自分はどういう人間か、どういう人生を送ってきたかというストーリーは、自分の記憶から構成されています。そこで今回は記憶をテーマにした作品を例に、記憶の仕組みについてご紹介します。
記憶がどう生きるかの選択肢にもなる
中島ほか(1999)は、「記憶とは、過去経験を保持し、後にそれを再現して利用する機能で、符号化(記銘)、貯蔵(保持)、検索(想起)の3段階からなる。(中略)記憶の過程は多様であり、さまざまな観点から区分することができる。第一に、保持時間の長さによって、感覚記憶(視覚刺激の場合は数百ミリ秒以内、聴覚記憶の場合は数秒以内)、短期記憶(15〜30秒以内)、長期記憶(ほぼ永久)に分けることができる」と定義しています。
そして記憶障害にもいろいろ原因があり、種類がたくさんあります。中島ほか(1999)では記憶障害の分類について、脳の機能不全が原因の器質性健忘、心因性健忘、時間特性による一過性健忘、“コルサコフ症候群”などの持続性健忘、短期記憶に関わる記銘障害、長期記憶に関わる想起障害など、多くの種類を挙げています。なので、特定の部分だけ記憶がなかったり、遠い過去のことは覚えているのに最近のことは忘れてしまったりというのは、それぞれ原因や病症が違うからなのです。
でも、映画を観ていて、「記憶がなくなったのなら、なぜ言葉を話せたり、トイレで用を足したり、買い物に出かけたりといった生活をできるの?」と思ったことはありませんか?そこにも記憶の種類の違いが関係していて、例えば、鹿取ほか(2017)では、タルビングが長期記憶をエピソード(出来事)記憶、意味(事実)記憶、手続き記憶に区別したことを挙げ、健忘性患者の症例報告から、こういった長期記憶の区分には、脳のそれぞれ異なった部位が関わっていることが示されているとしています。
映画『記憶にございません!』は頭に石をぶつけられてから、主人公の首相は人が変わります。記憶が人を作るというか、経験が性格や考え方に影響を及ぼすことを考えると、性格が変わってもおかしくはなさそうですね。
映画『メメント』の場合は、部分的に記憶が保持されているようですが、主人公は記銘ができない障害を負っていると考えられます。そんな彼だからこそ…という仕掛けが映画の肝になっていますが、それが衝撃の結末に繋がってきます。
人は常に大量な情報に接していて、それを全部記憶して保持するのは大変です。だから忘却や記銘しない機能も大切なのだと思います。ただ、意識的に覚えたいものとそうでないものを選別できない、思い出したくても自由自在に思い出せないことが誰にでもあるのが辛いところですね。次回は、認知症について取り上げます。
<参考・引用文献>
中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁枡算男・立花政夫・箱田裕司(1999)「心理学辞典」有斐閣
鹿取廣人・渡邊正孝・鳥居修晃ほか(2017)「心理学 第5版」東京大学出版会
『記憶にございません!』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
2020年4月29日よりブルーレイ&DVDレンタル&発売
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
サイテーな首相が頭に損傷を負ったことで記憶をなくし、今まで見てきたものを新たな視点で見るようになり、生まれ変わるという物語。政治家が都合良く使う「記憶にございません」という言葉をタイトルに使い、揶揄が込められた風刺映画となっています。
© 2019フジテレビ 東宝
『メメント』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル&発売中
主人公の世界観を観ている側も体感できるような演出が見事なので、ぜひ記憶がこんがらがる感覚を味わってください。そして人の記憶がいかに脆くて曖昧で、うつろいやすいものであることもわかります。
TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)