取り上げます。

※『ブルーアワーにぶっ飛ばす』についてはネタバレがあります。

乳幼児が手放さないブランケットやぬいぐるみは“移行対象”

スヌーピーが登場する“ピーナッツ”シリーズのキャラクター、ライナスも毛布をずっと持っていたり、作家アラン・アレクサンダー・ミルンの息子クリストファー・ロビンが可愛がるクマのプーさんなども移行対象の例と言われています。『ドクター・ドリトル』のゴリラのチッチが大事にしているブランケットもこの移行対象ではないかと思います。

井原(2009)によると、移行対象(transitional object:過渡対象とも訳される)という言葉を最初に使い始めたのは、イギリスの児童分析医で小児科医でもあったウィニコットです。小さい子どもの移行対象として選ばれるのは、毛布、布団、シーツ、タオルケット、ハンカチ、ガーゼ、ぬいぐるみ、枕などで、共通点としては柔らかく肌ざわりが良いということです。子どもがこの移行対象に顔をうずめたり、頬ずりしたり、匂いを嗅いだりしているうちに、それは温もりをもった生き物のようになっていき、“理想的な幻想の母親”のようになっていくと考えられています。
欧米の研究では、移行対象は平均して6、7割の子どもに出現しますが、日本では3割程度と言われており、アメリカの子どもの出現率が高いのは“自立を促す子育て”が中心であることが起因していると考えられています。そして、子ども達が移行対象から卒業する時期は、母親と子どもの間の関係が安定していればしているほど早まるとされています。

ただ誤解してはいけないのは、移行対象を持つのが良い悪いということではないということです。ここでもう1つ知っておきたいのは、“愛着”についてです。愛着理論はイギリスの精神科医ボウルビィが提唱した理論で、米澤(2020)では、愛着とは「特定の人と結ぶ情緒的なこころの絆」という定義を記しています。さらに愛着形成の3つの基地機能として、安全基地、安心基地、探索基地という機能があるとしています。

  • 安全基地:子どもは守られている気付き、子どもの愛着対象である親や大人は、子どもを守っていると気付く“認知”の機能
  • 安心基地:恐怖や不安から守られた後も感じるが、特に恐怖や不安がなくても、普段から、その人のそばにいると“ほっとする”“落ち着く”“安堵する”“癒される”気持ち、ポジティブな感情を生じさせる機能
  • 探索基地:子どもは“安全基地”“安心基地”から離れて1人で行ったことを、1番聞いて欲しい“安全基地”“安心基地”機能を担う人に報告して聞いて欲しいと思い、経験を共有し、その経験を聞いてもらって褒められ認められ、「嬉しい、よかった」と思う機能

こうした愛着対象がいることで、たとえ愛着対象から離れても子どもは安心して帰れる安全な場所があると思えるので、だんだん愛着対象との1対1の関係から、他者との関係を広げていくと考えられています。ボウルビィの愛着理論、ボウルビィがエインズワースと共同で行った母子の愛着の実証研究“ストレンジ・シチュエーション法”などについては、次回もう少し詳しくご紹介するとして、移行対象のお話に戻ります。

映画『ドクター・ドリトル』ハリー・コレット

井原(2009)では、ハーロー夫妻の子ザルの実験から出た結果と考察を紹介しています。母親から隔離されたアカゲザルの子に、針金でできた母親からミルクをあげ、別の子ザルには布製の母親からミルクをあげます。不安な状況におかれた時、それぞれの子ザルは針金でできた母親、布製の母親、どちらにしがみつくかという実験です。いつも布製の母親からミルクをもらっている子ザルが布製の母親にしがみつくのは予想されますが、針金でできた母親からミルクをもらっている子ザルも布製の母親にしがみつくという結果が出ています。これが意味するところは、人間も含む哺乳類にとって、母子の絆は食べ物を与えるからできるというものではなく、生き物同士が接触して心を落ち着かせるからできていくということです。これはコンタクト・コンフォートと呼ばれるようになり、日本ではスキンシップという言葉が生まれたとされています。スキンシップの重要性には科学的な根拠があったんですね。

映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』シム・ウンギョン

移行対象は子どもが安心感を得られるものとして機能していることがわかりますが、自分を守ってくれる人の代わりとなっていることで、不安を克服しながら外の世界に徐々に触れていくと考えられています。ですので子どもにとっては健全な反応であり、無理に移行対象を取り上げる必要はありません。そして移行対象は物体に限らず、動物や、空想の友達(イマジナリー・コンパニオン、イマジナリー・フレンド)が移行対象となるケースもあります。子育てをしていると、子どもの不思議な行動に戸惑うこともあるかも知れませんが、人間に備わったこういった機能を知ることで、少し不安が和らぐと良いですね。

次回は、愛着障害についてご紹介します。

<参考・引用文献>
井原成男(2009)「ウィニコットと移行対象の発達心理学」福村出版
米澤好史(2020)「やさしくわかる! 愛着障害」ほんの森出版

映画『ドクター・ドリトル』ロバート・ダウニーJr.

『ドクター・ドリトル』
2020年6月19日より全国公開

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

心に傷を抱えたドクター・ドリトルと動物達が、女王を救えるとされる唯一の治療法を求めて伝説の島へと冒険に出ます。彼等は旅先での困難に立ち向かうなかで、それぞれの心の傷も克服していきます。そしてゴリラのチッチも遂に…。

© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

『グッバイ・クリストファー・ロビン』
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REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定 部活リポート

世界中で愛されている「クマのプーさん」の原作者アラン・アレクサンダー・ミルンとその息子クリストファー・ロビンの物語。父ミルンの成功の裏で息子は寂しい思いをしていたという原作者一家の苦悩を描いています。母親や乳母が息子クリストファー・ロビンにとってどんな存在であったかも考えさせられます。

グッバイ・クリストファー・ロビン (字幕版)

『ブルーアワーにぶっ飛ばす』
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REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

「結局あれは誰(何)だったんだ?」と思った人も多いのではないでしょうか?あれは恐らくイマジナリー・フレンドだと思います。冒頭から気付く人は気付くかも知れません。1度目は普通に観て、2度目はイマジナリー・フレンドだと思って観てみてください。

ブルーアワーにぶっ飛ばす

©2019「ブルーアワーにぶっ飛ばす」製作委員会

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

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