心理学

心理学から観る映画8:一瞬にしてヒーローを犯罪者として認識してしまう心理とは【根本的帰属エラー】

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『リチャード・ジュエル』ポール・ウォルター・ハウザー

今回は、1996年に実際に起きたアトランタ爆破テロ事件を基に描かれた『リチャード・ジュエル』をご紹介します。本作では、多くの人の命を救ったにも関わらず、犯人扱いをされたリチャード・ジュエルの奮闘が描かれています。最初はヒーロー扱いされていたのに、一夜にして犯罪者として扱われるようになったリチャード。なぜそんなことが起こってしまったのでしょうか。

認知するのに忙しい人間が陥る誤った判断

※ネタバレ注意

当時、警備員だったリチャード・ジュエルは、イベントで人が多く集まる公園で爆弾の入ったバッグを発見。彼が危機感を持っていち早く対応したおかげで、多くの人の命が救われました。事件直後の報道では、彼の功績が伝えられ、一躍時の人として良い注目を浴びていましたが、ある日その状況が一変します。彼がヒーローから一転、容疑者として扱われることになった背景には、FBIのプロファイリング、情報のリークが絡んでいます。

リチャードはとても正義感が強く、法の下で働く人をとても尊敬していました。そんな彼は警備員としてとても熱心で真面目だったため、見方によっては融通が利かないところもあり、その熱心さが度を超していると認識されることもありました。そういう一面を問題視していた過去の雇い主は、リチャードをヒーローとしてではなく、要注意人物として見ていたため、FBIの捜査上、リチャードに対する見方にも影響していきます。

一旦、要注意人物としての印象がつくと、FBIは過去にテロ事件を起こした犯罪者の特徴と照らし合わせてプロファイリングしていく上で、当てはまる特徴により一層フォーカスしていきます。プロファイリングは捜査上有効である部分ももちろんあるでしょうが、本作を観ていると、冤罪に繋がる危険性も同時にはらんでいることがよくわかります。特徴が合致すればするほど、ろくな捜査もせずに「彼が犯人に間違いない」という見方を固めるだけでなく、早く捜査を終えて成果を示したいだけの人物の怠惰を招いている様子が、本作からうかがえます。

映画『リチャード・ジュエル』ポール・ウォルター・ハウザー

さらにリチャードが容疑者としてマークされていることが、ある記者に漏れてしまい、彼は一気に世間から容疑者扱いされてしまいます。人々の態度が容易に変化したのは、その情報源の信憑性が影響していると考えられます。リチャードが容疑者としてFBIに捜査されていることを報じたのはそれまで多くのスクープをあげてきた貪欲な新聞記者でした。

鹿取ほか(2015)によると、「日常的な場面では、説得内容を注意深く検討せずに、議論の本質とはかかわりのない手がかりに基づいて安易な判断が下される場合がある。“多くの論点が議論されているから、内容も正しいだろう”“専門家の言うことだから正しいだろう”といったような判断がそれである」とされています。

つまり、情報を受け取る側の感覚の差や、媒体ごとの信頼度の差はあるにせよ、新聞はある程度信用を得ているメディアであることを考えると、それを読んだ人達がその記事の内容を信じてしまう可能性が高いのは想像できます。また、その記事を書いた人物のこれまでの功績などを知っていれば、ますますその信憑性も上がるのではないでしょうか。そして、その情報を掴んだ人が、どう受け取るかによって、その先にどう伝搬するかが変わってきます。そこには根本的帰属エラーというバイアスが働いているとも考えられます。

無藤ほか(2018)によると、「“人は状況に関する情報をしばしば無視して、行動から他者の特性を直接推論する傾向がある”と報告されている。状況の影響力に比較して行為者の内的属性を過大評価する傾向は根本的帰属エラー、または対応バイアスと称される」と示されています。また根本的帰属エラーが起こるのは、「そう考えることが心地良い、収まりがよいからである」と論じています。

このことから考えると、真犯人が捕まっていない不安な状況下で、誰もが早く犯人が捕まって安心したいと思うはずで、深く思慮することなく、「FBIも新聞記者もリチャードが犯人と言っているんだから間違いない」と、そのまま情報を鵜呑みにし、その情報を拡散する人が多く出てきても不思議ではありません。

映画『リチャード・ジュエル』サム・ロックウェル/ポール・ウォルター・ハウザー

最終的にリチャードがどうなったかは映画をご覧頂ければと思いますが、本作を観て、ちょっとしたことで冤罪が生まれてしまう現実を目の当たりにし、情報を発信すること、受け取ることの両方の重みを感じます。人間は常にあらゆることを認知しながら生活しているので、効率の良い情報処理を行う術を持っていますが、時にそれがこういった問題を起こすことを自覚しておかなければいけないなと思います。

<参考・引用文献>
無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治(2018)「心理学」有斐閣
鹿取廣人・渡邊正孝・鳥居修晃ほか(2015)「心理学 第5版」東京大学出版会

映画『リチャード・ジュエル』サム・ロックウェル/キャシー・ベイツ/ポール・ウォルター・ハウザー/オリビア・ワイルド/ジョン・ハム

『リチャード・ジュエル』
2020年4月15日よりデジタルセル先行配信開始
2020年5月20日ブルーレイ&DVDレンタル開始・発売/デジタルレンタル配信開始

公式サイト REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

クリント・イーストウッド監督が、1996年に起きたアトランタ爆破テロ事件で容疑者とされたリチャード・ジュエルの実話を映画化。リチャードが無罪だと信じるのは母と、弁護士のワトソン・ブライアントのみという状況で、彼は無罪を勝ち取れるのか。

リチャード・ジュエル(字幕版)

Richard Jewell © 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『聖杯たちの騎士』ナタリー・ポートマン 映画好きが推すイイ俳優ランキング【海外40代編】演技力部門

イイ俳優ランキング【海外40代編】から、今回は<雰囲気部門>のランキングを発表します。錚々たる俳優が揃うなか、総合と比べてどのようにランキングが変化したのでしょうか?

