学び・メンタルヘルス

心理学から観る映画32:バイクに乗ったり、戦ったり、自然に身体が動くのはなぜ?

  • follow us in feedly
  • RSS
映画『ブラック・ウィドウ』スカーレット・ヨハンソン/フローレンス・ピュー

私達は普段当たり前のように、お箸を使ってご飯を食べたり、パソコンを起動させて文字を打ったりしていますが、なぜわざわざその動作の行程を頭に浮かべないままそういった行動がとれるのでしょうか?また、アクション映画を観ていると、主人公が素早く相手の攻撃に反応して防御したり、次の手を出したりしていますが、そんなことがなぜできるのでしょうか?

映画『ブラック・ウィドウ』では、主人公のナターシャが子どもの頃から暗殺者として鍛えられたという過去が明かされていますが、物語の中で暗殺集団についての会話に“手続き的記憶”という言葉が出てきます。今回はこの手続き的記憶についてご紹介します。

人間の記憶は保持時間の長さによって、短期記憶と長期記憶に分けられます。短期記憶(short-term memory)で保持できる時間は15〜30秒で、短期記憶は、例えば問い合わせをしようとしてインターネットで調べた電話番号をスマホに入力するような時や、相手が言った言葉を復唱する時などに使われ、その後頭から消えていきます。ただ、その中で重要だと思う情報や、何度もアクセスする情報は長期記憶(long-term memory)に保存されます。

映画『ブラック・ウィドウ』スカーレット・ヨハンソン

そして長期記憶に保存された知識は、手続き的記憶と宣言的記憶に分けられます。まず宣言的記憶は、言語により記述できる、事実に関する記憶と定義されています。宣言的記憶はさらにエピソード記憶、意味記憶に分類されます。エピソード記憶とは、個人的な体験や経験と結びつき、経験者の主観的な印象を伴う記憶です。意味記憶とは、辞書に書かれているような定義的な知識など、客観的に共有することができる一般的な情報についての記憶のことを指します(田爪, 2018)

一方、手続き的記憶は言語化できないものが多く、手続き的記憶の例としては、自転車の乗り方や楽器の弾き方などといった技能に関する行動的スキルや、暗算など方略に関する認知スキルが挙げられます。また、長期記憶には顕在記憶と潜在記憶という区分もあり、手続き的記憶は想起しているという意識をともなわず無意識のうちに行動に影響を及ぼしている潜在記憶に分類されます。構造的には、潜在記憶が基礎となって顕在記憶(意識して想起する記憶)が成立していると考えられています(田爪, 2018)。

映画『ブラック・ウィドウ』オルガ・キュリレンコ

「身体で覚える」「身体が覚えている」などという表現がありますが、これは手続き的記憶のことを指していると言えるでしょう。同じことを何度も何度も繰り返すうちにそれは潜在記憶、手続き的記憶となっていきます。マット・デイモン主演“ボーン”シリーズのジェイソン・ボーンも記憶を失っていますが、彼が記憶を失っても戦闘能力を保っているのは、戦い方を手続き的記憶として保持しているからだと考えられます。こういった映画の制作者が科学的根拠に基づいた記憶のメカニズムをどこまで意識しているかはわかりませんが、そういう視点で観ても興味深く映画を楽しめます。

<参考・引用文献>
田爪宏二(2018)記憶と情報処理 本郷一夫・田爪宏二(編著)「講座・臨床発達心理学③認知発達とその支援」ミネルヴァ書房 pp.58-64
無藤隆、森敏昭、遠藤由美、玉瀬耕治(2018)「心理学 新版」有斐閣

映画『ブラック・ウィドウ』スカーレット・ヨハンソン

『ブラック・ウィドウ』
2021年7月8日より全国公開中/7月9日よりディズニープラスプレミアアクセスにて公開中

REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定

ナターシャのあの決めポーズも手続き的記憶だったりして(笑)。何のことかは本編でチェックしてみてください!

©Marvel Studios 2021

『ボーン・アイデンティティ』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中

手続き的記憶だけでなく、過去の重要な記憶が潜在記憶に残されているからこそ、彼は徐々に覚醒していくんでしょうね。逆に考えると、人の記憶を人的に消去しようとした場合、潜在記憶は守られるのか興味が湧きますね。

ボーン・アイデンティティー (字幕版)

TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)

関連記事
  • follow us in feedly
  • RSS

新着記事

映画『エクスペリメント』エイドリアン・ブロディ 心理学から観る映画59:研究倫理に反する実験とその被害『エクスペリメント』『まったく同じ3人の他人』

『まったく同じ3人の他人』というドキュメンタリーを観ました。生き別れた三つ子が再会する感動のストーリーかと思いきや、驚愕の背景を知り、研究倫理について改めて考えさせられました。そこで今回は研究倫理をテーマとします。

