女性としての生き方をいろいろと考えさせられる大人のラブストーリー、映画『Red』は、物語の奥にある哲学的なテーマも魅力です。今回は本作でメガホンを執った三島有紀子監督にインタビューをさせて頂きました。監督ご自身の哲学的な視点がとても深くて、濃厚なお話をお聞きできました!
<PROFILE>
三島有紀子(みしま ゆきこ)
大阪市出身。NHKで『NHKスペシャル』など、〝心の痛みと再生〟をテーマにドキュメンタリー作品を企画・監督していたが、劇映画を撮るために退局。『刺青 匂ひ月のごとく』で映画監督デビュー。『幼な子われらに生まれ』(2017)で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子映画賞を受賞。その他の監督作品に『しあわせのパン』(2012)、『ぶどうのなみだ』(2014)、『繕い裁つ人』(2015)、『少女』(2016)、『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018)などがある。
人生に正解はない。正しい選択をしている人間を描くのが映画ではない
マイソン:
監督にとって映画化すべき小説とは、どんな作品でしょうか?
三島有紀子監督:
文学好きなので、本当は小説を映画にしたくはないんです。だって、小説は完成された完全な作品ですから。そのまま映画にするなら、小説のほうが完成度が高いのは間違いありません。だけど、読んだ時に、あるエッセンスに惹きつけられて、その部分が広がるんです。その広がっていく部分こそ映画にしようと思うんです。本作については、『幼な子われらに生まれ』を撮った時に、いつか男と女を撮りたいなという思いが元々あったんです。恋愛って究極のコミュニケーションで、1番近い他者って自分の内なるものを目覚めさせてくれる存在であり、1番近い他者によって自己の本質が剝き出しになる瞬間を撮りたいと思っていました。一方で、ニュースなどから世の中を見て、いろいろ感じていることを日々まとめたりしているなかで、人でも企業でも「自分がどう感じているのか」よりも、「周りや世間がどう感じているか」が先にくるような、ある意味尺度が自分の中になくて、外にあるっていう風になってきている怖さを感じていました。そんな時に『Red』の原作を読ませて頂きました。塔子(夏帆)は自分の中に尺度を持てなくなってしまっていて、非常に自分を押さえ込んでいるというか、その押さえ込んでいる何かにも気付いていないという感じで生きています。そんな彼女が昔とても愛した人に再会してっていうお話だったので、私の中の2つのテーマが1つになり、これは映画にしたいなと思いました。あとはこの小説の特色として私がすごく好きだったのは、妻夫木聡さんが演じる鞍田という人間にある秘密があって、その秘密があることで非常に覚悟を持って塔子に向き合っていくんです。そうやって覚悟を持って向き合ってくる人というのは、自分がどういう風に生きているのかとか、何を愛して生きているのかっていうのを見つめざるを得ないきっかけになる。そこがおもしろいなと思ったのと、あともう1つは、大雪の一晩のドライブっていうのが映像的だったので、男女関係に説得力も持たせられるなと思いました。
マイソン:
監督は題材を見つけたりされる際に、とても哲学的な思考で考えられたり、そういう機会が多いんじゃないかなと思うんですが、1人の人間として物語の世界との距離が近くなり過ぎて、精神的に追い詰められるということもあるのでしょうか?
三島有紀子監督:
辛いですよ。去年の日記を見返していて、去年の今頃(2019年1月頃)「“幸せか?”と問われたら幸せだと答える」と、「でも幸せかどうかはわからない」って書いていたんですよ。それはまさに塔子の気持ちで書いていたんですけど、映画を撮る時って、そういうことを塔子ならどう感じているんだろうとか、こういうことがあった時に塔子ってどうするんだろうということをずっと塔子ベースで考えるようになるんですよね。そういう意味では、本当にこういう行為をして愛して、そうなった時にとても可愛い子どもがいて、しかも子どもながらにお母さんに振り向いてもらいたいっていう行動をいろいろとってきて、そんな時に突きつけられるものっていう苦しみに共に寄り添っているというか。塔子の人生を自分自身が旅している時間なので、そういう意味ではとても苦しいですね。もっと楽しく生きている人間をなぜ描かなかったんだろうとか思ったりします(笑)。でもやっぱり人生の中の非常に密な時代を描くのが映画なのかなと思っていて、密な時代って心が掻き乱される時代というか季節で、そこを旅しているっていう時は大概苦しいですよね。どんな人に寄り添うとしても、そう思います。
マイソン:
でもだからこそ映画にする甲斐があるというか。
三島有紀子監督:
そうですね。そういう意味では、私は映画作りは人間研究だと思っているので、どれだけ人間というものを想像したり、共に生きられるか、それをまた役者さんが1人の人間を生んでくれて、その姿や人生を観てお客さんが「この人の人生はこうだったけど、じゃあ自分はどうだったんだ」っていうことを考えてくださって、そういう循環ができれば良いのかなって思っています。観てもらった人が考えた結果、行動に移すでしょうし、行動に移した時にまたそれが社会になっていって、社会になっていった後にまた私がその社会から何を感じるのかという、その循環がずっと続いているんだなと思いながら映画を作っているので、その苦しみもその循環の1つなのかなって。
マイソン:
なるほど〜。あと、今回セックスシーンがとても印象的で、資料によると監督は「セックスは始まりでしかなくて、その先の人生の選択」と捉えていらっしゃったと書いてあったのですが、鞍田と塔子のセックスシーンを撮る上で気を付けたことはありますか?
