幼児に多く見られると言われる異食症ですが、大人にもその症状がある場合、どんなことが起こっているのでしょうか?今回は映画『Swallow/スワロウ』を題材に考えてみます。
※ネタバレ注意!
ある意味本能的な行為に何が見える?
「心理学辞典」によると、異食症とは「食物として適当でないものを口に入れる行為をいう」とあります。例としてあげられるのは、砂、土、草、髪の毛、布きれ、糞などです。幼児に起こる場合は、外界への探索行動や吸啜(きゅうてつ:強く吸うこと。乳児が反射的にお乳を吸い付く行為)の要求、栄養素の欠乏などが原因と考えられています。また、食用に適するかどうかの識別能力の遅滞や障がいによる場合、ストレスによる心因反応である場合もあるとされています(小林, 1999)。
異食症は子どもだけではなく、妊婦や若者にも多く見られるようで、妊婦の場合は、無性に氷を食べたくなる氷食症という病気もあるようです。映画『Swallow/スワロウ』の主人公が妊娠した際にも氷をボリボリかじる場面が出てきますが、この段階では妊娠がきっかけで表れた症状のように思えます。
でも、本作の主人公が呑み込む対象はどんどん変化していきます。中には尖ったものや、割と大きいものまであり、呑み込んだ後、身体から出てくるとそれを戦利品のようにコレクションしていきます。この辺りからは異食症の症状というのではなく、映画的な設定だと考えられますが、彼女の深層心理を表しているように思います。
ここからはあくまで私の解釈ですが、この主人公の背景が見えるにつれて、彼女の場合は心因反応の異食症で、本当の原因はもっと根深いところにあるのがわかってきます。最初は妊娠が原因と思われ、次に夫とその家族の中での疎外感や日々の孤独感がストレスになっているように見えます。この2点とも要因ではあると思うのですが、この先にもっと根深いものを彼女は抱えています。
物語が進んでいくと、彼女は母親がレイプされた末に生まれた子どもで、キリスト教徒の母は堕胎せずに彼女を生んだことがわかります。彼女の中のストーリー(歪んだ記憶)としては、母親は彼女の後に生まれた子ども達と変わらず可愛がってくれたと言っていますが、実際はそうでなかったことも終盤のシーンで見えてきます。
また彼女が母を犯した男、つまり自分の遺伝子上の父に会いに行くことで、これがトラウマになっていたことがうかがえます。彼とのやり取りから、彼女自身、自分が生まれてきても良かったのかどうか、父の遺伝子を不幸にも受け継いでしまってないだろうかという不安を抱えていたのではないかと捉えられます。
つまり、妊娠が彼女のトラウマの引き金となり、さらに夫との間には愛がなかったことを知って、自分がこのまま子どもを産むべきかどうかを悩んでいたのだと考えられます。結末で彼女がどう決断したのかがわかりますが、彼女が異物を呑んでは身体から排出する行為は、彼女が抱えていて辛いものを外に出せることを証明する安心感を得るためだったのかもしれません。
誤解を招かないように付け加えると、本作は妊婦に見られる異食症を代表する例というわけではなく、異食症をきっかけに女性が抱える社会的な問題を描写しているのだと思います。異食症そのものもショッキングに描かれていますが、望まない妊娠における女性の選択の権利が、本作の1番のテーマではないかと思います。
そういった意味でも、女性として共感できる点、考えさせられる点が多いので、ぜひ女性の皆さんに観て欲しいと思います。ただし、妊婦さんは今観るとショックが大きいと思うので、落ち着いたら観てみてください。
<参考・引用文献>
小林正幸(1999)異食症 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁枡算男・立花政夫・箱田裕司(編)「心理学辞典」有斐閣 pp.30
『Swallow/スワロウ』
2021年1月1日より全国公開
R-15+
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
裕福な家庭に育ったエリートと結婚した主人公ははじめ幸せそうに見えますが…。彼女の異食症がエスカレーターするにつれ、いろいろなところにほころびが出てきます。
Copyright © 2019 by Swallow the Movie LLC. All rights reserved.
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)