映画『コンビニ・ウォーズ~バイトJK VS ミニナチ軍団~』ヴァネッサ・パラディ ヴァネッサ・パラディ【ギャラリー/出演作一覧】

1972年12月22日生まれ。フランス出身。

映画『ブルーボーイ事件』中川未悠/中村中/イズミ・セクシー/真田怜臣/六川裕/泰平史/錦戸亮 ブルーボーイ事件【レビュー】

高度成長期にあった1965年の東京では、街の浄化のため、警察はセックスワーカー達を厳しく取り締まっていました。ただ、セックスワーカーの中には性別適合手術(当時の呼称は性転換手術)を受けて女性的な体をした通称ブルーボーイが…

映画『悪党に粛清を』来日舞台挨拶、マッツ・ミケルセン 映画好きが選んだマッツ・ミケルセン人気作品ランキング

“北欧の至宝”として日本でも人気を誇るマッツ・ミケルセン。今回は、マッツ・ミケルセン出演作品(ドラマを除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。上位にはどんな作品がランクインしたのでしょうか?

映画『君の顔では泣けない』芳根京子/髙橋海人 君の顔では泣けない【レビュー】

高校1年生の夏、坂平陸(武市尚士)と水村まなみ(西川愛莉)はプールに一緒に落ちたことで体が入れ替わってしまいます。2人はすぐに元に戻ることができず15年を過ごし…

映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』ジェレミー・アレン・ホワイト スプリングスティーン 孤独のハイウェイ

物語の舞台は1982年。ブルース・スプリングスティーン(ジェレミー・アレン・ホワイト)は、名声を手に入れながらも、葛藤を抱えて…

映画『2つ目の窓』松田美由紀 松田美由紀【ギャラリー/出演作一覧】

1961年10月6日生まれ。東京都出身。

「第38回東京国際映画祭」クロージングセレモニー:受賞者 東京グランプリは『パレスチナ36』!第38回東京国際映画祭ハイライト

2025年10月27日(月)に日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開幕したアジア最大級の映画の祭典である第38回東京国際映画祭が、11月5日(水)に閉幕。今年も個性豊かな作品が多数出品され、さまざまなイベントが実施されました。以下に、第38回東京国際映画祭ハイライトをお届けします。

映画『平場の月』堺雅人/井川遥 平場の月【レビュー】

朝倉かすみ著の同名小説を実写化した本作は、『ハナミズキ』『花束みたいな恋をした』(2021年)などを手がけた土井裕泰が監督を務めて…

映画『ぼくらの居場所』リアム・ディアス/エッセンス・フォックス/アンナ・クレア・ベイテル ぼくらの居場所【レビュー】

カナダのトロント東部に位置するスカボローを舞台に、さまざまな背景を抱えた3組の親子の姿を…

本サイト内の広告について

本サイトにはアフィリエイト広告バナーやリンクが含まれます。

おすすめ記事

映画『悪党に粛清を』来日舞台挨拶、マッツ・ミケルセン 映画好きが選んだマッツ・ミケルセン人気作品ランキング

“北欧の至宝”として日本でも人気を誇るマッツ・ミケルセン。今回は、マッツ・ミケルセン出演作品(ドラマを除く)を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。上位にはどんな作品がランクインしたのでしょうか?

映画学ゼミ2025年11月募集用 AI時代における人間らしさの探求【映画学ゼミ第2回】参加者募集!

ネット化が進み、AIが普及しつつある現代社会で、人間らしさを実感できる映画鑑賞と人間にまつわる神秘を一緒に探求しませんか?

映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』ウェス・アンダーソン監督 映画好きが選んだウェス・アンダーソン監督人気作品ランキング

今回は、ウェス・アンダーソン監督作品を対象に、正式部員の皆さんに投票していただきました。人気作品が多くあるなか、上位にランクインしたのは?

学び・メンタルヘルス

  1. 映画『エクスペリメント』エイドリアン・ブロディ
  2. 映画学ゼミ2025年11月募集用
  3. 映画『おーい、応為』長澤まさみ

REVIEW

  1. 映画『ブルーボーイ事件』中川未悠/中村中/イズミ・セクシー/真田怜臣/六川裕/泰平史/錦戸亮
  2. 映画『君の顔では泣けない』芳根京子/髙橋海人
  3. 映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』ジェレミー・アレン・ホワイト
  4. 映画『平場の月』堺雅人/井川遥
  5. 映画『ぼくらの居場所』リアム・ディアス/エッセンス・フォックス/アンナ・クレア・ベイテル

PRESENT

  1. 映画『TOKYOタクシー』オリジナルパラパラメモ
  2. トーキョー女子映画部ロゴ
    プレゼント

PAGE TOP