映画『キノ・ライカ 小さな町の映画館』アキ・カウリスマキ キノ・ライカ 小さな町の映画館【レビュー】

本作は、フィンランドを代表する映画監督アキ・カウリスマキが共同経営者のミカ・ラッティと一緒に、地元である鉄鋼の町カルッキラに初めての映画館“キノ・ライカ”を作り、開業するまでの日々…

映画『ノーヴィス』イザベル・ファーマン イザベル・ファーマン【ギャラリー/出演作一覧】

1997年2月25日生まれ。アメリカ、ワシントンD.C.出身。

映画『雪の花 ―ともに在りて―』松坂桃李/芳根京子 『雪の花 ―ともに在りて―』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『雪の花 ―ともに在りて―』一般試写会 10組20名様ご招待

映画『クレイヴン・ザ・ハンター』アーロン・テイラー=ジョンソン クレイヴン・ザ・ハンター【レビュー】

主人公のクレイヴンは、原作コミックではスパイダーマンの宿敵として、ヴェノムに匹敵する強さを持つ…

映画『太陽と桃の歌』アイネット・ジョウノウ/ジョエル・ロビラ/イザック・ロビラ 太陽と桃の歌【レビュー】

REVIEW第72回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門で見事金熊賞を受賞した本作は、…

映画『お坊さまと鉄砲』ケルサン・チョジェ お坊さまと鉄砲【レビュー】

かつてブータンは「世界一幸せな国」といわれていました。本作は、その理由や、民主主義、文明とは何かを改めて考えさせられる…

映画『ビートルジュース ビートルジュース』キャサリン・オハラ キャサリン・オハラ【ギャラリー/出演作一覧】

1954年3月4日生まれ。カナダ出身。

映画『インサイド・ヘッド2』 心理学から観る映画51:“インサイド・ヘッド”シリーズを感情研究の理論にあてはめて考える

「感情」はとらえ方が大変難しい概念です。専門家による感情に関する研究でも、さまざまな理論があります。そこで、今回は「感情」のとらえ方について代表的な理論を取り上げます。

映画『はたらく細胞』永野芽郁/佐藤健 はたらく細胞【レビュー】

シリーズ累計発行部数1000万部を超えるベストセラーコミックを実写化した本作は、まず…

部活・イベント

  1. 【ARUARU海ドラDiner】サムライデザート(カップデザート)
  2. 【ARUARU海ドラDiner】トーキョー女子映画部 × Mixalive TOKYO × SHIDAX
  3. 【ARUARU海ドラDiner】サポーター集会:パンチボール(パーティサイズ)
  4. 【ARUARU海ドラDiner】プレオープン
  5. 「ARUARU海ドラDiner」202303トークゲスト集合

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『聖杯たちの騎士』ナタリー・ポートマン 映画好きが推すイイ俳優ランキング【海外40代編】演技力部門

イイ俳優ランキング【海外40代編】から、今回は<雰囲気部門>のランキングを発表します。錚々たる俳優が揃うなか、総合と比べてどのようにランキングが変化したのでしょうか?

映画『グランツーリスモ』オーランド・ブルーム 映画好きが推すイイ俳優ランキング【海外40代編】雰囲気部門

イイ俳優ランキング【海外40代編】から、今回は<雰囲気部門>のランキングを発表します。錚々たる俳優が揃うなか、総合と比べてどのようにランキングが変化したのでしょうか?

映画『マイ・インターン』アン・ハサウェイ 映画好きが推すイイ俳優ランキング【海外40代編】総合

今回は、海外40代(1975年から1984生まれ)のイイ俳優の中から、昨今活躍が目覚ましい方を編集部の独断で80名選抜し、正式部員の皆さんに投票していただきました。今回はどんな結果になったのでしょうか?

REVIEW

  1. 映画『キノ・ライカ 小さな町の映画館』アキ・カウリスマキ
  2. 映画『クレイヴン・ザ・ハンター』アーロン・テイラー=ジョンソン
  3. 映画『太陽と桃の歌』アイネット・ジョウノウ/ジョエル・ロビラ/イザック・ロビラ
  4. 映画『お坊さまと鉄砲』ケルサン・チョジェ
  5. 映画『はたらく細胞』永野芽郁/佐藤健

PRESENT

  1. 映画『雪の花 ―ともに在りて―』松坂桃李/芳根京子
  2. 映画『リアル・ペイン〜心の旅〜』ジェシー・アイゼンバーグ/キーラン・カルキン
  3. 映画『モアナと伝説の海2』Tシャツ
PAGE TOP