学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画21:何をもって“自閉症”というのか

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映画『スペシャルズ!~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』ヴァンサン・カッセル/レダ・カテブ

昨今、発達障害についての社会的関心が高まってきました。今回は発達障害の1つ、自閉症を取り上げます。

自閉症の人達のために私達ができること

皆さんは、自閉症、自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群…など、自閉症にまつわる言葉を複数聞いたことがあるのではないでしょうか?実は自閉症についてさまざまな研究が行われており、自閉症の捉え方は統一されていないところがあります。

下山ほか(2009)によると、1943年初めて自閉症の概念を報告したのは、アメリカの児童精神科医カナーで、彼は自閉症の中核的障害は情緒的な関わりができない点と考えていました。しかし、1968年にラターが認知・言語の障害が自閉症の中核だと提唱したことで、自閉症は発達障害と捉えられるようになりました。また、1966年にはイギリスの児童精神科医ウィングが、自閉症スペクトラムという概念を最初に打ち出し、社会的コミュニケーションの障害はあるが、著しい言葉の遅れがない症例に、アスペルガー症候群(1944年に既に報告していたオーストリアの医師の名を冠した)という概念を提案しました。そしてウィングは、カナーの症例とアスペルガーの症例は同じ特徴(三つ組の障害 ※1)を持った連続体(スペクトラム)であると提唱しました。この概念に基づくと、重度の典型的な自閉症から、アスペルガー症候群、自閉症的な要素を持ちながら特に問題なく生活をしている人までを連続線上のコントラスト(濃淡)の問題として捉えることができます。よって、ウィングは「自閉症=障害、問題」と安易に決めつけるべきではないと訴えたとされています。

※1 三つ組の障害:①社会的相互作用の障害、②コミュニケーションの障害、③想像力の障害(丹野ほか 2015)

一方、アメリカの精神障害の分類基準とされているDSM-5でも“自閉症スペクトラム障害”という名称が採用されていますが、スタンスが違っています。DSM-5では、対人的コミュニケーションと相互作用の問題、限局された反復する行動や興味の2要件を満たすものだけが自閉症スペクトラムにあたるとして、片方しか該当しない場合は除外しています。またDSM-5では、アスペルガー症候群という分類はなくなっています(下山ほか 2009)。

このように専門家の間でも見解が違い、日々変化してきているわけですから、世の親御さん達が自分のお子さんの行動に心配なところがあっても、安易に判断するのは難しいと思われます。また、自閉症の症状は幼児期から見られるとされていますが、ドキュメンタリー映画『友達やめた。』に登場する“まあちゃん”のように、大人になってからアスペルガー症候群であることがわかったというケースもあります。コミュニケーションで苦労をしている人は世の中に多くいることを考えると、それが性格的なものなのか、自閉症によるものなのか、本人にとっても周囲にとっても見分けをつけるのは難しいですよね。

映画『友達やめた。』今村彩子/まあちゃん

では、自閉症は治せるのでしょうか?自閉症の原因、治療法はまだ発見されていませんが、自閉症スペクトラム症の子ども達のてんかん発症率が一般よりもはるかに高く、知的能力障害の合併率も高いことから、1970年代頃には、自閉症スペクトラム症は脳の器質的な障害、機能的な障害ではないかと考えられるようになりました(丹野ほか 2015)。双生児研究では、遺伝的要因だけでなく、環境も要因となっていることが示されたものもあります。

現在の標準的なケアとしては、脳波異常や睡眠障害などの合併症や強すぎるイライラなどは薬物療法でコントロールしつつ、中核的な症状に対する療育が組み合わせで行われています(下山ほか 2009)。

また、自閉症スペクトラム症者は抽象的な思考や人の気持ちを読むようなこと、時と場合に応じて柔軟に対応することなどは苦手ですが、視覚的情報処理、論理的・具体的な思考、視覚的案記憶、事実の記憶、反復をいとわないこと、正直であることが得意なので、特徴や得意・不得意の両面を理解して、支援に役立てることが大切だとされています(丹野ほか 2015)。

『スペシャルズ!~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』では、さまざまな特徴を持った自閉症の子ども達が出てきますが、症状の重さにも幅があります。主人公は、医療機関がお手上げの自閉症者も預かりますが、本当に根気よく接して、彼等がなるべく自分で生活を送れるように支援し、中にはトレーニングによって、これまでできなかったことをできるようになる人も出てきます。ただ同時に、周囲の理解が必要なこともすごく伝わってきます。

自閉症を含め発達障害の人達が、周囲の理解を得られずに、叱責を受けたり、失敗を重ねていくと、心理的な問題(2次的障害)が生じる可能性もあります。「もしかして」と思っても認めたくないという気持ちが出てくるかも知れませんが、早期に発見してトレーニングをしたり、周囲からの理解を得るなど適切な支援を受けることが、より生きやすい環境を作ることにも繋がります。介助者など直接の支援者だけでなく、日常で接する人達の理解と支援もとても重要なので、自閉症の人やご家族だけでなく、社会全体にもっと理解が広まることを願います。

<参考・引用文献>
下山晴彦ほか(2009)「やわらかアカデミズム・<わかる>シリーズ よくわかる臨床心理学[改定新版]」ミネルヴァ書房
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣

映画『スペシャルズ!~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』ヴァンサン・カッセル/レダ・カテブ

『スペシャルズ!~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』
2020年9月11日より全国順次公開

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

電車の非常ベルを押さずにはいられないジョセフ君がとてもキュートです。彼が好きな人にする行為はとてもチャーミングなのですが、何も知らない人が急にされるとビックリしてしまいます。子どものうちはかわいいで済んでも、大人になるとそうはいかなくなることも出てくるのだなとわかります。

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映画『友達やめた。』今村彩子/まあちゃん

『友達やめた。』
2020年9月19日より全国順次公開&ネット配信開始

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
今村彩子監督インタビュー

生まれつき耳が聞こえない今村監督と、アスペルガー症候群のまあちゃんの日常を追ったドキュメンタリー。2人は手話を使って話しますが、まあちゃんの「手話は言葉を選ばなくて良いから話しやすい」という言葉がすごく印象的で、普段のコミュニケーションを見つめ直すきっかけになります。

©2020 Studio AYA

『シンプル・シモン』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

アスペルガー症候群のシモンと心優しい兄、そして偶然出会った女の子が織り成す物語。少しずつだけどシモンの世界が広がっていく様子にほっこりします。ビル・スカルスガルドの名演も必見。

シンプルシモン(字幕版)

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

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