三島有紀子監督:
この2人にとってセックスがどういうものかっていうのを、行為ではなくて、塔子にとってこのセックスでどういう自分が見えてくるのかっていうのを、夏帆さんの表情で見せていきたいなと思いました。なので執拗に一部始終を夏帆さんの表情だったり、塔子から見えている鞍田(妻夫木聡)の表情だったりを丁寧に追いかけたということが1つあります。あともう1つは、やっぱり最初は鞍田がああいう覚悟で塔子に会いに来て抱いていますから、そういう意味では鞍田が塔子を全身全霊で感じている、それを受けて塔子がどう感じているのかっていうことを、最初のセックスシーンでは大事にしたいなと思ったんです。最後のセックスシーンは状況が違っていて、塔子が鞍田を全身全霊で感じる、もう肌の一つひとつというか細胞のすべて、どんな鼻をしていて、どんな眉毛をしていて、どんな目をしていて、顔の起伏…、それを全部記憶に留めたいと思いながら、鞍田のすべてを五感すべてで感じ取りながら抱いてあげているっていうシーンにしたいなと思いながら撮っていました。よくある暗い照明、よく見えないなかで2人がまぐわうというシーンではなくて、全部見せるというライティングを照明部も作ってくれましたね。
マイソン:
性描写で「女性監督だからすごく共感できた」とか、「描き方が綺麗だった」という意見を聞くこともありますが、そういう視点って監督の立場で意識されることはありますか?
三島有紀子監督:
意識はしていないですね。女性だからなのかはわからないんですよね。自分が女性っぽいのかどうかもわからないですしね。私が女性だからじゃなくて、私のセックス観はやっぱり出てしまうと思いますし、妻夫木さん、夏帆さん、スタッフも含め、撮っている人間皆のセックス観、その融合をした形がこれなんだなと思いながら撮っていましたけどね。セックスの快楽はとても大事だと思うんですけど、特にこの作品においては、快楽よりもやっぱり自分が存在しているっていうことを愛し合うことで認識できるっていう、「存在を感じ合う」っていうことが大事だと思っていて、「相手がいて自分が今ここにいるんだ」っていう、そこが自分のセックス観としてあるかも知れないですね。
マイソン:
本作のストーリーには物議を醸す部分もあったと思うんですが、そういう部分も映画公開前の宣伝の時点で見え隠れすることがあると思います。監督としてこれから映画を観る方のスタンスはこうあって欲しいというのはありますか?フラットな形で観るのが最善なのかなとも思うのですが。
三島有紀子監督:
人生に正解はないですから、正しい選択をしている人間を描くのが映画でもないですよね。もうそれは皆さんが自分ならどうするかっていうことだったり、自分にとっての鞍田は何なんだろうって。例えば、対象が仕事という人もいるでしょうし、あそこまで愛せるのは異性とは限らないですし、友達かも知れないですし。自分が本当に愛せるものの象徴として鞍田があるので、それはいろいろな人によって置き換えられると思うんですよね。そしたら自分にとっての鞍田っていうのは1番純粋に自分に向かってくるもので、どうしても愛してしまうものっていうのは何だろうっていう風に観てもらえたら良いのかなってことですね。だからたまたま塔子はああいう環境でいろいろな自分の内なる声を聞いた結果がああでしたけど、それは皆さんにとって全然違ってくる。好きな男性がいて、でも子どもがいるという時にどうするのっていうだけの人生の選択の話ではないと思うんです。そもそも何を愛しているのか、何を愛するのかっていう覚悟を何に対して持っていくのかっていうことを、自分自身でいろいろなことを考えながら行動してもらえたら、ってそこまで言ったら大袈裟ですが(笑)。とにかく、周りや世間の意見を気にせずにご自身が感じたまま思ったままを話したり発信してもらいたいですね。そこから何かが生まれると信じてます。
マイソン:
じゃあストーリーとか設定に縛られるずに観るのが良いですね。
三島有紀子監督:
そうですね。もう象徴でしかないので、それがなくなっていく瞬間、最も愛せる存在がなくなるってなった時にどう生きるのかってことでしかないかなと思います。たまたま今回はこういう状況の2人を描いていますけど、きっかけに過ぎないと思います。
マイソン:
今回俳優さんも皆さんとても良かったなと思いました。
三島有紀子監督:
嬉しいですね。それは何よりです!
