子育ては尊い、母は偉大である…。もちろんその通りなのだと思いますが、逆にその一般的なイメージが、子育てに悩むお母さんを苦しめている部分があるのかもしれません。今回は産後うつについて考えてみます。
子どもはかわいいし、とても大切。だからってお母さんが無条件に幸せとは限らない
産後うつの話をする前に、まずは“抑うつ”について簡単に説明します。丹野・坂本(2001)によると、抑うつ(depression)は、“抑うつ気分”“抑うつ症状”“うつ病”の異なる3つの意味で使われます。
■抑うつ気分:滅入った(悲しくなった、憂鬱になった、ふさぎ込んだ、落ち込んだ)気分。
■抑うつ症状:抑うつ気分とともに生じやすい状態で、抑うつ気分の他にも、興味を失う、疲れやすい、自殺をしたいと思う、ものごとに集中できない、食欲や体重が大幅に増えたり減ったりする、将来について悲観的に考えることなどをが含まれる。
■うつ病:抑うつ症状とは異なる概念である※。うつ病と判断するには、次のaからdすべてを満たしていることが必要。(a)抑うつ気分が一定期間持続すること、(b)抑うつ気分に関連したいくつかの抑うつ症状が存在すること、(c)器質的原因(体の状態による原因、例えば脳炎、てんかんなど)や物質性の原因(アルコールやその他の薬物)によって抑うつ症状が生じたものではないこと、(d)統合失調症などの精神疾患に該当しないこと。
※抑うつ症状は、うつ病以外の病気(統合失調症やアルコール依存など)でも生じることがあるため、異なる概念とされている。
(丹野・坂本, 2001)
抑うつを招く要因や、重症化する要因は、複数考えられますが、産後うつに関連する要因として、1つはホルモンバランスが挙げられます。丹野ほか(2015)によると、「有病率は男性に比べ女性が高いこと、産後うつ病の存在や月経前不快気分障害においても気分の変動が見られることから、ホルモンバランスもうつ症状を呈する原因となることが指摘できる」とされています。
でも子育てに忙しい日々を送っていると、お母さん自身、自分の体調の変化に気付く余裕がないかもしれません。疲れ気味だったとしても子育てで忙しいし、寝る時間がないからだと結論づけて、体調不良を放置してしまうこともありそうです。ホルモンバランスが崩れているかどうかは見てわかることではないので、周囲も気付きにくいですが、その可能性を念頭に入れて、サポートしてあげたいですね。
特に産褥期(さんじょくき/産後の肥立ちとも言われる)とされる6〜8週間は注意が必要と言われています。身体的にも心身的にも回復が必要な時期なので、無理をしない、させないようにしましょう。
また、落ち込んだ時に自己に注意を向けるか、自己から注意をそらすかが、抑うつからの回復を決める鍵を握っているようです。ノレンーホエクセーマらによる研究によると、落ち込んだ気分とは無関係の行動をするという気晴らし的な対処をしたほうが、落ち込んだ気分について考え込むよりも、落ち込み気分からの回復が早いことが報告されているとのことです(丹野・坂本, 2001)。そりゃそうだよなと思いますが、育児をするお母さんはその気晴らしができないから、しんどくなってしまうんですよね(苦笑)。
子育てや産後うつの実態を捉えたドキュメンタリー『ママをやめてもいいですか!?』では、いろいろなお母さんの日常が映し出されています。自由気ままな子ども達の相手を一日中しながら、家事もやって、ヘトヘトになっているお母さん達の姿を観ていると、気晴らしをするにはパートナーなど周囲の理解やサポートなしでは叶わないことが伝わってきます。また、「お母さんなんだから」「もっと良いお母さんにならなきゃ」という思いからわき上がる罪悪感も、お母さん達の気晴らしを邪魔しているのかもしれません。それは引いて見ると、世間一般に持たれているお母さんの理想像、暗黙の圧力からくるものとも言えます。社会がステレオタイプのお母さんのイメージを捨てる必要もあるのではと思います。