マイソン:
監督から見て、力のある俳優さんの共通点ってありますか?今回に限らずでも良いのですが。
三島有紀子監督:
私の場合でしかないですけど、まずきちんと役というかその人間に向き合って、良い意味で苦しんでくれる人。妻夫木さんも夏帆さんもそうでしたけど、非常にストイックにその人間のことを考え続けてくれる人っていうのがありました。テクニックという意味で言うと、やっぱり想像力ですよね。それはさっきの話にも繋がってくるんですけど、こういう場所にその人が来た時に「こうするかも知れない」「いや、こうもするかも知れない」「ああするんじゃないか」っていう、まずいろいろな想像力を持っていることですよね。それともう1つは、1人でお芝居をするわけじゃないので相手役があり、いろいろな環境があって、その環境をやっぱり自分で感じ取って、その感じ取ったことを外に出して、相手が出してくれたことをきっちり受け取って、受け取った時の感情だったり感じ方をしっかりとまた返せるという、化学反応が起きるっていうんですかね、反応力ですね。なので、想像力と反応力っていう言葉でよく言っていますけど、そうするとお互いが反応しあって、良い芝居が生まれてくると思います。夏帆さんと妻夫木さんじゃなきゃ生まれない化学反応が今回生まれたと思うし、やっぱりそれぞれがこの人間がどういう人間かっていうのを自分の中に掴んできてくれないと、その反応は生まれないんですよね。今回その2つをお持ちの方ばかりのキャストと一緒に作れたっていうのは、本当に私の誇りだなって思います。
マイソン:
監督は、他の作品をご覧になってキャスティングの参考にされたりということもあると思うのですが、ご職業柄、純粋に映画を観るのは難しいでしょうか(笑)?
三島有紀子監督:
純粋に観るっていうことはないですね(笑)。かといって冷静に芝居だけを観て何も感じないのかっていったら、そんなことはなく、伝わるものは感じますし、そこは素直でありたいんですよね。それこそ自分の心の内に素直でありたいと思って観ています。だから斜に構えて映画を観に行くことはないです。本当にフラットに観に行って感じたことをそのまま感じていますが、ただこういう仕事をやっていますから、こういう時にこういう顔をするんだとか、こういう撮り方をするんだな、こういう話の運び方をするのかっていうのを考えながら観てしまうことはあります。
マイソン:
監督ご自身が観る映画を選ぶ時は、何で選ぶんですか?
三島有紀子監督:
監督ですかね。それが1番多いですね。予告を観ないで行こうと思っているんですけど、映画を観に行くと予告を観ちゃうので(笑)。
マイソン:
そうですよね(笑)。監督で選ぶ際は、お好きな監督の作品を観に行くんですか?
三島有紀子監督:
いや、好きな監督だけ観に行っていると偏ってしまうので、そうでなくても極力観るようにしているんです。でもやっぱり予告を観てしまった時は、こういう世界観を持っている監督なんだなとか、こういう人間を描きたいんだなっていうことだったり、あとはこの役者さんとこの役者さんの化学反応は観たいなっていうのとか、複合的に選ぶこともありますね。
マイソン:
それは邦画でも洋画でも同じですか?
三島有紀子監督:
そうですね。
マイソン:
では今のお話の流れから最後にお聞きしたいのですが、大きな影響を受けた映画か監督がいらっしゃったら教えてください。
三島有紀子監督:
最大級に難しい質問ですね。1番影響を受けたかどうかはわからないんですけど、小さい頃から観ていて没頭して観ていたのは、フランソワ・トリュフォーですかね。人間のどうしようもない部分を描いていて、そしてどうしようもない人間のどうしようもない部分を描いているという意味で、人間がどうしようもないものなんだなっていうことを教えてくれた監督です。そしてどうしようもなくても良いんだと思わせてくれた監督っていう意味でもですね。
マイソン:
本日はありがとうございました!
2020年1月16日取材 PHOTO & TEXT by Myson
『Red』
2020年2月21日より新宿バルト9ほか全国公開
監督:三島有紀子
出演:夏帆/妻夫木聡/柄本佑/間宮祥太朗/片岡礼子/酒向芳/山本郁子/浅野和之/余貴美子
配給:日活
夫とかわいい娘と共に優雅で平穏な暮らしをしていた村主塔子の前に、かつて愛した男、鞍田秋彦が10年ぶりに現れる。鞍田との再会により、塔子は自分の中に眠っていたものに気付き始めるが、彼との復縁は許されない。だが、鞍田はある秘密を抱えていて…。
©2020『Red』製作委員会