そして、人が自己について考えてしまうタイミングや方法も、抑うつに関係しています。丹野・坂本(2001)は、人が自己について考える状況を、①対人的状況、②ネガティブ状況、③ポジティブ状況、④観察者状況、⑤ひとり状況、⑥うらやみ状況に大別し、自己没入が高い人は“ひとり状況”で自己に注意が向きやすいとしています。自己に目を向けること自体は時に必要なことですが、落ち込んでいる時にネガティブな思考を反芻すると、どんどん辛くなっていきます。
『ママをやめてもいいですか!?』のお母さんの言葉にも出てきましたが、1人じゃないから(子どもといるから)孤独ではないということではありません。そう考えると、心理的に“ひとり”の状況が多いお母さんは、ついついネガティブ思考を頭の中で巡らせてしまうのではないでしょうか。パートナーとの会話が重要である背景には、そういった意味合いもあると思います。
『82年生まれ、キム・ジヨン』では、子どもを連れて散歩に出た先で、働く女性を羨ましげに見る主人公の姿も印象的に映ります。自分が置かれた状況が、自分の本意とは異なる場合、そのギャップに苦しんだり、先が見えない状況で、途方に暮れてもおかしくありません。本作を観ていると、夫を含め周囲は子育てをするお母さんとして見るばかりで、1人の人間、女性としての問題には気付きにくいのだと気付かされます。
産後うつは、誰でもなる可能性があります。子どもを2人、3人と育てたお母さんでも例外ではありません。『タリーと私の秘密の時間』は、3人目を生み育てるママの物語です。端から見ると、もう既に2人育てたんだから大丈夫でしょうと思ってしまいがちですが、人知れず苦しんでいるのがわかります。でも限界がきて、主人公に異変が起きます。『タリーと私の秘密の時間』の主人公や、『82年生まれ、キム・ジヨン』の主人公に起こる不思議な現象は、産後うつの象徴的な症状というわけではありませんが、お母さんがどれだけ追い詰められているかを投影しています。頑張らなければいけいないと自分を追い詰めながら子育てをするお母さん達の心がいかに閉じられていて、1人で抱え込んでいるかを表しているとも解釈できます。
産後うつに限らずですが、結婚や出産、昇進など、人生のハッピーな出来事がきっかけで、精神的に辛くなることはあります。「幸せなはずなのに」と思っても辛い時は、誰かに相談したり頼りましょう。
<参考・引用文献>
丹野義彦・坂本真士(2001)「自分のこころからよむ臨床心理学入門」東京大学出版会
丹野義彦・石垣琢磨・毛利伊吹・佐々木淳・杉山明子(2015)「臨床心理学」有斐閣
『82年生まれ、キム・ジヨン』
2020年10月9日より全国公開
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
夫や周囲の人間が、主人公の辛さの根源になかなか気付かないもどかしさを体感。産後うつは、社会が生み出していると思える実態も映し出しています。
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『ママをやめてもいいですか!?』
2020年2月29日より劇場公開/自主上映会&オンライン配信中
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
実際に産後うつを経験したお母さんや、家族を産後うつで失った方の日々を映し出しています。母親だけでなく、父親の心情にも迫っていて、夫婦としてどう子育てをしたらよいか考えるきっかけにできます。子育てに悩む背景にさまざまな要因があることも理解できます。
『タリーと私の秘密の時間』
Amazonプライムビデオにて配信中(レンタル、セルもあり)
ブルーレイ&DVDレンタル・発売中
REVIEW/デート向き映画判定/キッズ&ティーン向き映画判定
子育てでヘロヘロになっている主人公の前に現れたタリーという女性。彼女は主人公の良き理解者となるのですが…。子育ては1人ではできません。お母さんには助ける人が必要なんです。
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TEXT by Myson(武内三穂・認定心理士)